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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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寺町・新京極を歩く(その4) - 西園寺 -





西園寺


 「西園寺」という名の寺院

 「西園寺」と聞くと、私もそうなのですが、人の名前だと思う方が大半だと思います。明治から昭和にかけての政治家・西園寺公望が余りにも有名なせいでしょうか。
 けれども、寺町通を歩いていると、天寧寺の南に「西園寺」という名の寺院があります。今回は、このお寺を探ってみましょう。

 なお、寺町通は西園寺から上京区に入ります。

西園寺
 
 山門を入ると、左手に地蔵堂があります。

西園寺 地蔵堂

 西園寺は親切なお寺で、お堂ごとに解説書きを置いてくださっているのですが、この地蔵堂はスイッチを押すと堂内にライトが点灯するようになっていて、槌留地蔵さんと地獄極楽図を描いた壁画を拝観できるようになっています。とても有り難い工夫です。

西園寺 本堂

西園寺

 本堂の扉には、西園寺家の家紋・三つ巴が彫られています。


 藤原公経という公卿

西園寺

 本堂に懸る「西園寺」の扁額。明治25年(1892)に西園寺公望が書いたものです。この西園寺という家は藤原氏で、藤原北家の流れをくみます。公家としては、摂家に次ぐ清華家で、家格は高いのです。
 「西園寺」という家名は、もちろん寺の名にちなんだものですが、公望の時代から700年ほど時を遡らなければなりません。
 
 この家には、鎌倉時代の初めに、公経(きんつね、1171-1244)という人物が出ました。彼によって、家運は隆盛に向かうことになります。
 公経は、将軍・源頼朝と姻戚関係にありました。頼朝の妹のムコだった一条能保の娘が、公経の妻でした。つまり、頼朝のメイが奥さんだったのですね。
 承久元年(1219)、三代将軍・実朝の没後、京都から迎え入れられた四代将軍・頼経は、この公経の孫でした。頼経の母が公経の娘で、彼は外祖父(母方の祖父)として頼経を預かって養育していたのでした。この頼経が、教科書に出てくる「摂家将軍」というもので、五摂家のひとつ九条家の出身です(父は九条道家)。

 ちょっとややこしいのですが、要は、京都の公家なのに鎌倉幕府寄りの人物なのです。そのために、「関東申次(もうしつぎ)」という、京都と鎌倉を結ぶパイプ役もやっていました。
 承久の乱(1221年)でも、幕府寄りのスタンスを取り、乱後、ますます力をつけ、太政大臣に昇進しました。

 彼は和歌も巧みで、「新古今和歌集」に114歌も採録されていて、「小倉百人一首」にも次の歌が収められています(96・入道前太政大臣)。

  花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり  

 新古今集や百人一首を編んだ藤原定家は、公経の義理の兄で、経済的には公経の庇護を受けていたといわれます。

西園寺

西園寺 開山堂

 西園寺の本堂脇にある開山堂。公経を祀っています。


 公経が開いた西園寺

 藤原公経は、その出世、その財力に、比類ないものがありました。
 かつて、中世史家の網野善彦氏は「西園寺家とその所領」という論文で、その荘園の分布を考察されています。網野氏ならではの視点、つまり海や川の交通に着目し、荘園の広がりを検証したものです。西園寺家の荘園は圧倒的に西国に多く、とりわけ北九州から瀬戸内海沿岸、伊予(現在の愛媛県)に数多く分布していることが分かりました。

 公経は、仁治3年(1242)、中国の宋に「唐船」を遣わし、10万貫の銅銭と、陶磁器などの貴重な物品の数々をもたらしました。とりわけ、物を言う鳥--オウムかインコでしょう--と水牛が話題を呼びました。
 西園寺家は、平清盛が開いた日宋貿易のルートを継承して、富を蓄積したのです。

 公経の贅沢さを物語るエピソードがあります。
 彼は、現在の大阪府の吹田(すいた)に山荘を持っていたのですが、寛喜3年(1231)、息子の実氏とともに山荘を訪れ、有馬温泉の湯を桶200杯分も運んで湯浴みしたといいます。
 各所に山荘を営み、その権勢は藤原定家に“平清盛を超えた”と言わせたほどですが(「明月記」)、その山荘の代表が「北山第」でした。

金閣寺 鹿苑寺(金閣)

 京都・北山にある山荘といえば、やはり金閣寺ですね。足利義満が応永4年(1397)から造営を行いました。実は、この地に義満以前に山荘を造っていたのが西園寺公経だったのです。

