05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

妙蓮寺の慰霊塔は、室戸台風で亡くなった児童41名を悼む





慰霊塔


 台風のシーズン

 今年(2016年)も、たくさんの台風が日本に接近、上陸し、被害を与えています。

 80年余り前の昭和9年(1934)9月21日は、関西を室戸台風が襲った日です。
 特に、大阪、京都では甚大な被害が出ました。

 以前に紹介した「師弟愛之像」も、室戸台風で没した先生と児童を追悼したものでした。

 記事は、こちら ⇒ <室戸台風の惨状を今に伝える師弟愛の像>

 その像は、淳和尋常小学校(現・西院小)の松浦壽惠子先生をモチーフとした像でした。
 その淳和小と並び、京都市内で大きな被害を出した小学校が、西陣尋常小学校でした。


 西陣小学校の被害

 上京区にある西陣尋常小学校では、1時間目の授業が始まった午前8時半頃、暴風によって2階建の木造校舎が倒壊し、1階にいた児童521名と職員10名が下敷きになりました。

 倒壊した西陣小学校
 倒壊した西陣尋常小学校 (「上方」46号所収)

 3時間かけて全員を救出しましたが、41名の児童が亡くなりました。

 京都市内では、小学校で多大の被害が出、112名の児童と3名の訓導(先生)が亡くなり、私立両洋中学校でも20名の犠牲者を出しました。


 妙蓮寺の慰霊塔

 西陣小学校から3筋ほど上がった寺之内通大宮東入ルに妙蓮寺があります。本門法華宗の古刹で、中世以降、京都に大きな勢力を張った法華宗発展の礎となった寺院です。

 妙蓮寺
  妙蓮寺

 妙蓮寺の山内東北隅に墓地があります。
 私が訪れた9月の一日は、お彼岸も近かったため、多くの方が墓参に来られていました。
 
 妙蓮寺墓地

 この墓域の真ん中に、室戸台風で亡くなった児童たちを供養した慰霊塔が建っています。

 慰霊塔
  室戸台風の慰霊塔(妙蓮寺墓地)

 台座を含めれば3mほどの高さはありそうな大きな石塔です。
 表面の題額は「慰霊塔」。妙蓮寺の住職である大僧正・福原日事の揮毫。

 慰霊塔

 その下には「西陣校罹災児童」とあって、亡くなった41名の氏名が刻まれています。

 慰霊塔

 3段に41名の児童名が記されています。いろは順、男女順に書かれていますが、よく見ると、いろはが繰り返しています。おそらくは、1年生から順に学年ごとに記載しているのでしょうか。

  慰霊塔 慰霊塔


 建立の経緯

 なぜ妙蓮寺にこの慰霊塔が建てられているのか。その理由は、塔の裏面に記されていました。

 裏面の碑文は「昭和九年九月廿一日 突如天譴暴風水襲近畿関西之地」から始まります。

 「殊西陣校惨禍最留憐」として、暴風が西陣小学校の校舎を瞬時に倒壊させ、41名の児童の命を奪ったことを記しています。
 台風の翌日、遺族の有志により、妙蓮寺の住持を招いて学区葬が営まれ、寺内に分骨を納めたと言います。
 その後、同寺塔頭・本光院の僧・宮宇地日演の発起によって慰霊塔の建設が提唱され、他の6院も賛同し、建立が進められたのだそうです。
 ちなみに、宮宇地日演は後に妙蓮寺の住職も務めています。

 慰霊塔
 中央に「埋没四十一児童」とある

 慰霊塔
  7院の名を刻む

 碑文は長い文章ですが、台風の翌日に妙蓮寺で学区として供養が行われ、それが契機となって慰霊塔の建立につながったことが分かります。

 台風後、西陣小学校では建設中だった鉄筋コンクリート造の校舎が竣工しました。
 この災害は、京都で鉄筋校舎の建設を促したのでした。
 
 旧西陣小学校
  旧西陣小学校

 同校は、近年統合されて西陣中央小学校となり、別の場所に移転しました。この校舎も、現在は私立中学の仮校舎として用いられています。
 校内には、風害記念碑があるそうですが、自由に立ち入れないので、写真はありません。

