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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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きょうの散歩 - 都名所図会に現れる「芹根水」を訪ねて - 2017.7.30 -





芹根水跡


 西本願寺の南へ

 毎日、暑いですね。

 今日は、曇っていて暑さも少しましな気がしましたが、それでも最高気温は34℃を超えたそうです。
 私は、必要があって東本願寺と西本願寺の周辺を歩きました。ひととおり、用事が終わったので、付近を散歩することにしたのです。

 そうすると、西本願寺の南の方、安寧学区ということになりますが、そこに「芹根水」というものがあるのに気付きました。


 芹根水とは? 

 芹根水(せりねすい)といっても、一般には余り知られていないと思います。
 なぜ記憶していたかというと、「都名所図会」(1780年)巻2に、この絵が登場しているからです。

 「都名所図会」より月見橋と芹根水
  「都名所図会」より芹根水

 図には「芹根水ハ堀川生酢屋橋の南にあり」と記されています。
 生酢屋(きずや)橋は木津屋橋のことで、七条通より2本南の通りです。

 いま、この南、旧安寧小学校の西塀沿いに芹根水の碑があります。

 芹根水と旧安寧小学校
  旧安寧小学校

 近寄ると、こんな感じです。

 芹根水跡

 「芹根水」と大書された石碑は、宝暦年間(1751~64)に書家・松下烏石が建てたものといいます。
 烏石は、水が湧くところにも井筒を組んだそうです。
 ここまでやったのは、やはり名水として著名で、茶人などにも重宝されたからでしょう。

 芹根水碑 芹根水碑

 この碑が、そのまま「都名所図会」に描かれているのです。

 「都名所図会」より芹根水

 結構写実的に描いてあって、碑の下には石製の井桁も画かれています。
 石段で川面まで下りて、湧いて来る水を汲むようになっていたのですね。

 絵にある川は、堀川です。
 戦後暗渠になったので、姿を消し、この碑も現在地に移設されたそうです。

 堀川は、以前は堀川通に沿って流れていたわけで、この辺では西本願寺の前を南流していました。
 ところが、地図を見ると、堀川七条で西へ屈曲し、流れを変えていたことが分かります。

 地図の堀川

 明治44年(1911)の市街地図ですが、赤矢印の箇所でカギ形に折れています。そこから旧安寧小学校の西沿いに南下していたようです。
 
 現地で、この屈曲に気付いたのは、この道なんですね。

 堀川跡

 S字形にくねった遊歩道があるのですが、こういうのはだいたい川の跡なのです。
 地図では直角にカクカク曲がってますが、この道は緩いカーブになっています。
 このS字の下の辺りに「都名所図会」にある月見橋があり、その下流が芹根水だったのでしょう。

 一度見てみたかった芹根水に、意外なところで出会えました。
 



 芹根水跡

 所在  京都市下京区木津屋橋通堀川西入下ル御方紺屋町
 見学  自由
 交通  JR「京都」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年


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コメント

No title

面白いブログですね。私は、最近500円の市バスONE-DAY PASSで、京都を巡っています。7/30は蒸し暑かった。昨日は、高瀬川沿いを二条~九条まで、半日歩きました。任天堂の初代本社&五条楽園に驚きました。時々訪問させて頂きます。63歳で、もうバイトも辞めましたので、気の向くまま歩いています。

ありがとうございます

お読みいただき、ありがとうございます。

暑い夏には、名水めぐりの街歩きも楽しいかも知れませんね。寺社の井戸などにも、毎日地元の方が水を汲みに来られるところが数多くあります。

高瀬川沿いは、少し涼しいのでしょうか。史跡や歴史遺産が多くて楽しいところですね。

また、機会がありましたら、ご覧いただければ幸いです。
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