 承久2年(1220)11月、公経は神祇伯・仲資王(なかすけおう)が所有していた北山の家地、田畠山林を、自分が持っていた尾張国葉栗郡の松枝荘と交換します。
 その土地に営んだ豪華な山荘が北山第でした。土地を得て4年後の元仁元年(1224)12月、西園寺は完成し、諸賢を招いて落慶供養が行われたようです。西園寺には、本堂のほか、善積院、功徳蔵院、妙音堂、不動堂、宝蔵、五大堂、成就心院、法水院、化水院、無量光院などが建ち並びました。

 「増鏡」は、そのありさまをこう伝えます。

 今后の御父は、さきにもきこえつる右大臣実氏のおとど、その父、故・公経のおほきおとど[太政大臣]、そのかみ夢みたまへることありて、源氏の中将わらは病みまじなひ給し北山のほとりに、世に知らずゆゆしき御堂を建てて、名をば西園寺といふめり。
 この所は、伯三位仲資の領なりしを、尾張国松枝といふ庄にか替へ給ひてけり。もとは田畠などおほくてひたぶるに田舎めきたりしを、さらに打ち返し崩して艶ある園に造りなし、山のたたずまゐ木深く、池の心ゆたかにわたつ海をたたへ、嶺より落つる滝の響きも、げに涙もよほしぬべく、心ばせ深き所のさまなり。
 本堂は西園寺。本尊の如来まことに妙なる御姿、生身もかくやといつくしうあらはされ給へり。(中略)
 北の寝殿にぞ、おとど[公経]は住み給。めぐれる山の常盤木ども、いとふりたるに、なつかしきほどの若木の桜など植へわたすとて、おとどうそぶき給ひける。

  山ざくら峯にも尾にもうへをかん見ぬ世の春を人や忍ぶと

 かの法成寺をのみこそ、いみじきためしに世継もいひためれど、これはなを山の気色さへおもしろく、都はなれて眺望そひたれば、いはんかたなくめでたし。  (「増鏡」内野の雪)


 郊外の田畑を造営して、池や滝のある庭園を造り、数々のお堂を建てて、公経自らは寝殿に住んだといいます。その豪奢なさまは、藤原道長の法成寺に匹敵すると「増鏡」は伝えます。

 金閣寺の一画に残る池は、その名残ともいわれています。

金閣寺
 鹿苑寺の安民沢


 源氏物語の夢 
 
 「増鏡」にも「源氏の中将わらは病みまじなひ給し北山のほとりに」とあるように、公経は「源氏物語」に描かれた北山の別業を理想として、北山第を造ったのでした。
 「若紫」を繙くと、「わらわ病み」を患った光源氏が、北山にある「なにがし寺」を訪れる情景が描写されています。

 三月のつごもりなれば、京の花ざかりは、みな過ぎにけり。山の桜は、まださかりにて、入りもておはするままに、霞のたたずまひも、おかしう見ゆれば、かかるありきも、ならひ給はず、所狭き御身にて、めずらしう思されけり。寺のさまも、いとあはれなり。峯たかく、深き岩の中にぞ、聖[ひじり]入り居たりける。  (「源氏物語」若紫)

 都を離れた長閑な風景です。
 西園寺公経は、同じ北山の場所に、この王朝物語を具現化したのでした。

 また、より踏み込んだ説では、公経より200年余り遡った藤原公季(きんすえ、957-1029)が、北山の神明(神名)という場所で、わらわ病みの祈祷をしたという話もあって、<公季のわらわ病み → 源氏物語のわらわ病み → 公経の西園寺>という流れも考えられるという推理もあります。

 そんな栄華を極めた西園寺公経でしたが、寛元2年(1244)8月29日、北山第で74年の生涯を閉じます。
 平経高の日記「平戸記」には、公経のことを「朝之蠧害、世之奸臣」と、ひどい評を記しています。「蠧」は「木くい虫」ということなので、朝政を食い散らす害虫、というくらいの意味なのでしょう。我がもの顔に権勢をふるった公経への嫌悪が見て取れます。

 西園寺は、その後、義満の金閣造営にともなって土地を譲り、室町頭に移りました。そして、秀吉の寺町造営の際(1590年)、現在地に移転しています。




 西園寺

 所在 京都市上京区寺町通鞍馬口下ル高徳寺町
 拝観 境内自由
 交通 地下鉄鞍馬口下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『網野善彦著作集』3、岩波書店、2008年
 本郷恵子『全集 日本の歴史 6 京・鎌倉ふたつの王権』小学館、2008年
 金文峰「『徒然草』における『源氏物語』の世界-第四十四段を中心に-」、「岡山大学大学院文化科学研究科紀要」13号、2002年
 『大日本史料』5-18
 『新訂増補国史大系』21下(増鏡ほか)
 『古典文学大系』14(源氏物語)


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