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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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戦後まもないモダン京都のお店たち - 雑誌「京都」の広告から -





ジャワ


 清新な都市の息吹き

 夏という季節は、私などにとっては、昭和の戦争について考える機会を与えてくれます。
 今年は、いわゆる「生前退位」の問題がクローズアップされたせいもあり、今上天皇に関する本をいくつか読んでいます。
 そうすると、私自身が過ごしてきた「昭和」という時代が、すでに過去になってしまったことを痛感させられます。おそらく、戦後復興期から高度成長期にかけては、もはや過去の深いところへ沈み込みつつあるような、そんな気がしています。

 たまたま部屋にあったその時期の雑誌「京都」(現「月刊京都」)をめくってみると、面白い絵がありました。

 四条通アーケード 四条通のアーケード完成

 これは昭和26年(1951)7月に発行された「京都」10号の挿絵です。
 記事は「御旅町専門百貨街 アーケード完成」というもの。「四条通 河原町から寺町まで」と付記されています。

 御旅町(おたびちょう)は、四条河原町から西、四条通の両側です。この「御旅」というのは、いわゆる御旅所(おたびしょ)の意味で、八坂神社の神輿(みこし)が渡られる御旅所がこの地域にあることが由来でしょう。

 記事は、「両側の歩道にアルミ天井を装置したアーケード完成。/晴雨によって開閉が自由になり、各柱間には美しい蛍光灯が輝き、京都の新しい名物がふえ」た、と書いています。
 アルミは、軽くて輝きを持ち、かつ錆びない、戦後の新しい雰囲気にマッチして、とても好まれた材料です。それが開閉するなんて、とてもモダンなアーケードだったわけです。

 この御旅町のアーケードを西に抜けると、寺町四条の南西角には藤井大丸があります。
 現在はファッションに特化したデパートとして独特の地位を築いていますね。

 その広告も「京都」には掲載されています。

 藤井大丸 藤井大丸

 これはなんと斬新なデザインなんでしょう。
 コーナーを丸く造り、ガラス窓を嵌めています。屋上左手には塔屋が突き出していて、アクセントになっています。1階は吹き抜けのピロティですね。昭和初期のインターナショナルスタイルのような雰囲気で、とてもモダンな印象ですね。 
 この建物の前にはアーケードはなく、歩道上には街灯「すずらん灯」が立っています。語弊があるのですが、現在よりもモダンでカッコよいと思います。


 モダン喫茶店

 京都というと、喫茶店が多い街としても知られています。
 四条河原町辺でいえば、私たちが学生の頃でも、フランソワとかソワレとか、クラシックな名店がありましたよね。
 「京都」の広告には、ソワレが出ていました。

 ソワレ ソワレ

 裸体のトルソ、柱時計、高坏に盛られた果物……
 時代を感じさせますねぇ。いまは閉店してしまったけれど、私も何度も行ったことがあります。
 「雰囲気を誇る」というフレーズが自信ありげですね。そういでば、ソファなんかも緋色のビロードでしたもの。

 このような喫茶店、いまクラシックだと言いましたけれど、同時にモダンだとも言いたくなるのですね。語義からすると正反対な気もするのですが、クラシックであることがモダンだと言える、そんな喫茶店がたくさんあったのです。

 ロータリー ロータリー

 木屋町三条下ルのロータリーという店。
 喫茶でお酒も出すみたいです。あぁ、「コーヒ」という表現が時代です。

 そして、今も健在のスマート珈琲店。

 スマート スマート

 寺町三条上ル。創業は昭和初期ということですが、ここには「新装開店」とあります。昭和25年(1950)10月号掲載なので、戦後に新しくやりかえられたのでしょう。
 それにしても、こういう広告のテイストがたまりませんね。

 ジャワ ジャワ

 欧風料理のグリル、と書いています。ジャワで欧風というのは矛盾する、などと言うのは野暮でしょう。
 下見板張りなのか、入りたくなる店構えです。


 和風の店

 いまある店、もうなくなった店。さまざまですが、京都らしい和風の店構えも登場しています。

  いろは いろは

 四条大橋西詰・いろは。
 はぁ、いまはないですかね。
 木造三階建。看板に「月桂冠」などとある、すきやき店。

 東華菜館 東華菜館

 おそらく、このいろはの近所になる東華菜館。こちらは健在。ヴォーリズの名建築。
「鴨涯第一の眺望」という文句が、やはりいいですねぇ。「鴨涯」なんて、いまは言いません。鴨涯(おうがい)は、鴨川のほとり(汀、水際)の漢語的表現。昔はよく使われました。

 松一 松一

 四条縄手(大和大路)南入、割烹松一。
 しっとりとした店構え。
 「入浴御自由」ですか。

 いつのまにか鴨川を渡っていましたね。
 渡りついでに、こちら。

 祇園ホテル 祇園ホテル

 祇園ホテルとあります。場所は、四条大橋東詰北入と書いてある。私の知っている祇園ホテル(現・アパホテル京都祇園)というと、祇園石段下ですね。昔は、こんなところだったのか。建物はロマネスク風で、柔らかい雰囲気。好ましいですね。

 戦後まもなく頃のお店の数々。
 こうして広告でたどるのも、なかなかおもしろそうです。




 四条通アーケード

 所在  京都市下京区御旅町
 見学  現在では架け替え
 交通  阪急電車「河原町」下車、すぐ



 【参考文献】
 「京都」白川書院、1950-51年 各号


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コメント

手描きの味わい

雑誌「京都」の広告を見て、自分も電話帳に載せる広告を手描きしていたことを思い出しました。

雑誌「京都」の広告には活字も使われていますが、私は文字も全部手書きで1枚80円位だったと記憶しています。

私はロットリング社の製図ペンを使っていましたが、雑誌「京都」の広告は昭和20年代なので、イラストはペンとインクか墨汁で描かれているのでしょうね。

昭和40年代半ばの話で、既に写真植字が普及していましたが、市場の広告などはオール手書きだったりした時代です。

「京都」の広告

ご愛読ありがとうございます。

そうですね、昔はみんな手描きで、そういう雰囲気が好ましかったですね。
いまテレビで話題の「暮らしの手帳」なんかも、そうでした。

「京都」の広告も、掲載した頃のあと、徐々に写真も使われていき、手描きが減っていくようです。
いまこういう広告を出したら、かえって新鮮かも知れませんね。

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