 妙蓮寺の慰霊塔では、毎年慰霊祭が営まれているそうですが、年々参拝者は減っていると言い、月日の流れを感じさせます。


  芙蓉 妙蓮寺の芙蓉




 妙蓮寺 慰霊塔

 所在  京都市上京区寺之内通大宮東入ル
 拝観  自由
 交通  市バス「堀川寺之内」下車、徒歩約3分



 【参考文献】
 『京都市風害記念誌』京都市役所、1935年
 「上方」46号、1934年10月


【新聞から】京都御所の事前予約なし通年公開が始まった





紫宸殿


 雨にしっとり、京都御所の通年一般公開スタート
 京都 2016年7月26日付 


 かねて話題になっていた京都御所の事前予約不要の公開が、7月26日(2016年)から始まりました。
 これまで予約なしの一般公開は、春と秋の年2回のみでした。

 今日は、あいにく朝から強い雨が降り続きましたが、京都新聞の見出しは「雨にしっとり」。
 
 休みは月曜日と年末年始、行事のある日で、それを除いて年間を通して公開。
 時間帯も、午前9時から午後5時まで(入場は4時20分まで)と、博物館・美術館などと同様の幅広い公開となりました。
 入場料も必要なく、無料です。

 京都御所清所門
  入口となる清所門

 清所門から入り、紫宸殿や清涼殿、さらに小御所、御学問所、御常御殿などを見られます。
 初日も、雨の中、外国人観光客も含む人たちが見学しました。

 希望者には、日本語・英語でのガイドツアーもあると言います。

 仙洞御所、桂離宮、修学院離宮でも、8月10日から、予約枠に加えて当日受付け枠(人数限定、先着順)が出来るそうです。

 清涼殿
  清涼殿

 この公開の目的については、検討段階での東京新聞の記事に次のように書かれています(2016年3月26日付)。

 [国の施設の] 一般開放の拡大をめぐっては、菅義偉官房長官が国施設の有効利用の観点から河野太郎行政改革担当相に検討を指示していた。訪日観光客の増加に向け、観光ビジョン構想会議(議長・安倍晋三首相)が今月中に取りまとめる新たな観光戦略に盛り込む。

 日本を訪れる海外ツーリストを意識したもので、観光振興の一環です。
 国の所有施設に限っての取り組みですが、文化財の「保存」から「活用」へとウェイトを移していこうとする試みです。文化財保護の観点に鑑みて、慎重に考えなければなりません。
 これについては、以前記事に書きましたので、ぜひご参照ください。

 記事は、こちら! ⇒ <京都御所が通年公開されるという報道、今年度中にも実現?>

 今日の報道は、おおむねストレートな事実を伝える程度のものでした。
 私は、以前書いたように、今回の通年公開については手放しに喜べるものではないと思っています。どんな組織が、どのような考え方、意図のもとに、これを進めているのか考える必要があります。
 京都御所などは宮内庁の所管で、文化財ではあるものの、文部科学省、文化庁とは一線を画したところに置かれています。陵墓(天皇陵古墳)と同じ構図ですね。

 今後も動きを見守ってゆきたいと思います。




 京都御所

 所在  京都市上京区京都御苑
 見学  無料
 交通  地下鉄「今出川」下車、徒歩約5分


七本松通にある観音寺の山門は、伏見城から移築の伝承を持つ





山門門扉


 お寺が多い七本松通

 京都市内を南北に走る大通りと言えば、東から、東大路通、河原町通、烏丸通、堀川通、千本通、西大路通など。
 これらの大通りも、堀川通や烏丸通を除き、基本的には片側2車線。他都市に比べれば随分と狭いものです。
 その大通りの間に、中くらいの通りが走っています。

 千本通と西大路通の間にある中くらいの通りに、七本松通(しちほんまつどおり)があります。片側1車線の道路です。
 子供の頃から、ここはクルマでよく通りました。印象として、景色が開けているなあ、と感じます。

 七本松通
  七本松通

 高いビルがないせいもありますが、お寺が多いので、空が拡がっているのでしょう。

 七本松通は、豊臣時代の都市改造を経て、新たに造られた街路です。元和元年(1615)の開通ともされています。江戸時代では、およそ市街の内と外の境目にあたる辺りで、寺院が集まっています。『京都の大路小路』は、「「西の寺町通」といってもよいほど」と言っています。


