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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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「学問のすすめ」の真意とは? - 齋藤 孝『福沢諭吉 学問のすゝめ』ー

人物




  学問のすすめ 齋藤孝『福沢諭吉 学問のすゝめ』NHK出版


 NHK「100分de名著」ブックス

 書店に行くと、いろんな棚を隈なく見るのは職業病かも知れません。なぜか、NHKテキストの棚もよく見るところのひとつです。
 テレビ番組を書籍化したものもあり、その中に<NHK「100分de名著」ブックス>というのがあります。
 専門家が25分×4回で、古今東西の名著を紹介するものです。かなり書籍化されているようで、『ドラッカー マネジメント』、『兼好法師 徒然草』、『サン=テグジュペリ 星の王子さま』、『夏目漱石 こころ』など、もう20数冊出ているようです。

 一昨日、手に取ったのは『福沢諭吉 学問のすゝめ』。教育学者の齋藤孝さんが解説されています。
 なぜ福澤諭吉に目が留まったかと言えば、先日ある講座で話した本山彦一という人物が、明治の初め、福澤に師事し、その影響を受けたからでした。


 京都の学校に感激した福澤諭吉

 福澤は、慶應義塾の創設者ですし、中津藩(現在の大分県)の武家の出身だし、あまり関西に関係しそうにありません。
 しかし実際には、生まれは大坂の中之島、つまり中津藩の蔵屋敷で誕生しましたし、20歳台前半には大坂・適塾で学んでいました。大阪人とは言えないまでも、大阪とはゆかりがあったわけです。

 京都にも来ています。
 すぐに思い出すのは、福澤が京都の学校を視察したレポート「京都学校の記」です。

 これは、明治5年(1972)5月、京都を訪れた福澤が、京都の小中学校を事細かく調べた記録です。
 そこには、京都には64の学区があり(実際には65区)、7~8歳から13~14歳の者が貧富の別にかかわらず教育を受けられること、手習(筆道)や読書、数学を学んでいること、中学校では英語などの語学も教えていること、学校の費用は半分は官費だがもう半分は学区に出させていること、明治5年4月の小中学生の数は1万5千人余りで、男女比は10:8であること、などが記されています。

 詳しくは、以前の記事をご覧ください。

 記事は、こちら! ⇒ <今では国際マンガミュージアムになった旧龍池小学校は、学区の人たちの誇りを凝縮>

 「京都学校の記」の結びに、福澤は次のように記しています。

 民間に学校を設けて人民を教育せんとするは、余輩、積年の宿志なりしに、今、京都に来り、はじめてその実際を見るを得たるは、その悦(よろこび)、あたかも故郷に帰りて知己朋友に逢ふが如し。おおよそ世間の人、この学校を見て感ぜざる者は、報国の心なき人といふべきなり。

 彼が京都の学校を見たのは、明治5年5月。
 そして、「学問のすゝめ」初編が刊行されたのが、同じ年の2月。
 「学問のすゝめ」は17編もあって明治9年まで出し続けられるのですが、最初に出版された直後に京都に来、すぐれた学校教育を見て感嘆しているのです。福澤が教育の重要性を認識していたことが、よく理解できます。


 意外に読まれていない? 名著
 
 齋藤孝さんの『福沢諭吉 学問のすゝめ』は、最初にこのように述べています(適宜改行しています)。

(前略) この本はどんな内容だと思いますか? と若い人などに聞いてみると、次のような答えが返ってきます。

 もっとも多いのは、「人間の平等を説いた本」です。おそらく、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という、あまりにも有名な冒頭の文章からの連想でしょう。

 二番目に多いのは「学問をすすめた本」です。タイトルそのまんまです。そのどちらも間違いではないのですが、福沢のいちばん言いたかったことからははずれています。

(中略) 福沢は人間の平等を説いたわけではありません、そうではなく、人間は学問をするかしないかによって大きく差が付つく。だから、みんな頑張って学問に精を出せーー、と言ったのです。 (15ページ) 


 おもしろいですね。

 「学問のすゝめ」原文では、その冒頭は「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり」と書いています。

 これは、

(世には)「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言われている。

 という意味です。
 最後に「といへり」とあるところがミソなのです。

 カギカッコ内の文は、福澤がアメリカの独立宣言の一部を意訳したものだ、ということです。
 確かに、独立宣言(1776年)を見ると、「すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ」と記載されています。「すべての人間は生まれながらにして平等」とか「創造主」というのを「人の上に人を造らず」とか「天」とか意訳したのでしょうか。

