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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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「世界ふしぎ発見!」で、明智光秀の特集 ! !  

洛西




明智風呂


 「世界ふしぎ発見!」で “新説 本能寺の変 434年目の真実” 放映

 7月9日(2016年)の夜、なんとなくテレビをつけると、「世界ふしぎ発見!」(TBS)が放送されているところでした。
 どうやら、明智光秀の特集らしい。

 そういえば、新聞のテレビ欄にそう書かれていたけれど、すっかり忘れていました……

 もう9時半も回っており、ちょっと見ただけでチャンネルを変えました。
 でも、しばらくたってもう一度見ると、いよいよ “ラストミステリー” の問題で、こんな映像が出て来ました。

 妙心寺 (テレビ画像ではありません)

 「妙心寺」とテロップが入ってる。

 このブログの愛読者なら、ここで答えが分かるはず ? !

 妙心寺にある明智光秀にゆかりのあるものは? みたいな問題なのですが、そのものの画像まで映し出されました。

 明智風呂

 そう、明智風呂ですよね。

 光秀公は生前、妙心寺と近い関係でしたので、本能寺の変後、彼の菩提を弔うために建てられたのが明智風呂です。
 詳しくは、以前の記事をご覧ください。

 記事は、こちら! ⇒ <妙心寺の浴室は「明智風呂」>
 

 首塚や餅寅さんも

 ラストの前には、白川三条下ルにある光秀公の首塚や、それを守っておられる和菓子店・餅寅さんも登場していました。

 明智光秀首塚
  明智光秀首塚

 餅寅
  和菓子店・餅寅

 首塚の記事は、こちら! ⇒ <明智光秀の首塚は、幕末から明治、歌舞伎役者たちによって整備された - 光秀饅頭も美味!->

 いつものように、餅寅のおかみさんも登場されて、元気なお声が聴けました。
 光秀饅頭も紹介されましたが、「世界ふしぎ発見!」は、それを食べたりするシーンはないんですね。禁欲的な番組です(笑)

 光秀饅頭 光秀饅頭

 そんなことで、妙心寺のところで解答者の答えが示され、案外正答が多く(!)、野々村真クンが「露天風呂」と書いたりして他のゲストに突っ込まれたり。
 見ていた私は、CMになったので正解まで見ずに、テレビを消してしまいました。

 そして、一夜明けて……

 番組のこともすっかり忘れ、朝、いつものようにブログのアクセス数をチェックしてみると……

 なんと、ふだんの4、5倍ものアクセス数になっているではありませんか!
 それも、21時台に集中している!

 あっ、と気付いたのは「世界ふしぎ発見!」のこと。
 調べてみると、「明智光秀 妙心寺」「明智光秀 風呂」といったキーワードで、いっぱい検索されていたのでした。

 この番組は、やっぱり人気なんですねぇ。
 改めて長寿番組の実力を知らされた出来事でした。




 妙心寺 浴室(明智風呂、重要文化財)

 所在  京都市右京区花園妙心寺町
 拝観  浴室・法堂 大人500円ほか
 交通  JR「花園」下車、徒歩約3分


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コメント

光秀伝説

本能寺の変が歴史上の大きな謎であると共に、明智光秀自身も何時何処で誰の子として生まれたのか、何時何処で死んだのかに就いては諸説があって、興味が尽きないところです。

歴史上、謀反を企んだ人物は多々いるのに、光秀を慕う人が多いのは、彼が人格的に勝れた人物であったからでしょう。

当時は寺院が学問所でもあったので、学問好きの光秀は特に寺院との所縁が深い武将で、伝記では先ず嵯峨天竜寺の学僧を招いて学び、今も恵那市の天神神社は光秀公学問所とも言われています。

ブログの南禅寺金地院「明智門」の記事も拝読しましたが、岐阜県山県市中洞に伝わる伝記では、「明智門」が元あった大徳寺は光秀の実弟・土岐頼武が出家して宗寂と称して禅を学んだ寺と言われ、その所縁によって光秀の寄進を受けたのかも知れません。

いつもありがとうございます

そうそう、明智といえば、やはり岐阜で、一度行ってみたいものだとは思うのですが、なかなか行けませんね(笑)
大相撲の名古屋場所なんかと組み合わせて訪問できると嬉しいのですが・・・

それにしても、近年は子孫とされる皆さんのご努力もあってか、ちょっと光秀公ブームでしょうか?
近代になって不忠者のレッテルを貼られて評判を落としていた光秀公ですが、少しイメージが変化してきたかも知れませんね。
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