 伏見城から移築の伝承

 大きなお寺としては、立本寺(りゅうほんじ)があり、他は小ぶりの寺院が並んでいます。
 その中で、目に留まったのが、観音寺。

 観音寺
  観音寺

 この山門が、伏見城の牢門を移築したものと伝えられています。
 罪人を釈放する際には、この門前で百回むち打ったので「百叩き門」と呼ばれたと言います。

 観音寺山門

 また、門のくぐり戸が風で開くとき、泣き声を発したとも言われます(『京都市の地名』)。ちょっと怖いですが、いまは釘付けされていて開かないとか。

 その門扉なのですが、クスノキの一枚板で出来ているそうです。

 山門門扉

 木目が横に走っていて、風格を感じさせます。

 山門門扉

 よくあるヒノキとは、若干違う感じですね。

 山門門扉

 懸魚はかぶら懸魚で、ひれが付いていて立派です。

 山門懸魚


 よなき地蔵と観音さま

 寺内に入ると、いくつかのお堂があります。

 よなき地蔵

 よなき地蔵尊

 よなき地蔵尊。
 怪異譚かと思いきや、こちらはどうやら赤ちゃんの夜泣きを抑えるお地蔵さんのようです。堂内の提灯に、かん虫封じとありますからね。

 千人堂

 千人堂扁額

 千人堂。
 数多くの人から信心されたということで、この名前が付いているそうです。疫病除けなどに信仰され、聖観音像が祀られています。
 この観音さんは、もとは一条戻橋のたもとにあったとも言われ、僧・浄蔵が父・三好清行を葬送時に蘇生させた際、祀った像とも伝えられます。

 石標

 「洛陽廿七番観音寺」とあるように、江戸時代には洛陽三十三観音の27番札所でした(現在とは異なる)。
 幅広く信仰を集めたわけですが、いまではひっそりとしています。




 観音寺

 所在  京都市上京区七本松通出水下る三番町
 拝観  境内自由
 交通  市バス「千本出水」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『京都市の地名』平凡社、1979年
 『京都の大路小路』小学館、2003年
 竹村俊則『新撰京都名所図会 3』白川書院、1961年



京都御所が通年公開されるという報道、今年度中にも実現?





京都御所


 今年も春の一般公開

 今年(2016年)も、4月6日から10日まで、京都御所が一般公開を行っています。
 私も気が向いた年には行くのですが、今春はパスということに。

 京都市上京区にある、あのインペリアルな公園スペースは国が管理していて、正式には「京都御苑」と呼んでいます。そのなかの一画を特に「京都御所」と言っていますが、ここはかつての内裏(だいり)で、紫宸殿(ししいでん)や清涼殿(せいりょうでん)などがあるところ。ふだんは塀に囲まれていて入れませんが、申し込んで見学することが出来、春秋には予約なしで見られる一般公開があります。

 京都御所
  一般公開時の紫宸殿


 ついに通年公開?
 
 この京都御所が、一年を通して予約なしで見られるようになる! というニュースが、先月報じられました。
 3月25日(2016年)の政府の発表で、15の国の施設や行事の一般開放が拡大されるというものです。

 15の施設と行事は、次の通りです。

 ・京都御所
 ・京都迎賓館
 ・仙洞御所・桂離宮・修学院離宮(以上、京都市)
 ・造幣局(大阪市)
 ・皇居
 ・皇居・東御苑
 ・迎賓館赤坂離宮
 ・首相官邸
 ・日本銀行
 ・大本営地下壕跡(以上、東京都)
 ・御料牧場(栃木県)
 ・鴨場(千葉県・埼玉県)
 ・首都圏外郭放水路(埼玉県)
 ・スーパーカミオカンデ(岐阜県)
 ・信任状奉呈式の馬車列(皇居など)

 京都御所、仙洞御所、京都迎賓館は、いずれも京都御苑内にあります。

 御所については、土日も含む通年公開を前提に、まず試験的に公開を行い、2016年度中に一般公開をめざすと言います。
 また、迎賓館は大型連休中(4月28日~5月9日)にテストして、7月下旬から一般公開を始める予定だそうです。

 京都御所

 このプランは、政府が推進する「明日の日本を支える観光ビジョン構想」の一環なのだそうです。
 そんなビジョン聞いたことないよね、という方がほとんどでしょう。

 でも、2015年11月から会議が開催されていて、メンバーは安倍首相を議長、菅官房長官と石井国交大臣を副議長とし、財務、地方創生、一億総活躍、総務、法務、外務、厚労、経産の各大臣が含まれます。
 それに加えて、有識者として、著名な宿泊施設である加賀屋女将・小田真弓氏や鶴雅グループ代表・大西雅之氏、交通事業者からJR九州会長・唐池恒二氏、ピーチアビエーション代表取締役CEO・井上慎一氏、石井兄弟社(旅行出版社)社長・石井至氏、文化財公開について発言が多い小西美術工藝社長・デービット・アトキンソン氏、そして大阪で旅行会社を経営する李容淑氏(関西国際大学客員教授)が入っています。
 注意すべきは、次に述べるように、文化財行政にもかかわる会議であるのに、文部科学大臣あるいは文化庁長官が入っておらず、その関係の専門家も加わっていないことです。

