09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

寺町・新京極を歩く(その5) - 阿弥陀寺 -





阿弥陀寺


 西園寺より南の寺々

 寺町通には、前回取り上げた西園寺より南に、かつては岩栖院、崇禅院、花開院、長福寺、普国寺、歓喜寺、安楽光院と、小規模な寺院がずらっと並んでいました。
 鶴山公園の北に現在も残る大歓喜寺は町名(歓喜寺町)にもなり、公園の南には慈福寺と光明寺が並び立っています。その南が、阿弥陀寺です。
 今回は、阿弥陀寺を取り上げてみることにしましょう。


 信長廟所の寺

阿弥陀寺

 
 阿弥陀寺は、天文年間(1532-55)に清玉上人が近江の坂本に開いた寺院です。清玉上人は、上立売大宮東に住んだともいいます。
 天正15年(1587)、秀吉の寺町形成に伴って、現在地に移転してきました。

 清玉上人は織田信長の帰依を受けていたという関係で、当寺には織田信長と子息・信忠の像が祀られています。

阿弥陀寺 本堂

 信長の廟所は、本能寺などにありますが、ここ阿弥陀寺にもあります。

 阿弥陀寺

 門前には「織田信長公本廟」の石標。
 墓所は、本堂左手の奥(東側)にあります。

阿弥陀寺

 墓所に入ったところに手水鉢がありますが、家紋の織田木瓜(おだもっこう=五つ木瓜)が刻まれています。

阿弥陀寺

 その正面に信長の墓石があります。


 信長の最期と清玉上人

阿弥陀寺

 檀上に2つの墓石が建てられています。
 右が信長、左が長男・信忠です。
 信長の墓石には「捴見院殿贈大相国一品泰巌大居士」と刻まれています。信忠の方には「大雲院殿三品羽林仙巌大居士」と刻してあります。
 背後の卒塔婆にある「天正十年六月二日」は本能寺の変が起こった日です。1582年のことで、子息の信忠は二条城で亡くなっています。

 阿弥陀寺に信長の遺骨が葬られた経緯は、「信長公阿弥陀寺由緒之記録」によると、次の通りです。

 本能寺の変が起こると、それを聞いた清玉上人は、僧ら20人ほどとともに本能寺に駆け付けました。表は軍勢で入り難かったので、裏の垣を破って寺内に入りました。
 しかしその時、本能寺には火が掛かり、信長も切腹した後でした。上人は力を落としますが、ふと見ると、後ろの藪の中で顔見知りの武士たち10人ほどが火をくべて何かを焼いています。上人が不思議に思って尋ねると、遺骸や首を敵に取られるなという信長の遺言で、死骸を抱いて脱出しようとしたが敵に囲まれて出ることもできず、仕方なくここで遺骸を火葬しているのだと言います。
 上人は、供養は自分たちが行おうと引き受け、御骨を衣に包んで寺に帰り、後日ひそかに葬礼を行い、墓を築いたということです。

 信長の右には、三男・信孝の墓があり、「高巌徳公大禅定門」と記されています。

 阿弥陀寺

 また背後には、信長の兄・信広(「大龍寺殿寛巌大居士」)の五輪塔もあります。

 阿弥陀寺


 森蘭丸の墓も

 信長の親族だけではなく、家臣の墓もあります。「信長公阿弥陀寺由緒之記録」には、112人の遺骸が葬られたと記しています。

 小姓として著名な森蘭丸も、ここに眠っています。

 阿弥陀寺

阿弥陀寺

 五輪塔ですが、そこに刻まれた文字は風化し、かろうじて「天正十年」「六月二日」という命日を刻んだ年月日が判読できます。

 新しい台石の側面には、「天正十年壬午六月/二日戦死于本能寺」と記されています。

 阿弥陀寺

 森蘭丸(成利)は、尾張の武将・森可成(よしなり)の三男でしたが、その弟に四男・坊丸(長隆)と五男・力丸がいました。この3人は、ともに本能寺で信長と運命を共にしました。それぞれ18歳、17歳、16歳だったといいます。「信長公記」には、「御殿の内にて討死の衆、森乱、森力、森坊、兄弟三人」と出てきます。

阿弥陀寺
 右から蘭丸、ひとつ置いて、坊丸、力丸の五輪塔

 三兄弟の五輪塔が並んでいます。

 こちらは「織田家臣 戦死惣霊塔」と刻されています。とても小さな五輪塔です。

DSC_0244_convert_20130225173756.jpg

 寺町通の各寺院を訪ねると、「掃苔」(コケをはく、墓参のこと)の趣が強くなってきます。




 阿弥陀寺

 所在 京都市上京区鶴山町
 拝観 境内自由 *6月2日のみ堂内拝観可(有料)
 交通 地下鉄今出川駅、京阪電車出町柳駅下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 「信長公阿弥陀寺由緒之記録」(『改定史籍集覧』25所収)
 桑田忠親校訂『改訂信長公記』新人物往来社、1965年
 谷口克広『織田信長家臣人名辞典』吉川弘文館、1995年


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント