04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

南禅寺に横たわる“石”を探れば……

洛東




南禅寺


 度重なる火災に悩まされた南禅寺

 “五山の上”として知られる禅刹・南禅寺。その創建は13世紀末までさかのぼり、南北朝時代には五山の第一に、室町時代の至徳3年(1386)には五山の上に位置付けられました。しかし、現在私たちが見る南禅寺の伽藍は、その頃のものとは大きく異なっています。なぜなら、度重なる火災により伽藍の焼失と再建が繰り返されたからです。

 明徳4年(1393)8月に、仏殿・法堂をはじめ全山が焼失。しかし間もなく再建し、旧観に復します。ところが、文安4年(1447)4月、塔頭の竜興庵から火が出、仏殿・法堂・三門など主要伽藍を失いました。残ったのは僅かに風呂だけだったといいます。その後、仏殿を再興しますが、応仁文明の乱で主要伽藍は灰燼に帰しました(1467年)。
 京都に大打撃を与えた応仁文明の乱ですが、南禅寺の再建も時間を要し、慶長11年(1606)に法堂が完成、5年後には御所の殿舎を拝領して方丈を再建。寛永5年(1628)には藤堂高虎により三門が寄進されました。

都名所図会より南禅寺

 これは「都名所図会」(1780年)にみる江戸中期の南禅寺の中心部分。
 絵の右端の門が勅使門(この門については、こちら ⇒ <御所の日御門を移築した南禅寺勅使門は……>)、少し松並木があって三門があり、その左に法堂、さらに方丈が続いています。
 いま南禅寺に行くと、およそこのような景観にお目にかかれるでしょう。でも実は、いくつか違う点があるのですが……


 建て直された法堂

南禅寺 法堂

 まず、法堂です。一重裳階付きで、だいたい「都名所図会」に似た雰囲気です。先にふれたように、江戸時代の法堂は慶長11年に再建されたもので、「都名所図会」に描かれているのも、このお堂です。『新撰京都名勝誌』(1915年)によると、天井には狩野山雪による龍図が描かれ、本尊・釈迦如来、脇侍・文殊菩薩、普賢菩薩、金剛力士、その他に亀山法皇の位牌などを安置していたといいます。

 ところが、この法堂は明治28年(1895)、火災で焼失してしまったのです。再建は14年後の明治42年(1909)。これが現在私たちが見る法堂で、確かに真新しい雰囲気のする造りです。


 三門から見おろすと広場が……

南禅寺 三門

 南禅寺三門です。ふだんから上層を拝観することができます。
 上から見おろすと、こんな風景が。

南禅寺

 奥に法堂が見えていますが、その手前には松が生えたガランとした空間が広がっています。先ほどの「都名所図会」では、三門と法堂が間近にありましたが、実際にはそこそこ離れているのですね。ここが注意のポイントです。

南禅寺

 三門を入って歩き始めると、こんな光景。よく見ると、参道の奥の方が坂になっています。

南禅寺

 実は、法堂の手前は盛土のような高まりになっています。ここを丁寧に見ると、こんなものが見つかります。

南禅寺

 2つの石。上面が平らになっていて、いかにも礎石という感じです。
 逆側にも……

南禅寺

 この計4つに加えて、法堂側にも左右に1つずつあります。
 この石、さらにいくつかあるのか、元の位置から動いているのか、やや分かりづらいのですが、礎石であることは確かなようです。
 実は、かつてここにもお堂があったのですね。


 禅宗寺院の伽藍配置

 京都五山をはじめ大きな禅刹の伽藍配置は、勅使門・三門・仏殿・法堂・方丈が一直線に並ぶスタイルです。京都でも、南禅寺、天龍寺、相国寺、建仁寺、東福寺、大徳寺、妙心寺などがこの形になっています。
 ところが実際に訪れてみると、仏殿と法堂がそろっているところは少ないのです。
 仏さま(釈迦如来など)を祀る仏殿と、住持などが説法を行う法堂は、禅宗寺院でも最も重要な建物です。一方、寺院では火災が多いものですから、焼失後の再建時、財政事情などで仏殿と法堂を2つとも建て直せないことが多々ありました。この場合、両者を兼用する1つのお堂が建てられたのです。

 現在、かつての京都五山で仏殿と法堂がそろっている寺院はありません。五山以外では、大徳寺や妙心寺に両堂が残っています。江戸時代の創建ですが、宇治の萬福寺もそろっています。萬福寺には、仏殿(大雄宝殿)や法堂などの伽藍をつなぐ回廊が残されていて、往時の禅寺の雰囲気をよく伝えています。

 南禅寺も、15世紀の火事で焼けるまで、仏殿と法堂があったのですが(仏殿は2つもあったといいます)、その後、2つがそろって再建されることはありませんでした。
 先ほどの礎石が置かれていた空地は、かつて仏殿があったスペースだったのです。

 現在の禅宗寺院は、広々とした空地を持つお寺が多いのですが、かつては七堂伽藍が建ち並び、それを回廊が結ぶという稠密な空間でした。昔の建物群をイメージしながら訪ねてみると、少し違った禅寺像がわくかも知れません。


南禅寺





 南禅寺

 *所在 京都市左京区南禅寺福地町
 *拝観 境内自由 (三門・方丈等は有料)
 *交通 地下鉄蹴上駅下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年
 『新撰京都名勝誌』京都市役所、1915年
 『京都の五山寺院-その歴史と系譜-』京都市文化市民局、2009年



スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

南禅寺

本日ご紹介するのは、京都の名刹・南禅寺です。 南禅寺というと湯豆腐が思い浮かんだりするワタクシですが、このクソ暑いのに湯豆腐なんて、考えただけで汗が出てきそうなので、今回は豆腐抜きのリポートです。 「この門を入れば涼風おのづから」とあります。 そういえば、東山から吹いてくる風が心地よく感じられます。 画像だとサイズがわかりにくいですが、めっちゃデカい灯籠です。 ...