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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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古本市で見付けた『カメラ京ある記』は、戦後まもない昭和30年代の空気を活写

京都本




古本まつり


 下鴨神社・糺の森で古書市

 毎年恒例、下鴨納涼古本まつりに行ってきました!

 下鴨神社(左京区)の境内、糺の森(ただすのもり)が会場。
 つまり、屋外で開催されているのですが、40ばかりの出店があって盛観です。

 年々店舗数も増え、ひと通り見て回るのに、私の場合、3時間くらいかかります(笑)
 写真では年配のお客さんが多いように見えますが、若い学生風の方もたくさん来られていて、そのあたりは京都らしいというところでしょう。

 古本まつり


 何を買おうか?

 昔に比べ、近頃は “これは!” という本が余り見付からない、という印象です。
 なぜなんだろう?

 万巻の書を買い尽したわけでもなし、本への興味関心が薄れたわけでもないけれど、不思議ですね。

 今回買った本は、例えば風流なところでは、

 山根翠堂『花道日本』教育研究会、昭和18年
 重森三玲『日本庭園の鑑賞』スズカケ出版部、昭和10年 

 
 実は、生け花の歴史を書いた本で、素人にも手ごろなものって、なかなかないんですよね。著者で言うと、西堀一三や、この山根翠堂ですか。
 山根翠堂は華道家ですが、本は戦時中の刊行。紙は悪いけれど、図版も入っていて、いいですね。

 庭の本も、通俗的な解説書は数多くありますが、しっかりしたものは少なそうです。
 戦前では、作庭家の重森三玲(しげもりみれい)でしょう。
 重森には『日本庭園史図鑑』といった完備した全集もあって、これは私の職場にもありますが、図面も入っていてとてもいい本です。ただ、全26巻あるので、個人では持てないです……
 今回見付けた『日本庭園の鑑賞』は、とてもコンパクト。庭園史と庭園の見どころ、実例などが、図版入りで紹介されています。

 他の分野では、最近お芝居について考えているので、こんなものを求めました。

 岡本綺堂『明治の演劇』大東出版社、昭和17年
 三宅周太郎『芝居』生活社、昭和18年
 郡司正勝『地芝居と民俗』岩崎美術社、昭和46年 


 岡本綺堂(きどう)は、『半七捕物帳』でお馴染みの作家ですが、もとは新聞記者でした。小説とともに戯曲も書いていて、代表作の「修善寺物語」は現在の歌舞伎でもよく上演されますね。
 
 『明治の演劇』は、昭和10年(1935)に出版された『明治劇談 ランプの下にて』(岡倉書房)を改題したもののようです。『ランプの下にて』は、明治5年(1872)生まれの綺堂が実見した明治時代の歌舞伎を回顧した随筆です。
 綺堂は、学校を出たあと、東京日日新聞に入ります。当時も、新聞記者は劇場に招待されて観劇し、劇評を紙面に書いていました。綺堂はその担当となるのですが、新米記者が招待見物でウロウロしながら観劇するさまが面白おかしく描かれています。

 他にもいろんな回想があって、楽しい本なのですが、どうも岩波文庫に入っていたらしい……。でも、古書めぐりは「出会い」ですからね、ここで買って手に取ることが意味があるのです。
 

 昭和30年代の京都を激写?

 上記のいろいろな本も、なかなか面白いのですが、手に取った瞬間 “おっ” と思ったのはこの本です。

 朝日新聞京都支局編『カメラ京ある記』淡交新社、昭和34年
    同     『跡 続・カメラ京ある記』同、昭和36年


 この本は、これまで見たことがなかったですね。

 京ある記 『カメラ京ある記』

 正編は、朝日新聞京都版に昭和33年(1958)に連載したものを翌年に刊行。続編は、昭和35年(1960)の連載を翌年にまとめています。
 昭和33年、35年というと、戦後の復興が目覚ましく進んでいた頃でしょうか。京都の街も、みるみる変わっていきました。
 そのため、本書には、現在の私たちが見ると、衝撃的な写真が並んでいます(以下、著作権の関係で写真を掲載できないことが残念です)。

 例えば「大雲院境内」という写真。
 大雲院は、いまは円山公園の南側にあり、祇園閣があるお寺として有名です。
 実は、かつては寺町四条の南にありました。現在の高島屋の西側、立体駐車場などがある辺りです。藤井大丸の東向いになります。

 おそらく藤井大丸の上から撮った俯瞰写真には、昔の体育館のような建物が写っています。壁面には「PALACE」の文字があって、これがパレス劇場です。
 本書によると、昭和28年(1953)に大雲院の境内に出来たアイススケート場で、まもなく映画館に転換したと言います。
 このあたりのややこしい事情も書かれているのですが、差し障りがありそうなので割愛し、結局お寺は土地を売って移転された、ということだけ書いておきましょう。
 また、境内には労働運動の牙城である労働会館もあり、異観を呈していたようです。

 本文には、

 山門をくぐって、映画館と本堂と労働会館のあい住まい--ある意味では一番“いまの京都”らしい場所といえようか。(続編83ページ)

 と締めくくっています。
 やはり戦後らしい風景がありますね。

 私が驚いたもう1枚の写真は「顔見世」というもの。
 南座を西側(鴨川側)から撮ったショットですが、なんと数多くの幟(のぼり)が立てられているのでした。南座の脇には京阪電車が走っていた(もちろん地上)ので、その間に立っていたようです。
 当代ではありませんが「片岡仁左衛門」とか「中村時蔵」とか、馴染みのある名前が並んでいます。「片岡秀太郎」は当代ですね。


