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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

【新聞から】屋根を葺き替える清水寺本堂、優美な姿ともしばしお別れ

洛東




清水寺本堂屋根


 平成の大修理で

 清水寺は、ここのところ平成の大修理ということで、山内の諸堂が順次修理されていますね。
 今回は、ついに “清水の舞台” として有名は本堂(国宝)の屋根の葺き替えが始まります。各紙によると、2017年2月6日からお堂を覆う素屋根の建設が始まりました。

 清水寺本堂
  清水寺本堂


 屋根は檜皮葺

 本堂の屋根は檜皮葺(ひわだぶき)です。
 「檜(ひのき)」の文字から分かるように、ヒノキの木の皮を剥いで、屋根葺き材にします。近年では、この檜皮の確保が重要な仕事です。今回の修理でも、2009年度から檜皮の確保を行ってこられたそうです。

 寺院の屋根は、神社と違って瓦葺も多いわけですが、瓦は重いし、やはり檜皮葺の方が優美ですよね。清水寺本堂は、寛永6年(1629)に焼失し、そのあと同10年(1633)に再建されました。当時よく行われていた復古的な建物ということで、檜皮葺がふさわしいでしょう。

 清水寺本堂檜皮葺

 数年前に撮った屋根の写真。
 確かに、だいぶんコケっぽいものが見られます。
 京都新聞によると、前回の葺き替えは昭和39年から42年(1964~67)にかけて実施されたそうです。すでに半世紀が経過しました。
 記事には、屋根の面積は約2,050平方メートルと書いてあります。清水寺の平面は、約33m×32mほどなので、屋根はほぼ倍の面積があるわけです。

 横から見てみると……

 清水寺本堂側面

 こんな感じで、お堂の屋根が重なるように構成されています。『国宝・重要文化財大全』には「複雑な屋根を巧みに処理」と評されていますが、まさにそうですね。

 下の写真は、背面です。地主神社へ上がる階段から振り返ったところ。

 清水寺本堂背面

 まったく見慣れない絵づらで、清水寺とは思えません。

 屋根は二重になっているように見えますが、2階建というわけではなく、下の方は裳階(もこし)というものです。
 このように広い面積にわたって檜皮が葺かれているわけで、葺き替えも大事業になります。

 工事は、2020年3月までの予定。舞台からの眺望は確保されるそうですが、屋根は覆われてしまいます。あの美しい姿とも、しばらくお別れですね。

 


 清水寺 本堂(国宝)

 所在  京都市東山区清水
 拝観  有料(大人400円ほか)
 交通  市バス「五条坂」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『国宝・重要文化財大全11 建造物(上)』毎日新聞社、1998年



きょうの散歩 - まいまい京都で、三条京阪~寺町ツアーに行ってきました - 2016.11.20 -

洛東




檀王楼門


 三条京阪から始まるお寺めぐり

 今日は、朝から <まいまい京都> のツアーで案内をしてきました。

 今回は、にぎやかな三条京阪から始まる寺社めぐりです。
 最初に、駅すぐ北側の檀王法林寺に行きました。通称、だん王さん。

 檀王法林寺楼門
  檀王法林寺 楼門

 本堂内に上がらせていただき、お詣りしました。お忙しい中、ご住職に楽しいお話をうかがいました。自らのお寺のことを「町寺」と呼ばれ、このような町寺が面白いんですよ、とおっしゃいましたが、まさにそうですね。
 庶民信仰と一体化した繁華街にあるお寺が、京都の寺院の特徴のひとつです。観光寺院ではありませんが、歴史的には庶民とともに歩んできた寺院です。
 だん王さんの事業のひとつとして紹介してくださった夜間保育の取り組みは、昭和27年(1952)に始まった先駆的なものと言います。保育園は「宗教」ではないように思われますが、広く見るとつながっている気がします。主夜神という尊天を祀っておられるところから、夜の保育へも取り組まれたというのは興味深いお話で、鴨東の花街の北側という立地も影響しているようでした。
 
