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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京都駅は、観光客にとってガッカリすると言われるけれど……





京都駅前


 期待外れ ! ? 京都駅の印象は 

 インターネットニュース<東洋経済ONLINE>を読んでいたら、「外国人ガッカリ! 日本の鉄道「期待外れ」10選」(野田 隆 氏)という記事が載っていました。
 日本に観光に来て鉄道を利用したら、こういう点が不便だった、こういうところにガッカリした、というポイントをまとめたものです。

 そのひとつに、『日本的な感じがしない駅舎』というのがありました。

 せっかく日本に来たのだから、日本的な駅舎であれば、外国人は気に入るであろう。純和風でなく和洋折衷であっても、風格のある駅舎なら満足するのではないだろうか。

 ところが、今の京都駅は、東京や大阪ならともかく、古都の玄関としてあまりにも街のイメージとかけ離れていて評判がいま一つである。

 国際的保養地の軽井沢駅も特色がないし、少し前までのJR長野駅も評判が芳しくなかった。幸い長野駅は、庇を設けて、現代的ではあるものの風格のある造りになって、面目を取り戻したのは朗報であろう。(東洋経済ONLINE) 


 現在の京都駅は、1997年に完成しました。歴代で言うと、4代目に当たります。

 余談ですが、この前、京都駅の歴史を調べている学生たちと話しているとき、“ いまの京都駅、いつできたの?” と聞くと、“1997年” と答えるものですから、私はビックリしたのです。もうかれこれ20年も経っているのですね。私の頭の中では、ついこのあいだ出来た、という印象なのでした。

 現在の京都駅
  原広司設計の京都駅ビル

 当時、大々的なコンペ(設計競技)が行われ、話題を呼びました。
 とりわけ、黒川紀章氏が提案した巨大羅城門のようなデザインは、物議をかもしました。
 採用された原広司氏の案も、比較的低層な造りながらも、そのデザインからシンボリックなイメージがないため、物足りないとも言われたように思います。
 まあ、「古都の玄関口」に造る駅舎ですから、どんな案でも賛否両論あるでしょう。

 京都駅構内
  中央改札付近

 さすがに20年近く使っていると、この駅も慣れてきたというべきか、私自身は何も感じなくなってきました。
 改めて写真に撮ってみると、大きな吹き抜けなどがあって、空港みたいやなぁ、と思ったりするくらいです。

 東洋経済ONLINEが言うような「純和風」や「和洋折衷」の駅舎なら、梅小路に保存されている旧二条駅(山陰本線)の駅舎みたいなものになるのでしょうか。
 あるいは、冬季五輪前の長野駅のような、鉄筋コンクリート造だけれど破風をもったデザインのようなものになるのでしょうか。

 もちろん、京都駅ほどの規模になれば、和風の駅舎にするのは至難の業でしょう。それはないものねだりというものです。
 仮にそういう注文を受けたとして、満足いく回答を出せる建築家は村野藤吾くらいしかいないと思いますが、すでに1984年に没しています。

 バス乗り場


 駅前も不評? 

 「哲学者の都市案内」という副題を持った鷲田清一『京都の平熱』にも、このように書かれています。

 京都駅に降り立って、まずはいやでも目に入るのが京都タワーだ。見たくなくても目に入る。京都駅の入り口、東本願寺を背にしているというので、蝋燭を「モダン」に象ったらしいが、この巨大なキッチュ、京都を訪れたひとをひどくとまどわせる。中には温泉があり、展望台があって、どこかの田舎町に降り立ったという気分にはなっても、「みやび」とはほど遠い。「建都千二百年」の京都駅大改築の国際コンペのときも、このタワーが見えない設計だったら、どんな駅舎のデザインでもよいとのたまったひとがいたくらいだ。