 関係資料や議論の内容は、政府ウェブサイトに公開されています。
 今回の京都御所等の公開拡大は、公的施設を「観光資源として最大限活用」して、観光産業の振興をはかるという施策です。

 日本の文化財は素材等の関係から、光などに弱いものも多く、公開には慎重さが必要です。現在の京都御所は、江戸後期の安政年間(1855年)に再建されたものですが、見学すれば分かるように、彩色の障壁画などデリケートな文化財も含まれています。毎日、公開して光や風にさらすということが適切かどうか、注意深く考えねばなりません。

 会議の資料には、「『文化財』を、『保存優先』から観光客目線での『理解促進』、そして『活用』へ」という文言があります。会議メンバーの持論を反映しているようです。
 残念なことに、保存優先から活用促進へシフトするような考え方は、目先のもうけのために後世に伝えるべき国民的財産を食いつぶすことにつながりかねません。オーバーユースの問題は、常に留意すべきです。
 もちろん、文化財を分かりやすく解説することは大切ですが、そのことと保存の問題は分けて考えねばなりません。

 また、「文化財修理・整備の拡充と美装化」を進めるとしています。
 「観光資源としての価値を高める美装化」って、なんでしょうか?
 文化財は、適切に修復する過程で、作られた当時の形に復元することがあります。その結果、建物や仏像などで、失われていた彩色が復元され、見た目が美しくなることがあります。会議で言う「美装化」とは、このことなのでしょうか。同じことなら、美装化という言葉は不適切である気がします。また、経年による文化財の変化も、そこに “風格が出てきた” “味わいがある” と捉える感性もあります。
 さらに、「投資リターンを見据えた」修復等である旨も記されています。これは、修復等にかけた経費を観光収入などで取り戻すという考え方で、文化財保護において正当な考え方であるか疑問が残ります。

 現在、修理等を必要としている文化財は、全国津々浦々たくさんあります。基本的には、修理等が促進されることは、ありがたいことと言えます。
 けれども、観光資源になる文化財を優先的に修理する(そこにお金を使う)ということになれば、少々話は違います。
 世の中には、観光客は来ないけれども、傷んでいる文化財を所有されている寺社等はたくさんあります。そういうところの文化財保存は後回し、あるいは置去りになる、という心配はないのでしょうか。

 京都御所
  京都御所 建礼門を望む

 この「明日の日本を支える観光ビジョン構想」、いろいろ考えさせられます。
 国で行われる施策は、いずれ地方自治体にもおりてきます。地方で観光資源となる文化財の公開・利用促進が検討されていくことになるでしょう。地方は国ほどお金もないし、人材もありません。さて、どうするのか?

 “京都御所の通年公開”は、御所や桂離宮、修学院離宮がいつでも見られていいなぁ、と思う話に聞こえますが、その実、問題をはらんでいそうで手放しで喜べません。
 

  御所の桜




 京都御所

 所在  京都市上京区京都御苑
 見学  御苑は自由(御所は要申込み)
 交通  地下鉄「今出川」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」(首相官邸ウェブサイト)


京都府庁のそばにある今話題の建物とは?





京都府警本部


 一躍脚光を浴びるこの建物は?

 突然ですが、上の写真の建物、ご存知でしょうか?

 京都市民でも、あまり記憶にないような……
 見るからに、戦前の建築と思われるのですが、いったいどこにあるのか。

 ヒントは、こちらです。

  京都府庁

 先月(2016年3月)、文化庁の京都への移転が決定しました。
 数年内に、京都市内へやってくるのです。


 文化庁移転の場所は…

 受け入れへの課題はいろいろあるようですが、そのひとつは移転場所。
 当初、京都側は、交通至便のJR京都駅近辺(小学校跡地など4か所)を候補地にあげていました。それに対し、国は冷たい反応で、2015年12月に京都を訪れた馳浩文科相は「文化庁の立地と何の関係があるのか」(京都新聞)と言ったとか。「がっかり」「熱意が全く伝わってこない」(毎日新聞)と評したとも言われます。