 そういう意味では、次に訪ねた頂妙寺も、庶民に篤く信心されたお寺です。
 
 見学レジメ

 江戸時代の「都名所図会」(1780年)や「花洛名勝図会」(1864年)の挿図を複写して、それを見ながら現地見学しました。
 上の資料のように、二天門のまわりをグルグル回る信仰を追体験? すべく、みんなで門を回ってみたりしました。

 頂妙寺二天門
  頂妙寺 二天門

 この門の前には、祀られている持国天、多聞天を拝むための拝殿もありました。ものの本によると、昭和9年(1934)まであったそうです。
 また、江戸へ出開帳に出掛けられたこともあるそうで、たいへん人気のある二天だったのですね。
 

  本能寺、妙満寺跡も 

 後半は、鴨川を西へ渡り、本能寺にお詣りです。
 こちらも、江戸時代とは寺の景観がガラッと変わっています。かつては、祖師堂(日蓮上人を祀る)や開山堂まであった大伽藍でしたが、現在では寺地も縮小され、堂宇も少なくなりました。
 北側は、戦時中に拡幅された御池通があり、市役所が建っています。

 そのあとは、さらに北上して、市役所の裏側へ。
 ここでは、かつてこの場所にあった妙満寺の跡地を発掘調査しています。

 妙満寺発掘現場

 今日は日曜日なので、シートを被った状態で、ちょっと残念!
 先日発掘された祖師堂跡などの位置を説明しました。
 こんな街中に結構大きな寺院があったわけです。昭和43年(1968)に岩倉へ移転しています。

 最後に、革堂(行願寺)と下御霊神社を参拝して終了です。だん王さんの堂内拝観も含めて、約2時間半のツアー。最後は少し駆け足になってしまいましたが、意外に盛りだくさんでした。

 ふだん素通りしがちな町なかにあるお寺や、日蓮宗の寺院をクローズアップした今回の見学会。
 初めて中に入った、という方も多くて、意義のあったツアーだったと思います。


  ガイド中




 檀王法林寺

 所在  京都市左京区川端通三条上る法林寺門前町
 拝観  境内自由(本堂内は要申込み)
 交通  京阪電車「三条」下車、すぐ


【新聞から】東福寺の紅葉、通天橋などの上から撮影禁止になったのか …

洛東




東福寺の紅葉


 11月の観楓期間中、撮影を禁止に

 11月上旬の新聞に、東福寺・通天橋で紅葉の期間中、撮影が禁止になる、という記事が出ました。
 ある種、英断的な決定という気もします。

 新聞によると、紅葉のピーク時には1日3万5千人が訪れるそうです。

 通天橋
  通天橋の上の雑踏(2015年11月撮影)

 昨年11月は、こんな感じでした。橋上も、橋の下も、たいへんな混雑ぶり。国内外から大勢の観光客が押し寄せ、記念写真を撮っていきます。

 通天橋より
  通天橋より望む(2015年11月撮影)

 東福寺のウェブサイトでは、「秋の観楓拝観中の撮影について」と題して、次のように告知しています。

 11月12日~11月30日迄の紅葉期間中は大変混雑致します。
 通天橋、臥雲橋の橋の上からの携帯電話・スマートフォン・デジタルカメラ等での撮影・自撮棒での撮影は大変危険ですので禁止致します。
 本坊庭園につきましては、携帯電話・スマートフォン・デジタルカメラ等での撮影は可能ですが自撮棒での撮影は危険防止のため禁止致します。
 皆様のご理解とご協力お願い致します。
 (10月26日付)

 新聞やテレビでは<通天橋から禁止>と報じていましたが、よく見ると、臥雲橋からも禁止なのです。
 臥雲橋は、通天橋の下流(西側)に架かる橋で、通天橋を望むことができます。

 臥雲橋より
  臥雲橋から通天橋を望む(2015年11月撮影)

 デジカメ、スマホ時代になって、ついついシャッターを切る機会が増えますね。
 そのため、激しい滞留が起こってしまいます。
 橋上の安全を考えれば、管理者である(変な言い方ですが)お寺側としては、禁止もやむを得ないという判断だったのでしょう。

 もちろん、橋の上以外から写真を撮るのはいいのでしょう。

 通天橋を望む
  通天橋を望む(2015年11月撮影)

