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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

老舗の薬房もある車屋町通をさらに歩く





車屋町通の雨森敬太郎薬房


 二条通界隈

 車屋町通を歩くのつづきです。

 その昔、クルマ関係の商売が集まっていた、そんなところに名の由来を持つ車屋町通。
 しかし今は、交通量も少なく、快適に歩けます。

 押小路通を上がったところに、蕎麦の老舗・本家尾張屋があり(前回紹介)、さらに北には、こんな構えの店舗があります。

 雨森敬太郎薬房

 正本家 雨森敬太郎薬房。黒壁に虫籠窓のある商家です。
 真っ白な暖簾には、「すいだしの膏薬/雨森 無二膏」と書かれています。

 雨森(あめもり)家は、もとは湖北の医家でした。湖北と言えば、朝鮮からの通信使と交わった雨森芳洲が知られますが、その一族ですね。
 江戸前期に、雨森良意が京に上り、腫れ物を吸い出す膏薬(こうやく)を作りました。これが「無二膏」です。

雨森敬太郎薬房の暖簾

 現在でも販売されていて、腫れ物や切り傷に効くそうです。
 軒に上がる看板は、ひときわ立派です。

  無二膏看板
   無二膏の看板

 通りに垂直に掛っている突出し看板ですが、切妻の屋根が付いています。
 伝統的な意匠ですが、よく見ると、ガラスのシェードが付いた電球もあって、ちょっと近代的でもあります。


 少将井の御旅所旧跡

 少し進むと二条通に交わります。

 二条車屋町
  二条車屋町の交差点

 写真の右奥が烏丸通。わずか5、6軒の距離です。
 次の通りは、家具店の多い夷川通で、その北は京都新聞社の裏手になります。町名で言うと、少将井御旅町(しょうしょうい おたびちょう)。
 
 少将井御旅町町名板 小さく「少将井御旅町」とある

 古そうな民家があり、その柵内に小さな碑が立っています。

 少将井跡

 少将井跡碑

 「少将井旧跡」と書いてあり、水が供えられています。
 ここは「枕草子」にも載せられた少将の井という名井があったところです。
 ただ、町名からも分かるように、それに加えて御旅所もありました。

 御旅所(おたびしょ)とは、祭礼の際、おみこしなどに乗った神さまが一時的に留まられる場所です。
 この少将井御旅町にあったのは、祇園社(八坂神社)の御旅所でした。

 『京都市の地名』によると、祇園祭で渡御する神輿3基のうち、西御座がこの御旅所にやって来て、井戸の上に安置されたと言います。
 少し長くなりますが、引用しておきましょう。

 祇園会には古く「少将井駒形座」とか「少将井駒大夫」とかよばれる一団が出た。その名称は祇園会に出された3基の神輿のうち、西御座の祭神が竜王の三女、牛頭天王の妃 婆利采女(ばりさいにょ)で、この神輿が少将井の御旅所に担ぎこまれ、井の上に安置されたため、婆利采女の別名を「少将井殿」ともよんだ(中略)

 10世紀以降京都では疫病流行の時、ある特定の井戸の水を飲むと疫病を免れるという霊泉・霊水信仰が定着しており、少将井の信仰も同様であったと思われる。恐らくこの信仰が霊水ということから竜神の娘、竜女の婆利采女の神輿と結びついたものと思われる。
 少将井の神輿は、祇園御霊会の時、四条・東洞院・二条・御旅所というルートをとり、内裏の南辺を渡御したため、特に宮廷関係者の関心と信仰を集めた。(724-725ページ)


 いま祇園祭の神輿の御旅所は、四条寺町にまとめられていますが、これは豊臣秀吉の時代になってから(天正19年=1591年)。
 かつては、少将井御旅所と大政所御旅所(烏丸高辻)の2か所にありました。大政所御旅所の方は、現在は小さな祠が鎮座しています。

 祇園祭御旅所
  現在の祇園祭御旅所と神輿(寺町通四条東入ル)


 小さな地蔵さんも

 さらに北上すると、竹屋町通を越え、そろそろ御所も見えて来ます。

 御所を望む

 あいにく道路工事中ですね。

 そんな路傍にお地蔵さんがありました。

  お地蔵さん

 銅板葺の覆屋があり、その中にお堂が据えられています。
 
 近付いてみると、ちゃんとした組物があり、とりわけ木鼻がおもしろい!

お地蔵さんの木鼻

 象と獅子。
 なにげないけれど、なかなか上手なものです。
 こんなものを見付けると、ぶらっと散歩するのも愉しいなぁと思えてきますね。

 そして、800m 余りの車屋町通も、おしまいです。
 もともとは、いまの御所の南部分にも道は通っており、北端は出水通だったそうですから、1.5倍の距離があったわけです。

 これで南の不明門通から、北の車屋町通まで、烏丸-東洞院間の細い街路を歩き終えました。
 有名な観光地もよいけれど、街なかにもいろいろとおもしろいところがあって、興味が尽きませんね。


  尾張屋のクルマ




 車屋町通

 所在  京都市中京区車屋町通夷川上る少将井御旅町ほか
 見学  自由
 交通  地下鉄「丸太町」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『日本歴史地名大系27 京都市の地名』平凡社、1979年
 『京都の大路小路』小学館、2003年


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