 「そうだ 京都、行こう。」という口車に乗せられてやってきたものの、最初の光景がこれでは話にならない。古都は、「みやび」は、どこにある? これが、宗教と芸術と学問の都の玄関か? 学生、町衆、京おんな、職人の町と言われながら、どこにいる? 接客、「着倒れ」、古本文化、どこにある? さすがの京都人も、ここに立ったら、「京都って、おたくらがおもたはるようなものやおまへんえ。まだなんにもわかったあらへん……」とうそぶく気にはなれない。けれども不思議なもので、京都市民は新幹線で東京から戻ってきて、東山のトンネルを出て、鴨川が、そして夜空に浮かぶこの京都タワーが目に入ってくると、「ああ、帰ってきた」とほっとする。いや、ほっとするようになってしまったのである。じっさい、この「京都タワー」を歌詞に入れた小学校校歌が現にいくつもあるそうな。(14ページ) 


 京都タワー 京都タワー

 こう言う鷲田氏は、別のところでも「京都の顔の一つが、京都タワーであり、いまの軍艦のような京都駅であるということに、多くのひとたちは潜在的な違和感をもっている」(223ページ)と書きながら、自分は京都駅は大好きである、と言います。「大階段」のような、何をすると決められたのではない、都市の隙間があるというのです。

 大階段 大階段


 現代の駅は 4代目

 現在の京都駅ビルは、京都駅舎としては4代目です。

 京都に鉄道が通ったのは明治10年(1877)。
 大正4年(1915)10月には、京都御所で行われた大正天皇即位礼に合せて、2代目駅舎が完成しました。

 私が持っている戦前の書物には、この2代目駅舎の写真が登場します。

 京都駅
  2代目京都駅(『日本地理大系』7 より)

 駅前広場が広々としています。

 設計は、大阪で活躍した建築家・渡辺節。
 そう、先ほど名前が出た村野藤吾が、若き日に所属していた事務所の主宰者です。まったくの妄想ですが、村野藤吾が4代目京都駅を造っていたら、その意味でもおもしろかったですね。

 京都駅
  渡辺節が設計した2代目京都駅(『京都』より)

 この駅舎も、さほど象徴性が高い建物ではありません。
 もちろん、和風でも和洋折衷でもありません。すでに大正時代ですからね。

 そして、戦後、2代目駅舎が焼失したのち、昭和27年(1952)に建設されたのが3代目駅舎。こちらも、地味な駅でした。
 写真がないのが残念ですが、取り立てて特徴のない駅舎だったのです。

 京都駅付近
  昭和34年(1959)頃の京都駅(『日本地理風俗大系』7 より)

 この駅は、私も使っていました。
 何かごちゃごちゃした印象がある、昔の地方の駅という雰囲気でした。そのため、外観についての記憶も余りありません。

 昭和39年(1964)に東海道新幹線が開通しましたが、新幹線ホームは駅の南側(八条口側)に新たに造られたので、北側は大きく変化しなかったのでしょう。
 
 そして、約40年使われたのち、改築されたのです。

 京都駅が「古都」らしくない、と言えば、その通り。
 歴史的に考えれば、京都駅は京都の町の中心部から離れた “町はずれ” に造られたものです。だから、京都らしくなくても仕方がないと言えば言えます。
 そして、何をもって古都らしい、京都らしいというのかも、ずいぶん難しい問題です。最近京都では、ラグジュアリーな施設に竹を植えたりするのをよく見掛けますが、あれが京都らしいのでしょうか? 
 
 海外ツーリストであふれ返る京都駅では、駅ビルのデザインよりも、これから始まる京都旅行の案内を親切にしていく方が大切かも知れませんね。

 
  京都駅に移ったタワー

 


 京都駅

 所在  京都市下京区東塩小路町
 見学  自由
 交通  JR「京都」下車



 【参考文献】
 『日本地理大系』7、改造社、1929年
 『京都』京都市役所、1929年
 『日本地理風俗大系』7、誠文堂新光社、1959年
 鷲田清一『京都の平熱』講談社、2007年


