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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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懐かしい西陣の町を歩く - 駒 敏郎『京都西陣織屋町』 -

京都本




  京都西陣織屋町 駒 敏郎『京都西陣織屋町』駸々堂出版


 織物のふるさと・西陣 

 お盆ですね。
 毎日とても暑くて、今日(8月16日)も、最高気温は35.4℃まで上がりました。
 そして大文字の送り火は、夜になって降り出した強雨で大変心配されましたが、無事点灯されましたね。

 前回、下鴨神社の古本まつりを紹介しましたが、今日はもう1回、求めた本の話です。
 
 その本は、駒 敏郎『京都西陣織屋町』(駸々堂ユニコンカラー双書)。
 タイトル通り、西陣の町について写真を織り交ぜて紹介したものです(写真・松尾弘子)。
 刊行は昭和50年(1975)ですから、40年も前になります。

 西陣は、西陣織の産地としてよくご存知と思いますが、この本のカバーに簡潔にまとめられているので引いておきましょう。

 京都西陣は絹織物のふるさとである。
 平安の昔から織部町として栄え、その後たびたびの火災にもめげず、現在まで受けつがれている絹織の町である。
 機音のする町角を少しはいると、町家の紅がら格子、細い露地奥の地蔵にも歴史と生活の勾いが感じられる。
 京都の下町ともいえる西陣から織り出された錦には千年の歴史を生きぬいた庶民の生活と京都の文化を生み出したエネルギーが、燦爛たる模様としてくり展げられているのだ。 

 
 西陣の町並み 西陣の町並み

 屋根の低い家並みが続く西陣。その家の中からカッシャンカッシャンという織機の音が聞こえてくるのが、かつての西陣でした。
 いまでは、その音もたいそう少なくなった気がしますが。

 
 西陣の範囲

 目次を紹介しておきましょう。

  西陣の四季
  絹織一千年
    平安の織手町
    西陣の誕生
    幕府の絹工場
    災厄の時代
    甦る機音
  西陣散歩
    西陣の区域
    紫野
    千本通
    北野
    内野
    古町
    御霊前
    小川・堀川
  西陣ガイド
    西陣の行事
    西陣の歴史
    道しるべ
    西陣味しるべ
  地図 


 150ページ足らずの本に、これらの事項とカラー写真が多数収録されていて盛り沢山です。

 京都西陣織屋町


 西陣ってよく聞くけど、どこかなぁ? という方もおられるでしょう。
 著者は「北は今宮神社前を東西に走る今宮通、西は西大路通、南は丸太町通、東は烏丸通に囲まれただいたい三キロ四方の地域だろう」と言います。
 もちろん、時代によって範囲は変わるのですが、戦後はこのような感覚だったわけです。東はやや狭く堀川通、という見方もあるし、北は北大路通くらいに見ることもあるでしょう。
 
 けれども、私が “もっともだなぁ” と思った駒氏の見解は、別に述べられています。

 西陣の範囲というのは漠然としていて、はっきりどこからどこまでと区分することが難しい。
 (中略)
 早い時代に絹織物の産地という意味にすりかえられてしまったので、機[はた]の音のする所がすなわち西陣、と考えられてきた。したがって、機業が盛んになるにつれて、西陣はどんどん拡がっていった。今では、その方式を当てはめると、鷹ケ峰や御室のあたりまで西陣の中にはいってしまうことになる。

 微妙な変化なのでどこがどうとはいえないのだが、西陣的な雰囲気に濃淡があって、周辺部へ行くにつれてそれが薄くなっていくのは、肌に感じられるようだ。もうここは西陣ではないということだけは、何となく判るのである。(97ページ) 


 これはおもしろいですね、「西陣的な雰囲気」って。

 でも、これはあるように感じます。上の町並みの写真のような、低い瓦屋根の家々が並んでいる。でも、よくみると「○○織物株式会社」の表札が掛っている。そういう雰囲気です。
 私の両親の実家も、西陣の東の端と西の端にあるのですが、確かに微妙に西陣的な雰囲気が残っていますね(笑) 高校は北端でしたが、その辺はちょっと外れつつあるかな、という印象があります。
 いずれにせよ、こういう地域の捉え方って素敵ですよね。少し分かりづらいのですが……


 千本今出川のミヨシ堂

 それにしても、「西陣散歩」の章を見ていると、いくつもの通りの名が出てきて感心させられます。
 千本通や今出川通の大きな通りはもちろん、寺之内通とか五辻通とか上御霊前通とか、どう読むの? と思われるような通り名が平気で出て来ます。
 俗に、京都ではすべての街路に名前が付いている、と言われます。それだけ、通りというものの存在が大きな意味を持っており、地域住民も通りを基準に地理を覚えているわけです。

 西陣の織屋町の中心は、今出川通と大宮通の交点と言われ、「千両ケ辻」と呼ばれます。
 もっとも、大きな交差点と言えば、千本今出川でしょうか。

 そこに、こんな建物があるのをご存知ですか?

 ミヨシ堂

 壁面にもある通り、ミヨシ堂です。
 この時計塔がランドマークになっていて、私にも昔からお馴染みでした。

 先日、京都新聞に「京都を彩る建物や庭園」の選定(京都市)についての記事が出ました(2016年7月18日付)。
 これにミヨシ堂が選ばれたそうなのです。

 ミヨシ堂は時計店で(現在は閉店)、昭和4年(1929)の建築です。
 市電開通の際、道路拡幅で交差点が隅切りされたので、表の町家を洋館に建て替えたのだそうです。
 いまは高いビルに囲まれていますが、当時はモダンなランドマークだったのでしょうね。

 西陣というと古風なイメージですが、繁華街という一面もあっただけに、このようなモダニズムも花開いたのでしょう。




 書 名:『京都西陣織屋町』
 著 者:駒 敏郎
 刊行者:駸々堂出版
 刊行年:1975年


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