 それをうけて、京都御所の付近など7か所を追加候補に選びました。

 全11か所は、次の通りです。

 【御所付近】
 1 府警本部本館
 2 旧府婦人相談所など
 3 府軽量検査所

 【二条城付近】
 4 市上下水道局旧丸太町営業所など

 【五条通付近】
 5 旧堀川署
 6 府中小企業会館
 
 【京都駅付近】
 7 旧植柳小学校
 8 旧安寧小学校
 9 旧陶化小学校
 10 崇仁地域

 【東山方面】
  11 市上下水道局東山営業所

 たくさんあげましたね。
 馳大臣によると「文化と歴史の伝統ある場所」(京都新聞)がよかったのだそうです。まぁ、歴史や文化はどこにでもあるわけですから、ほんとうはどこを選んでもよいのですが、 “言葉の綾” ということにしておきましょう。

 数多出た候補地のなかで、いま有力視されているのが、この建物なのです。

 京都府警本部
  京都府警本部本館

 京都府警本部です。
 いま、ここに行ってみると、現役の庁舎として使用されています。しかし、この庁舎を使うのも、あと数年。
 この北側、かつて同本部中立売庁舎があった場所(下長者町通新町西入ル)に新築されるのです。2019年度に完成予定と言います。
 そんなわけで、この建物は空き家なるはず。文化庁が入っても、支障がないわけです。


 昭和初期の瀟洒なモダン建築

 府警本部本館は、新聞などによると、都道府県警の本部庁舎としては現存最古のものだそうです。
 昭和2年(1927)に起工され、昭和4年(1929)8月に竣工しました。築87年ということになります。
 設計は京都府営繕課、施工は清水組(現・清水建設)。
 鉄筋コンクリート造3階建ですが、地下も1階あるそうです。

 私の好みからすると、美しく思える建物に属するのですが、世間的には取り上げられることが少ないようです。
 大通りに面しているわけでもなく、そんなに知られていないせいでしょうか。それとも、名のある建築家の設計でもないため、忘れられているのでしょうか。

 京都府警本部

 新町通(東)側の正面。
 壁面には、クリーム色っぽい細めのタイルが貼り詰められています。
 この時代(昭和ヒトケタ)だと、スクラッチタイルを貼るという方法もあります。すると、色目も茶褐色などになり、もっと暗い印象になります。
 ここでは明るく軽快に仕上げたわけですね。

 3階の窓は、すべてアーチ窓になっています。

京都府警本部

 中央の上部。
 一番上の部分は、ノコギリ状の帯・ロンバルディアバンドの装飾です。
 三連のアーチ窓にも飾りを付け、華やかさを演出しています。
 全体にロマネスクの意匠で、南欧的な雰囲気を醸し出していますね。

 ロンバルディアバンドは、城郭のイメージを想起させます。警察本部なのですから、端から端まで通して付けてもよいところです。ところが、そうせずに中央部だけに付けたところに、設計者の品のよさが感じられます。

 京都府警本部


 府庁側にも見どころが

 この庁舎の西には、京都府庁があります。

 京都府庁
  京都府庁(旧本館)

 というよりも、府警本部が府庁の敷地内に建っているという方が正しいでしょう。

 府庁舎は、明治37年(1904)の建築で、ルネサンス様式。この優美な建物と、府警本部も釣り合いを取ったに違いなく、エレガントな建築です。

 京都府警本部

 西側です。
 真ん中が突出していないので、少々さびしい印象です。しかし、石貼りの玄関アーチが目を引きます。

 京都府警本部

 京都府警本部

 府庁に面した側なので、豪華に造ったのでしょうか。
 上部にも細かい装飾が施してあります。

 京都府警本部

 四連のアーチ窓の間に、コリント式の付け柱が取り付けられ、ひときわ華やかです。
 窓まわりの装飾も、植物文様をアレンジしたものでしょうか、彩りを添えています。
 このあたりは、東側とは違い、府庁を意識したデザイン性が感じられます。

 どうでしょう、ここに文化庁が入るのでしょうか。
 それとも……

 しばらくすると、その答えも聞けそうですね。




 京都府警察本部本館

 所在  京都市上京区下立売通釜座東入ル藪ノ内町
 見学  外観自由
 交通  地下鉄「丸太町」下車、徒歩約8分



 【参考文献】
 『近代建築画譜』同刊行会、1936年(復刻・不二出版、2007年)