 私など、こういうカットがいいかなと思うのですが。

 紅葉まっさかりの京都。
 マナーを守って楽しみましょう。




 東福寺

 所在  京都市東山区本町
 拝観  自由(通天橋などは有料)
 交通  京阪電車・JR「東福寺」下車、徒歩約10分



恒例! 百万遍古本まつりに行きました

洛東




古本まつり


 お堂が重文になる知恩寺が会場

 毎年行われる京都古書研究会主催の古本まつり。
 秋の古本まつりは、左京区百万遍の知恩寺で開かれます。

 百万遍知恩寺

 百萬遍知恩寺(ひゃくまんべんちおんじ、浄土宗)の諸堂は、先頃の文化審議会答申で、重要文化財になることが決まりました。
 写真に写っているお堂は御影堂(宝暦6年=1756年建立)です。
 私はいつも、古本を買う前、このお堂に上がって法然上人の御像にお詣りします。こういう場所で古書市ができるのも、いいですよね。

 古本まつり


 京都の地図をさがす

 10月29日から11月3日にかけて開催される秋の古本まつり。
 自分の休みのサイクルとうまくあったものですから、2度ほど足を運びました。

 今回、主に求めたのが地図です。
 3、4軒の古書店で近代の地図が置かれていたので、よさそうなものを選んでみました。

 なかなかいいなぁ、と思ったのがこれです。

 本願寺遠忌記念地図

 この地図、タイトルが「本願寺宗祖大師六百五十回忌記念京都市街地図」

 長いですが(笑)、明治44年(1911)3月の発行。
 この年、浄土真宗では開祖・親鸞上人の650年遠忌ということで、東西の本願寺も大勢の門徒たちが参詣しました。

 この地図は、それにあわせて発行されたもので、大阪・鰻谷の吉野五運薬房が出したもの。吉野五運は「人参三臓円」で知られる老舗で、京都にも出店がありました。地図は非売品、寄贈などと記載されているので、無料で門徒らに配られたのでしょうか。

 本願寺遠忌記念地図

 現在の京都大学から岡崎公園あたりです。
 広い帝国大学の敷地が拡がり、平安神宮の場所には「大極殿」の記載も。社殿が、平安京大極殿を縮小した建築のためです。
 東方、現在の白川通あたりは一面の田んぼですね。

 京都駅が「京都七条ステーション」と書かれているところなども時代を感じさせますが、その左を見ると……梅小路のあたりに「臨時本願寺参詣下車駅」が設けられているのが見付かりました。さすがに、遠忌記念の地図ですね。


 新聞の付録地図も

 昔は、新聞にも簡単な付録が付いたものです。例えば、正月前には双六を付ける、といった感じです。
 なかでも、最も多く付けられたのが地図でした。日本地図、世界地図、戦時中は戦況を知らせる地図など、さまざまです。

 京都市街全図

 この地図は、大阪毎日新聞が大正2年(1913)に発行した付録で、「京都市街全図」です。

 なぜ、京都の地図が付録になったかというと、この年、大正天皇の即位を記念して、大典記念京都大博覧会が開かれる予定でした。会場は、現在の府立植物園の場所です。しかし、この博覧会は議会の反対などもあり、実現しませんでした(のち、即位礼があった大正4年に岡崎公園で実施されました)。
 言ってみれば、“幻の博覧会” にあわせて発行された地図なのです。

 博覧会予定図

 幻の会場図も!

 敷地の形が今の植物園ですね。

 この地図は、長辺が1m余りある大判のもの。
 商店の位置なども記載されています。

 京都市街全図

 二条通と三条通の間あたり。
 中央辺に市役所や本能寺があります。
 赤く見えるのは、各商店ですね。見ていてあきない地図です。

 このほかにも、昭和初期の地図などを選びました。
 秋の古本まつり。夏の下鴨神社と比べると、会場がコンパクトなので、手軽に見て回れる古書市ですね。


  古本まつり




 秋の古本まつり (百萬遍知恩寺)

 会場  京都市左京区田中門前町
 開催  毎年10月末~11月初旬に開催
 交通  市バス「百万遍」下車、すぐ



まいまい京都ツアーのお知らせ ー 11月に頂妙寺などを訪ねて ー

洛東




頂妙寺


 三条京阪からスタート!