 文化財の爪痕

 「通天橋」という写真には、なんと真ん中で分断された東福寺・通天橋が収められています。
 昭和34年(1959)夏、豪雨で流されて、「秋になっても橋なしのモミジではいかにもさびしい」(続編118ページ)。
 橋の復興のために、拝観料を10円値上げし、雲水たちが喜捨集めに駆け回った。その結果、最近になって復旧工事に取り掛かったと、伝えています。

 「鷹ケ峰」の写真には、真新しい住宅が写されています。
 通称・鷹ケ峰街道は、千本北大路から北へ延びる一本道で、付近には秀吉が造った「御土居(おどい)」があります。

しかしこの道をよぎって連なっていた「お土居」(秀吉が京都の周囲をかこって築いた土塁)の跡に“文化住宅”が最近バタバタと建ちはじめた。道の東側の「お土居」だけが史跡に指定されていないのに目をつけた人が買い占め、ブルドーザーを入れて谷をうめ“宅地”にしてしまった。おかげで、付近の地価ははね上がった。
 
 “京の箱根”がうたい文句。同じようなつくりの分譲住宅が二百戸建つのだそうだが、ニスとモルタルで化粧されたマッチ箱をくっつけたような家がずらりと並んでいる。壮観だ。(続編25ページ) 


 新聞記者が書いているので、なんだか皮肉っぽく、社会の裏をうがつような記述が多いのです、どのページにも。
 それにしても「京の箱根」は初めて聞きましたね。

 「京の○○」と言えば、「四条大宮」も。

 四条大宮が、かつて何と呼ばれていたかご存知でしょうか?
 戦後、この場所は阪急電車の京都方の起終点となりました。

 ターミナルの朝は、もう六時すぎに明ける。職場に急ぐ人たちが吸い込まれ、吐き出され、一日の活動がはじまる。人のウズ、足どりもせわしそうだ。阪急京都駅の話では、乗降客は日に四万五千。東の三条京阪とならんで京都の二大ターミナルである。

 “京都の新宿”とはだれがいい出したのか。
 「京新宿」「新宿大宮」と二つの商店会もある。
 新宿にくらべるとお粗末だが、かいわいに酒場が七十軒ぐらい、パチンコ店や映画館が軒をならべている。(後略) (後編196ページ) 


 京都の新宿かぁ。
 聞いたことなかったですね。
 私が知っている阪急京都線のターミナルは、すでに河原町ですから。
 本書にも、河原町延伸の話が出ており、四条大宮界隈でも「「商売にさしつかえる」と反対の空気が強い」と記されています。

 私が学生の頃、四条大宮には映画館がいくつもあって、コマゴールドとかコマシルバーとかに名画を見に行ったものです。いまはそれもなくなって、やはり「商売にさしつかえ」たのでしょうか。


 50年で大きく変貌

 本書が刊行されてから、50年余りが経っています。

 正編冒頭には「鴨川」の写真--四条大橋西詰の東華菜館から俯瞰したもの--が載っています。
 夜の四条大橋は、ひっそりと街灯に照らされ、「鰻まむし」の電飾を灯した角の「いづもや」は二階建の木造のようです。つづく家並みも低く、ここが四条大橋、先斗町かと思わせます。

 「加茂大橋畔」は、賀茂川と高野川が合流する三角州を捉えています。河原には、友禅染の反物が何十も並び、背後には建物に妨げられることなく比叡山がそびえています。

 正編の最後から2枚目「舞子」は、なぜか京都駅にたたずむ舞妓さんなのですが、彼女の前にあるはず? の京都タワーは未だなく、関西電力のビルだけが建っています。

 半世紀のうちに、京都の景観も、人々のなりわい、くらしも大きく変わったのでした。

 当時の人たちも、京都は変わってゆく、と感じていたのでしょうけれど、やはりそれからの50年間の変貌ぶりは凄まじいですね。


  古本まつり




 書 名 『カメラ京ある記』『跡 続・カメラ京ある記』
 編 者  朝日新聞京都支局
 刊行者  淡交新社
 刊行年  1959年、1961年


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コメント

下鴨古本まつりへ行きました

 下鴨古本まつりで『カメラ 京ある記』を購入された記事を拝見しました。実はわたしも昨日(13日)参りまして,同じ書を購入しました。ただし正篇のみ。続編は探してもみつからないので,正篇だけでもと求めたものです。
 ほかに野間光辰『洛中獨歩抄』,中村直勝『京の魅力』正続を購入。いずれも淡交社(淡交新社)の刊行で,モノクロ写真の丁寧な本づくりが魅力です。
 「同好の士」を知ったうれしさに,よしなしごとを書き付けました。

よい本ですね

 いつもありがとうございます。

 『カメラ京ある記』購入なされたとのこと。
 私は、たまたま初日が仕事休みだったので参りまして、どの書店だったか、2冊並んでいるのを手に取る幸運を得ました。
 京都の本も、まだまだおもしろいものがあると心躍ります。野間光辰氏や中村直勝氏も、淡交社(新社)から出されているのですか。そちらもまた探してみたいと思います。

 今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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