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コメント

難しい課題

「歳を取るに連れて時間の流れが速くなる」と言いますが、今の京都駅が出来て20年近くとは、やはり自分も歳を取ったなぁ・・・と改めて思いました。

船越様の記事を拝読し、「そう言われたら、自分も前の京都駅の印象は残っていないなぁ」と思いました。

如何に京都とて、何もかも和風はとても無理で、建築士にとって京都のシンボル的な建物の設計は非常に頭を悩ます課題だと思います。

話がぶっ飛んで恐縮ですが、私が夢で乗る鉄道は近鉄が多く、伊勢方面へ行く夢や、伊勢から大阪方面へ帰る夢、それと上本町駅から布施駅及び俊徳道駅へ向かい、駅で降りて自宅へ向かう夢ですが、難波駅が夢に出て来たことはありません。

JRは天王寺駅がよく出て来ますが、現実の天王寺駅とはかなり異なり、天王寺駅もどきの駅から現実には存在しない路線に乗り、全く知らない所へ行く夢も見ます。

或いは場所は大阪市内なのに、現実に存在しない地下鉄に乗るなど、此処に書き切れない程、様々な鉄道に乗る夢を見て来ましたが、何故か電車で京都に行く夢は見たことがありません。

現実に最も多く行く場所が夢に出て来ないで、行ったことが無い場所が夢に出て来るのは不思議ですね。

京都駅

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

私は、仕事の関係で、天王寺駅に行くことが多いです。大阪市内では、大阪駅より天王寺駅を通る機会の方が多いくらいです。
最近あのあたりも、あべのハルカスやキューズモールが出来て、雑然とした昔の雰囲気が一掃されてしまいました。これも(年齢のせいでしょうが)さびしい出来事です。

京都駅周辺も、年々わずかずつではありますが変化して、以前の面影がなくなってきました。
学生に「丸物」と言っても、何のことやら全く通じません(当たり前ですが)。

都市は変化して当然ですが、観光客が求める「期待」に応えることは、ある種の「お芝居」をすることです。鷲田清一氏は京都人は昔からそれが上手かった(が今はどうだろうか)と書いておられます。

らしい・・とは

一気に秋も深まり、各地で特別展や見学会などが集中する頃となりましたが、船越さまも何かとご多用な時期ですね。

船越さまが記されています通り、何を持って「らしい」のか、どこまで「らしく」すべきなのか、また、誰の為に「らしく」するのか・・・改めて考えさせられました。

日本人に多い「外から良く思われたい」気質から、期待に応えようと右往左往しているような気がします。

現代に村野藤吾がいたらどのような「らしさ」を演出するのでしょうか。

きっと、村野は「らしい」建築は作りませんね。村野から生まれるものは全て「村野建築」であって、「村野らしい」でもなく「京都らしい」でもないはず。

余談ですが、もう28年も前にローマのテルミニ駅に行った折、とてもガッカリした記憶があります。ローマらしくも、イタリアらしくもなく、暗く汚かった。
それから15年後に再訪したらきれいなターミナルビルになっていましたが、これまたガッカリでした。便利になっても、過っての暗く汚い駅の方が哀愁があり「終着駅」に相応しく思えたのです。
人の感情は勝手なものですね。誰もが満足する「らしさ」は必要ないと思うようになりました。

混迷している東京オリンピック施設準備ですが、どのようになるのか気になりますね。

ご愛読ありがとうございます

ご愛読いただき、ありがとうございます。

「らしさ」は、時間の中で自然に醸し出されるものなのでしょうね。おっしゃっている旧ローマ駅のようなものです。
長い歴史の中でみれば、都市の景観や建物はどんどん変わって行っているので、そこに変りづらい「基調」のようなものがあるとしても、典型的な「らしさ」が何百年も続くということはあり得ないと思います。

「らしさ」を、あえて翻訳するならば、住んでいる人たちにとっては慣れ親しんだ「居心地のよさ」、観光客にとっては未だ見ぬものに対する「あこがれ」ということなのでしょう。
この両立も、時には難題になりそうですね。
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