 齋藤さんが尋ねた若い人たちは、「天は人の上に…」を福澤自身の言葉と思って、平等を説いた本、と考えたのでしょう。

 でも、実際はこの後に、世の中には「かしこき人」も「おろかなる人」も「貧しき」も「富める」も「貴人」も「下人」もいて、雲泥の違いがあるが、それはどういうこっちゃ! と言っています。
 そして、その答えとして「学問の力」のあるなしの差であると言い、天が決めたものではないのだ、と喝破するのです。

 おぉ、だから “学問のすすめ” なのかぁ、となるわけですね!

 講談社学術文庫版「学問のすすめ」 『学問のすゝめ』講談社学術文庫


 学問って何だ!

 では、福澤が言う「学問」って、何なのでしょうか?

 学問とは、ただむづかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学をいふにあらず。(初編)

 なるほど、難しい字を知っていたり、難解な文章が読めたといって自慢していたらアカン、と。
 他のところでは、いくら「古事記」を暗唱したって、今日の米の相場を知らなかったら、実生活の学問には弱いヤツだ、と指摘しています。
 あるいは、ノコギリやカナヅチの名前を知っていたって、実際に家を建てられない人間は大工とは言えないだろう、とも言っています。

 こういったヤカラは「飯を食ふ字引」だ! と言い切るのです。

 飯を食う字引、って、すごい比喩ですね。
 まあ、難しい字句をもてあそんでばかりいて、実際に役立つ学問は何も知らない、ということなのでしょう。

 福澤は、実学がおすすめだったわけです。


 演説の重要性

 齋藤氏の導きによって「学問のすゝめ」を読んでいくと、“スピーチの効用” というのが出て来ます。

 演説とは英語にて「スピイチ」といひ、大勢の人を会して説を述べ、席上にてわが思ふところを人に伝ふるの法なり。わが国には古(いにしえ)よりその法あるを聞かず。(第12編)

 原文では、お寺の説法はこの類だろうとしつつ、西洋では議会でも学会でも会社でも市民の会合でも、十数名が集まれば、会の趣旨を述べたり、持論を述べたりするのだ、と紹介しています。

 英語の speech を「演説」(ないしは「演舌」)と訳したのは、福澤だと言われています。

 それにしても、明治になるまで、日本に演説がなかったとは意外です。人前で堂々と自分の意見を述べるということは、いつの時代にもありそうなものですが。

 さらに私がおもしろいと思ったのは、次の一節です。

しかるに学問の道において、談話・演説の大切なるはすでに明白にして、今日これを実に行なふ者なきは何ぞや。学者の懶惰(らんだ)といふべし。

人間の事には内外両様の別ありて、両(ふたつ)ながらこれを勉めざるべからず。今の学者は内の一方に身を委(まか)して、外の務めを知らざる者多し。これを思はざるべからず。
私に沈深なるは淵のごとく、人に接して活発なるは飛鳥(ひちょう)のごとく、その密なるや内なきがごとく、その豪大なるや外なきがごとくして、はじめて真の学者と称すべきなり。(同前)


 ここでいう「談話」は、ディスカッション(議論)を指すそうです。

 学問で、演説や議論が大切なのは明白なのに、誰も行わないのは学者の怠慢である、と厳しく責めています。
 内に向かう沈思黙考のベクトルと、“他人に伝えよう” という外に向かう活発な精神が、ともに必要だと説くのです。

 齋藤氏によると、福澤が求めた「活発な」人材とは、性格のことではなく「社会的人格」としての活発さだと言います。

 社会の中で自分の考えをはっきりと表明し、人とコミュニケーションを取り、ディスカッションをする。また多くの人の意見を聞いて、自分の考えにフィードバックする。そんな社会的活発さを求めたのです。(83ページ)

 150年近く経った現在でも通用する指摘でしょう。
 「学問のすゝめ」には、いまも耳を傾けるべき卓見がちりばめられています。

 「学問のすゝめ」を原文で読んでみようと思った方は(まぁ、それは私ですが…)、講談社学術文庫版『学問のすゝめ』(伊藤正雄校注)を読んでみるのもいいかも知れませんね。




 書 名  『福沢諭吉 学問のすゝめ』
 著 者  齋藤 孝
 刊行者  NHK出版
 刊行年  2012年



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