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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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由緒ある古社、懐かしい上賀茂神社を訪ねて





上賀茂神社楼門



 ゆっくり2時間滞在

 この写真、何の写真か分かりますか?

 ならの小川

 紅葉が美しい頃に撮影しました(2016年11月末日)。
 これは、私が子供の頃の通学路の写真です(笑)

 小学校の6年間、この石橋を渡って、毎日通学していたのです。
 今でこそ、きれいな紅葉だなぁ、と思いますが、当時はどう思っていたことやら。

 ここは、上賀茂神社。
 下鴨神社と並ぶ古社で、正式には賀茂別雷神社(かもわけいかずちじんじゃ)と言います。

 平安遷都より遥かに古い、大変なご由緒があるわけですが、私たち小学生にとっては、この広大な神社の境内はパラダイスで、特に帰り道は格好の遊び場となりました。

 今回、用事があったので、久しぶりにじっくり境内を歩いてきました。 
 懐かしさに身をゆだねていると、2時間ばかりが過ぎていました。


 芝生、公園、奈良の小川… 

 上の写真に流れている川は、ならの小川と言います。奈良や楢の字を当てています。
 御手洗川(みたらしがわ)とも呼ばれていますね。

  風そよぐならの小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける

 百人一首にも収められた藤原家隆の歌が詠まれた場所です。
 みそぎ(禊ぎ)は、夏越の祓(なごしのはらえ)を指しているので、6月末日のこと。今でも茅の輪くぐりを行います。
 翌日からは7月で、旧暦なので秋の始まりです。
 秋風が吹いてきたけれど、みそぎだけが夏の名残りを示している、という歌です。

 子供心に、この歌は聞き覚えていました。もちろん、意味は知りませんでしたが。

 ならの小川
  ならの小川(御手洗川)

 この川沿い(写真の右外)を歩いて、行き帰りするのです。

 ならの小川の西には、広々とした芝生が拡がっていました。

 芝生

 ここも、楽しい場所でした。
 ただし、神社としては運動禁止の場所で、ボール遊びや走り回るのはダメ。
 そういう行為に及ぶと、

 「しばぁふのうえでぇ~……」

 と、マイクのアナウンスが鳴り渡って、制止されてしまいます。懐かしい思い出ですね。

 本当は、5月5日の競馬(くらべうま)の神事の際、馬場になるところです。
 一の鳥居の西側がスタート地点で、北へ2頭を合せて駈けていきます。馬場の北端は、俗に「ウマセンバ」と呼ばれていました。競馬のダートコースのような感じ。おそらくは、馬戦場の意味だったのでしょう。

 そのさらに西は、バスの操車場と児童公園がありました。

 バス操車場
  市バス操車場

 昔より狭くなりました。
 かつては、上賀茂神社前発の市バスがたくさんあったのです。現在では、系統数は減っているようです。
 余談ですが、ここは操車場であって、正式な車庫ではありません。
 記憶では、昭和40年代後半までは、車庫は上堀川にあり、それがのち西賀茂に移ったのです。私の小学校時代でした。

 公園跡

 こちらは、公園の跡。
 いまでは駐車場になってしまった……

 ここは、日常的にも遊びましたが、葵祭などのときに、露店が出るスペースだったのです。広いからたくさんの店があって、仲間でいろいろ見て回るんですね。安い串カツを食べたりとか、当てもんをしたりとか。
 昔は、北の方にも広い森があって、よく遊んだけど、そこもいつの間にか伐採されてしまいました。やむを得ないかも知れないけれど、さびしいです。


 社務所の思い出

 公園の北の方には、社務所があります。

 社務所
  社務所

 建物自体は、子供のときと変わっていない気がします。でも、正面の入り口に加えて、左側からも入れるようになりましたね。

 その左側の部分に、昔、水道の蛇口があったのです。
 蛇口には、ひもで鉄のカップ--といっても、ずいぶんベコベコになったものーーが掛けてあり、私たち小学生は学校帰りにそこで水を飲ませてもらっていたのでした。もちろん、誰に断るでもなく、勝手に飲んでいたのです。

 どうなっているかなと見に行ってみると、もう蛇口もカップもなかったけど、ホースをつなぐ水道栓は残されていました。
 なんとなく、ホッとしました。

 今回よく分かったのは、人の記憶というのは頭の中にあるのだけれど、多くは場所に結びついており、その場所が大きな意味を持っているということです。
 たとえ40年経って少しばかり変化していても、大枠さえ残っていればいろいろなことを思い出す手掛かりになります。
 そういう場所が、自分のふるさとにあるということは、幸せなことだと思わざるを得ません。

 バス停等

 ここはバス停(右)と、やきもち屋さん、すぐき屋さんなどの店舗(左)です。
 このバス停で、どれだけバスを待ったことか。
 特に、母とここでバスを待ち、一緒に母の実家へ行っていたことなど、思い出は尽きません。いまでも、京産大生などが利用しているようですね。

 今日は、郷愁にかられて繰り言を綴ってみました。
 次回は、少し社殿などを見ていきたいと思います。


  ならの小川と石橋


 (この項、つづく)




 賀茂別雷神社(上賀茂神社)

 所在  京都市北区上賀茂本山
 拝観  境内自由
 交通  市バス「上賀茂神社前」下車、すぐ



 【参考文献】
 岡田精司ほか『京の社』人文書院、1985年


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コメント

紅葉の思い出

久々に投稿します。

HNがFC2ブログ共通なので、変更しないで置きます。

私は旧布施市の住宅と工場の間の道を通学していたので、紅葉など見た記憶がありません。

しかし、小学2年生の遠足で見た奈良公園の紅葉の色(&大仏)は今でも覚えています。

更に、若草山で皆で弁当を食べ、鹿に弁当を食べられた同級生(女子)が泣いている場面を描き、その絵が教室に貼られていたことまで覚えています。

今でこそ遠足は10月が普通ですが、昔は10月に運動会、11月に遠足が普通でした。

今年は結局何処へも紅葉は見に行かず、来年の楽しみに取って置きます。

夏越の祓は今は新暦で斎行する神社が多くなりましたが、八坂神社や住吉大社などは7月末日に斎行していますね。

更に、大阪天満宮の天神祭も参拝すれば夏越の祓だということが判ります。

上賀茂神社へは数年に一度位しか参拝しませんが、バス停と、やきもち屋さんなどの場所も思い出に残っています。

ご愛読ありがとうございます

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。

紅葉もそろそろお終いですね。場所にもよりますが、この土日が最後のチャンスだったのではないでしょうか。
各所の公園なども、落ち葉が美しい時期です。

子どもの頃は、神社の細かいことも祭事の意味も全然知りませんでした。うん十年経ってようやく理解し始めるわけですが、歴史関係の事柄はそういうことが多いようです。

上賀茂神社は桜のイメージが強かったですが、紅葉も綺麗でした。
下鴨神社は、糺の森が色づいており、違った色彩で美しいものです。


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