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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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宇治の平等院にある隠れた見どころ(1) - 観音堂 -

宇治





平等院観音堂


 鳳凰堂だけではない平等院の愉しさ

 2012年9月3日から、国宝の平等院鳳凰堂が屋根瓦の葺き替えや柱の塗装などの修理に入ります。それに伴い、堂内の拝観が停止になり、外観も足場等に覆われて見られなくなるそうです。

平等院鳳凰堂 鳳凰堂と百日紅

 残念なことですが、これをきっかけに鳳凰堂以外の文化財に目を向けてみるのもよいかも知れません。
 そこで、今回は2回にわたり見逃しがちなお堂を紹介しましょう。
 第1回は、観音堂です。


 「釣殿観音」ともいわれた堂

 藤原頼通は、父・道長の別業を受け継いで、永承7年(1052)、寺としました。これが平等院のはじまりで、翌年、阿弥陀堂(鳳凰堂)が建築されます。永承7年に建築されたのは、宇治川に釣殿を突き出したお堂で、大日如来などを祀っていたといいます。これがもともとの本堂というわけですが、それが現在の観音堂の位置にあったといわれています。
 観音堂は「釣殿観音」とか単に「釣殿」とも呼ばれていたようで、「都名所図会」にも「釣殿観音堂」として紹介され、陽成院が建てた宇治院の釣台があったところと記しています。
 もっとも、いまに残る観音堂は当初のものではなく、鎌倉時代前期の建築と考えられています。

平等院観音堂
 側面(北側)

 観音堂は、桁行七間、梁間四間、寄棟造の比較的大きなお堂です。
 正面はすべて開口部で、中央三間が開戸、左右二間ずつが引戸になっています。側面は扉と連子窓が付いています。

平等院観音堂

 組物は大斗肘木で、中備は間斗束と簡素です。

平等院観音堂

 垂木ですが、断面をよく見ると、下の方(地垂木)は楕円、上の方(飛檐垂木)は四角になっています。いわゆる「地円飛角」というもので、より古風な形式です。これは、先にあった鳳凰堂にならったとも考えられています。ただし、鳳凰堂の地垂木は楕円でなく正円に近い形です(写真下)。

平等院鳳凰堂
 鳳凰堂の垂木

 このような特徴が鎌倉時代よりは古い形式だとして、建築年代については難しい問題でもありました。
 かつて建築史家の藤原義一は、「即ち全体として平安様式濃厚な建築であるが(中略)若し平安時代としても極く末期、即ち鎌倉初期とあまり変らぬ時代となり、鎌倉の始め頃に鳳凰堂などの影響を受けたとすればかゝる様式の建築も有り得るわけである」と述べています(『京阪沿線の古建築』)。
 現在では鎌倉時代前期の建築と考えられ、鳳凰堂とならぶ和様の建物として、重要文化財に指定されています。


 仏さまは鳳翔館に

 この堂の本尊は、十一面観音立像です。須弥壇上の厨子に祀られていました。厨子の前には御前立ちの蓮華手菩薩立像がおられます。また、脇侍は地蔵菩薩立像と不動明王立像です。

 このうち、十一面観音立像と地蔵菩薩立像は、平等院のミュージアム<鳳翔館>で拝観することができます。十一面観音立像(重要文化財)は11世紀の作で、一木造、背の高い印象を受ける像で、軽く腰をひねっています。衣には截金の文様が見られますが、これは後世に付されたものといいます。
 地蔵菩薩立像(宇治市指定文化財)は、須弥壇の向かって左におられた仏さまで、10世紀の一木造。像の上体が大きく右にゆがんでいますが、これは元の木材、すなわち霊木の形状を生かして彫ったためと考えられています。

 江戸時代には、このお堂の脇(北側)に大門があり、平等院の入口となっていました。つまり、昔の人はまず、ここの仏さまを拝んでから鳳凰堂に参ったわけです。そう思うと、仏さまの重みもいっそう増す気がします。



 平等院観音堂(重要文化財)

 *所在:宇治市宇治蓮華
 *拝観:有料 (2012年9月3日~2014年3月31日に限り、大人300円ほか)
 *交通:京阪電車宇治駅より、徒歩約10分



 【参考文献】
 藤原義一『京阪沿線の古建築』京滋探遊会、1936年
 五味文彦『日本の中世を歩く―遺跡を訪ね、史料を読む』岩波新書1180、2009年 
 「都名所図会」(『新修京都叢書』6、臨川書店、1967年)



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