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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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初詣で皇服茶 - 六波羅蜜寺 -

洛東




六波羅蜜寺初詣


 都七福神・弁天さんの稲穂授与

 京都で初詣といえば、伏見稲荷大社、八坂神社、北野天満宮、平安神宮などが大勢の参拝者を集めますが、私は縁あって六波羅蜜寺や北野天満宮にお詣りしています。今回は、六波羅蜜寺について。

 京都には、都七福神というものがあって、ゑびす神社や松ヶ崎大黒天などがそうなのですが、弁天さんには六波羅蜜寺があてられています。境内に古くから(少なくとも江戸時代には)弁天社があるためです。

六波羅蜜寺初詣

 「弁財天吉祥稲穂授与」とあるように、三が日にお詣りした人には稲穂が授与されます。

六波羅蜜寺初詣

 こんな感じなのですが、さらにえべっさんの福笹のように縁起物を付けることもできます。

六波羅蜜寺初詣  六波羅蜜寺初詣


 左の方はベーシックに熊手と金の俵、右の方は扇でしょうか、ちょっと珍しいです。他にも瓢箪とか宝船とか、いろいろあります。
 この稲穂の授与がいつ始まったか私は不案内ですが、昔の弁天社は小祠だったようで、いつの間にか発展したようです。


 皇服茶の授与も

六波羅蜜寺初詣

 善男善女でにぎわう六波羅蜜寺ですが、正月三が日の行事といえば、やはり皇服茶(おうぶくちゃ)の授与でしょう。昨年(2012年)、境内を少し改修された関係でしょうか、お茶をいただくスペースが奥の方にもできて、広々としていました。

六波羅蜜寺初詣

 こちらが皇服茶です。

六波羅蜜寺初詣 皇服茶

 元旦にくんだ若水で沸かしたお茶で、結び昆布と小梅干が入っています。なんとも言えない味わいですね。もちろん昆布と梅干も食べられます。小さなお守りが付いていて、昨年のものを返納して新しいものをいただきます。

六波羅蜜寺初詣 返納されたお守り

 梅干の種を持ち帰るとよいという話もあって、よく見ると種を返しておられる方もいますね。
 この皇服茶には由緒があります。戦前に発行された鉄道省『お寺まゐり』には、寺伝として次のように記されています。


 寺伝によれば村上天皇の天暦五年(紀元1611年)京畿に悪疫が流行し、死屍累々たる有様を現出したので、空也上人は痛くこれを憐まれ、自ら十一面観音を刻んで洛中を牽巡り、観音に供した典茶を疫人に与へて全快させた。
 偶々村上天皇御悩あり、其茶を得て御平癒になつた。そこで上人は霊験あらたかなるを思つて当寺を創建されたのである。
 皇室では村上天皇以来毎年元旦には此茶を召し服される例となつた。所謂王服茶がこれである。


 空也上人が、天暦5年(951)、京に疫病が流行すると十一面観音像を造立して、鴨東の地に西光寺を開創し、また鴨川原で大般若経を供養したという話はよく知られているところです。上の伝えは、そこにお茶の話をミックスしたような伝承となっています。天皇が服したので“「王」服茶”(「皇」服茶)なのですね。

 ここでひとつ引っかかるのは、茶を飲んだのが村上天皇というところ。村上天皇は醍醐天皇の皇子ですが、実は空也上人も醍醐天皇の皇子であるとの伝承が当時からあったのです。もしかすると、二人は兄弟? という大胆な想像も…… そうしたらお兄さん(勝手に想像)が弟をお茶で救った! などという妄想も広がってきます。

 まあ、冗談はさておき、この話は江戸時代にも流布していて、「都名所図会」巻之二にも記されています(送り仮名、句読点は適宜補いました)。


 村上帝御宇、天暦五年に疫癘時行(はやり)て死するもの数しらず。空也上人これを憐み給ひ、十一面観音の像を作りて車に乗せ、洛中を自身牽きありき給ふ。是当寺本尊也。
 観音に供ずる典茶を疫人にあたへ給へば一同に平癒す。村上帝これを聞こして吉例とし、毎歳元三に服し給ふ。万民今に此例を行ふて名を王服と号し、年中の疫を免るゝとなり。


 先ほどの『お寺まゐり』とほぼ同じですが、こちらは村上天皇自身が病気になったのではなく、病に利くという噂を耳にして毎年元旦に飲むようになった、という話です。「都名所図会」から『お寺まゐり』まで約140年、少しくらいは話の筋が変わって当然です。バリエーションもできるでしょう。

 いずれにしても、古くは、このような皇服茶にまつわる物語が信じられていたわけです。
 少し考えていて気付くことは、10世紀にお茶をどんどん供したというのが、時代的に少しどうかということ。もちろん、それ以前に唐より茶が輸入されているわけですが、果たして村上天皇が茶を喫したのかどうか? 
 しかしおもしろいのは、ここでお茶が「薬」のように考えられていることです。そうすると、この逸話も案外中世くらいまでさかのぼるもので、何かいわれのある話だったりするかも、と想像がふくらみます。

 今年は、そんなことを考えながら、六波羅蜜寺の皇服茶をいただきました。
 皇服茶は、毎年元旦から1月3日まで授与されます。


 六波羅蜜寺初詣





 六波羅蜜寺

 *所在 京都市東山区五条通大和大路上る東
 *拝観 境内自由  宝物館は大人600円ほか
 *交通 京阪電車清水五条下車、徒歩7分



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年
 『お寺まゐり』鉄道省、1922年



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