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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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1万円札の肖像にも納得 ! ? 福澤諭吉の先見の明に驚く! - 『学問のすすめ』を読んでみた -

人物




  学問のすすめ・講談社学術文庫版 福沢諭吉『学問のすゝめ』伊藤正雄校注、講談社学術文庫


 『学問のすゝめ』の原文を読む

 前回、案内本に導かれて、内容をつかんだ福澤諭吉『学問のすゝめ』(1872年~76年刊)。

 ちょっとおもしろそう! という気分になったので、原典を読んでみることにしました。

 『学問のすゝめ』には、岩波文庫版や講談社学術文庫版などがあり、手軽に読めます。
 また、現代語に訳したものとして、伊藤正雄氏の訳(岩波現代文庫版)や齋藤孝氏の訳(ちくま新書版)などがあります。

 現代語に訳すほど難解な文体でもないのですが、まったく注釈がないと読みづらいのも事実。
 そこで、今回は注釈の充実している講談社学術文庫版で読んでみました。伊藤正雄氏の校注です。


 人は、みな平等

 旧幕府の時代には、士民[武士とそれ以外の人々]の区別はなはだしく、士族はみだりに権威を振ひ、百姓・町人を取り扱ふこと目の下の罪人のごとくし、あるいは切り捨て御免などの法あり。
 (中略)
 百姓・町人は由縁(ゆかり)もなき士族へ平身低頭し、外にありては路(みち)を避け、内にありては席を譲り、はなはだしきは自分の家に飼ひたる馬にも乗られぬほどの不便を受けたるは、けしからぬことならずや。
 
 右は士族と平民と一人づつ相対したる不公平なれども、政府と人民との間柄に至りては、なほこれよりも見苦しきことあり。
 (中略)
 そもそも政府と人民との間柄は、(中略)ただ強弱の有様を異にするのみにて、権理[権利]の異同[ちがい]あるの理なし。百姓は米を作りて人を養ひ、町人は物を売買して世の便利を達す。これはすなはち百姓・町人の商売なり。政府は法令を設けて、悪人を制し、善人を保護す。これはすなはち政府の商売なり。
 (中略)
 双方すでにその職分を尽くして、約束を違(たが)ふることなき上は、さらになんらの申し分もあるべからず。おのおのその権理通義を逞(たくま)しうして、少しも妨げをなすの理なし。 (第二編) 
 ※[ ]内は引用者が補いました。

 福澤は、こう述べた上で、江戸時代は「御上(おかみ)」と言って、武士は、道中の宿代は踏み倒すは、人足に代金を払わないどころか逆に酒代を巻き上げるは、さらには年貢を増額し、御用金を言い付けるなど、ひどいことだった、と言っています。
 御上は、百姓・町人に対して ”「御恩」があるから、それに報いよ” と言うが、それなら百姓・町人だって “年貢を取られるのは厄介なことだ” と言えるんじゃないか、と述べています。

 これが明治6年(1873)に書かれているのは、ちょっと驚きですね。ふつう、幕府が倒れて僅か数年で、こういうことはなかなか言えないのではないでしょうか。

 伊藤正雄氏の解説によると、福澤は米国の学者ウェーランドの『修身論』に強い影響を受けたということです。
 そこに記された「神の目から見れば、人間はすべて平等であり、基本的人権には上下の差別がない」という記述ーー相互対等の観念(reciprocity)というそうですが、これに感化されました。

 福澤は、“江戸時代みたいな悪い考え方が起こったのは、人はみな平等という趣旨を踏まえず、人を貧富とか強弱で判断していたからだ” というふうに解釈しています。
 「ゆゑに人たる者は、常に同位同等の趣意を忘るべからず。人間世界に最も大切なることなり」として、「西洋の言葉にてこれを「レシプロシチ」または「エクウヲリチ」といふ」と言っています。
 まさにここに、reciprocity と equality が登場するのです。

 似たようなことは、男女平等についても言っています。男尊女卑の傾向は、男は力が強くて女は弱い、という状態を捉えて、女は男に従うべきだと履き違えている、と考えます。
 「畢竟[つまるところ]男子は強く、婦人は弱しといふところより、腕の力を本(もと)にして男女上下の名分を立てたる教へなるべし」と喝破しています。

 福澤の話を聞いていると、現代人よりもむしろ進歩的だなぁ、と思わせる側面もあり、また140年も前にこういう思想を堂々と述べていることが驚異的にも思えてきます。


 官に頼る風潮を叱る

 『学問のすゝめ』が書かれたのは明治初期です。いわゆる文明開化を推し進めるのも国、つまり「官」の仕事でした。
 福澤は、官尊民卑を批判し、官民対等の立場を取ります。