 今日は、<まいまい京都>さんのツアー予告です。

 これまで、みなさんと一緒に寺社を中心にいろいろ歩いてきました。今年は「大阪ツアー」も実施して、ますます好評で、ありがたく思っています。
 今回は、11月下旬に予定しているコースの紹介です。
 紅葉とかは全然出て来ませんが(笑)、それなりに楽しそうなコースと思っています。

 集合は、三条京阪です。最近ちょっと工事中ですけれど、ここから始める寺社めぐりです。
 三条京阪にお寺なんかあったかな? と思われるかもしれません。
 実は、駅の北側に、篠田屋という名物食堂と並んで、壇王法林寺があります。

 だん王法林寺
  壇王法林寺

 門標に「浄土宗 だん王」と書いてあります。壇王の読み方は「だんのう」。通称 “だんのうさん” というわけです。

 壇王法林寺は、江戸時代の初め、袋中(たいちゅう)上人が中興して、寺勢を取り戻しました。上人が祀った尊天が主夜神(しゅやじん、守夜神)です。江戸中期には大変な信仰を集め、当時京都に遊学していた本居宣長の日記にも、<主夜神の御開帳が始まったので、お参りに行った。大変にぎやかなものだ。この神さまは、最近深い信心を集めている>と書かれています。

 以前、記事を2つ書きましたので、ご参照ください。

 記事は、こちら! ⇒ <本居宣長の日記に登場! 壇王法林寺の主夜神は、江戸時代から信仰を集めている>  ⇒ <主夜神は、毎年12月に御開帳>

 当日は、本堂の参拝をさせていただく予定です。


 仁王門が信仰を集めた頂妙寺

 次は、その北にある頂妙寺です。
 頂妙寺さんと言えば、仁王門通の名前の由来になった仁王門が有名です。

 花洛名勝図会(頂妙寺)
  「花洛名勝図会」より頂妙寺

 名所図会にも描かれた頂妙寺。
 ツアー当日は、そんな絵も見ながら、仁王門やさまざまなお堂の説明をしてみたいと思っています。こちらも、驚きの歴史がありそうですよ。

 この2つだけでも、結構おもしろいと思うのですね。
 でも、もうちょっと欲張りをして、鴨川の西にも足を延ばしてみましょうか。

 御池通を進んで、定番とも言える本能寺へ。
 信長が討たれた本能寺の変は、ご存知のように、前の場所にあった本能寺で起きたもの。現在の本能寺は、秀吉の寺町形成のあと移転してきたものです。

 それでも、「都名所図会」などと比べると、境内の様子は随分変わっています。
 本堂は、私の尊敬する天沼俊一博士の設計。--ということは、いつの時代に出来たのかな?
 そんなお話もしながら、境内を見て回りましょう。


 西国霊場の革堂へ

 さらに、寺町通を北上。
 このあたりは、私にとっては大学時代によく歩いた懐かしいところです。パイプのおやじさんがいた書店・三月書房も、息子さんが跡を継がれて健在。うれしい限りです。

 革堂
  革堂(行願寺)

 西国三十三所観音霊場の札所、行願寺(ぎょうがんじ)です。革堂(こうどう)という名称で古くから親しまれています。
 上京の町衆が集ったお堂としても大切な歴史を刻んできました。

 本堂は、江戸後期のもので、こってりとして味わいがありますね。
 堂内に懸けられた御詠歌の額なども、信心に満ち溢れており、心が洗われます。

 革堂の額 革堂の奉納額
 
 だいたい、こんな感じでしょうか。
 われながら、なかなかおもしろそうなコースですね(笑)
 江戸時代に信仰されていたお寺が多いのですが、明治以降、適度に変化していますからね。
 
 このあたりは、まいまい京都さんでもツアーしたことがないそうなので、その意味でも楽しみです。

 参加申し込みは、<まいまい京都>ウェブサイト から、お願いします。
 10月上・中旬に情報がアップされると思います。