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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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七本松通にある観音寺の山門は、伏見城から移築の伝承を持つ





山門門扉


 お寺が多い七本松通

 京都市内を南北に走る大通りと言えば、東から、東大路通、河原町通、烏丸通、堀川通、千本通、西大路通など。
 これらの大通りも、堀川通や烏丸通を除き、基本的には片側2車線。他都市に比べれば随分と狭いものです。
 その大通りの間に、中くらいの通りが走っています。

 千本通と西大路通の間にある中くらいの通りに、七本松通(しちほんまつどおり)があります。片側1車線の道路です。
 子供の頃から、ここはクルマでよく通りました。印象として、景色が開けているなあ、と感じます。

 七本松通
  七本松通

 高いビルがないせいもありますが、お寺が多いので、空が拡がっているのでしょう。

 七本松通は、豊臣時代の都市改造を経て、新たに造られた街路です。元和元年(1615)の開通ともされています。江戸時代では、およそ市街の内と外の境目にあたる辺りで、寺院が集まっています。『京都の大路小路』は、「「西の寺町通」といってもよいほど」と言っています。


 伏見城から移築の伝承

 大きなお寺としては、立本寺(りゅうほんじ)があり、他は小ぶりの寺院が並んでいます。
 その中で、目に留まったのが、観音寺。

 観音寺
  観音寺

 この山門が、伏見城の牢門を移築したものと伝えられています。
 罪人を釈放する際には、この門前で百回むち打ったので「百叩き門」と呼ばれたと言います。

 観音寺山門

 また、門のくぐり戸が風で開くとき、泣き声を発したとも言われます(『京都市の地名』)。ちょっと怖いですが、いまは釘付けされていて開かないとか。

 その門扉なのですが、クスノキの一枚板で出来ているそうです。

 山門門扉

 木目が横に走っていて、風格を感じさせます。

 山門門扉

 よくあるヒノキとは、若干違う感じですね。

 山門門扉

 懸魚はかぶら懸魚で、ひれが付いていて立派です。

 山門懸魚


 よなき地蔵と観音さま

 寺内に入ると、いくつかのお堂があります。

 よなき地蔵

 よなき地蔵尊

 よなき地蔵尊。
 怪異譚かと思いきや、こちらはどうやら赤ちゃんの夜泣きを抑えるお地蔵さんのようです。堂内の提灯に、かん虫封じとありますからね。

 千人堂

 千人堂扁額

 千人堂。
 数多くの人から信心されたということで、この名前が付いているそうです。疫病除けなどに信仰され、聖観音像が祀られています。
 この観音さんは、もとは一条戻橋のたもとにあったとも言われ、僧・浄蔵が父・三好清行を葬送時に蘇生させた際、祀った像とも伝えられます。

 石標

 「洛陽廿七番観音寺」とあるように、江戸時代には洛陽三十三観音の27番札所でした(現在とは異なる)。
 幅広く信仰を集めたわけですが、いまではひっそりとしています。




 観音寺

 所在  京都市上京区七本松通出水下る三番町
 拝観  境内自由
 交通  市バス「千本出水」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『京都市の地名』平凡社、1979年
 『京都の大路小路』小学館、2003年
 竹村俊則『新撰京都名所図会 3』白川書院、1961年



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