 しかるにこの学校・兵備は、政府の学校・兵備なり。鉄道・電信も政府の鉄道・電信なり。石室[石造や煉瓦造の建物]・鉄橋も政府の石室・鉄橋なり。
(中略)
 人みないはん、「政府はただに力あるのみならず、兼ねてまた智あり。わが輩の遠く及ぶところにあらず。政府は雲上にありて国を司り、わが輩は下に居てこれに依頼するのみ。国を患(うれ)ふるは上(かみ)の任なり。下賤の関はるところにあらず」と。 (第五編)

 
 このような政府の力をみて、人々は「一段の気力を失ひ、文明の精神は次第に衰」えると憂いています。民心が委縮するというわけです。

 そして、興味深いことを指摘します。
 それは、一国の文明は、政府から起るのでもなく「小民」から起るのでもない、その中間から起るのだ、ということです。
 この「中間」のことを

  「ミッヅル・カラッス」

 つまり、middle-class というわけです。

 実例として、「蒸気機関はワットの発明なり。鉄道はステフェンソンの工夫なり。はじめて経済の定則を論じ、商売の法を一変したるはアダム・スミスの功なり。この諸大家は、いはゆる「ミッヅル・カラッス」なる者にて、国の執政にあらず、また力役の小民にあらず。まさに国人の中等に位し、智力をもつて一世を指揮したる者なり」と述べるのです。

 ここに、福澤が期待する「学問」を身に付けた国民の像がよく表れているのではないでしょうか。


 若者への期待

 福澤は、生活に汲々として学問の途からドロップアウトすることをよしとしません。

 「およそ世の事物、これを得るに易きものは貴からず。物の貴き所以(ゆえん)は、これを得るの手段難(かた)ければなり」として、学問を成就するには、それなりの苦労が伴うと強調しています(第十編)。苦労して身につけたからこそ、価値があるというわけです。
 当時の「洋学生」のように、3年ほど勉強をして官員になる風潮を苦々しく思っていたようです。

 だからこそ、生計を立てて生きて行くことは(現実問題として)大事だとしながらも、本人のためにも天下のためにも、大いに学問すべきだと主張します。

 学問に入らば大いに学問すべし。農たらば大農となれ。商たらば大商となれ。学者小安[小さな安定]に安んずるなかれ。
 粗衣粗食、寒暑を憚らず、米も搗(つ)くべし、薪(まき)も割るべし。学問は米を搗きながらもできるものなり。
 人間の食物は西洋料理に限らず。麦飯を食ひ、味噌汁を啜り、もつて文明の事を学ぶべきなり。 (第十編) 


 「学問は米を搗きながらもできる」との言葉は、身に沁みます。


 人望を得る方法

 『学問のすゝめ』の最後、第十七編で、福澤は “人望を得ることが大切だ” と述べています。
 そして、その方法として、3つのアドバイスを与えてくれます。

 ひとつめは、言葉を巧みに操って、弁舌を磨くことです。
 先に、第十二編でも「演説(スピイチ)」を勧めた福澤でしたが、ここでも改めて弁論の大切さ繰り返しています。
 
 ふたつめは、意外なことに、顔色・容貌を快活にすべきことをあげています。
 まずは、第一印象で損をしないこと。そして、他人が近付きやすい快活さを持つことが肝要だというのです。
 顔色や容貌は、家の門のようなもので、門口がきれいであれば人も近づいて来るだろう、と言っています。

 これが三つめの、交際を活発にするのがよい、という点につながってきます。
 それもいろいろなところで、友を増やしていくのがいいと述べています。

 「人にして人を毛嫌いするなかれ」

 これが『学問のすゝめ』最後のひと言。
 好き嫌いなく、ジャンルも超えて、多くの人と付き合って行こう--ポジティブな福澤らしい「すすめ」です。

 福澤諭吉『学問のすゝめ』。
 実際に読んでみると、イメージしていたものとは随分異なっていて、ずいぶん平易に書いたなぁ、という印象です。近代西欧で培われた思想を咀嚼しつつ紹介するのですが、文章は庶民にも分かるよう、たとえ話をふんだんに盛り込んで、相当くだけたものになっています。サムライだった福澤が、まさに裃(かみしも)を脱いで、やさしく人々に語りかけた書物と言えるでしょう。

 一読して、ここで説かれた思想が、今日の私たちの社会を形作っていったことがよく分かります。さすがに、1万円札の肖像に選ばれたのもむべなるかな、という感じです。
 そして、若者を鼓舞しつづける福澤の言葉は、21世紀に読んでも新鮮な響きがあるのでした。




 書 名 『学問のすゝめ』
 著 者  福澤諭吉
 校注者  伊藤正雄
 刊行者  講談社(学術文庫)
 刊行年  2006年


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