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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【大学の窓】京都の町に住みながら、学ぶということ - 新年度の授業へ -

大学の窓




新京極


 年度末から新年度へ

 ここしばらく、京都市内にある上京大学(仮称)に非常勤講師で行っています。
 授業は、実質上1月で終わったので、長い春休みを迎えているところ。
 
 そして3月の声を聞くと、そろそろ新年度のプランを考え始めます。

 私の担当授業は、1回生の演習で、テーマを決めてグループで1年間 “研究入門” してもらうものです。
 2班を受け持っているのですが、大きなくくりは「建築」と「写真」で、出講当初からずっと変更していませんでした。

 毎年、「来年度はテーマを替えよう」と思いながら、踏みとどまっていました。

 しかし……今年は替えることにしました。
 2つのうち1つをやめて、「繁華街」について研究してもらおうと思います。

 新京極 新京極

 繁華街かぁ。
 我ながら「歴史学」的じゃないというか、他の学問のテーマみたいというか……

 私自身、学生の頃から「都市」が好きで、学部の卒論は都市論のようなもの、でした。
 勤め始めてから、必要に迫られていろいろなことをやってきましたが、最近はもしかすると都市回帰なのかも知れません。

 「繁華街」というテーマで、学生が何をやるかは自由です。自由ですが、今年は京都の繁華街でやってもらおうと思っています。


 過去と現在が重層する都市

 言うまでもなく、現在は過去の上に成り立っています。
 個々の都市も、過去から現在に至る経緯の中で形成され、変化していきました。
 そういう意味で、京都だけが歴史的な都市ではないのですが、京都はそれがくっきり分かる都市のひとつだと思います。

 もちろん、古い神社仏閣が残っているから京都は歴史都市だ、というわけではありません。
 いま毎日を暮している私たちが、過去の上に生きているんだ、ということが実感しやすいということなのです。

 例えば、最近、豊臣秀吉の聚楽第について注目される報道がありました。
 京都大学の研究チームが、表面波探査という技法により、その外堀跡の位置や天守台跡の高まりなどを検出したというものです(京都新聞等をご参照ください)。
 
 聚楽第石垣
  聚楽第の石垣(2012年12月の発掘)

 その記事で私が驚いたのが、天守台は40m四方あり、現・今新在家町と新白水丸町(上京区)の付近にあったらしい、という点です。
 その場所は、中立売通智恵光院上るです。
 正親学区で、私の父が育ったおじさんの家があったところなのです。

 地図をみると、どうやらおじさん宅が天守台の上に載っていたわけではないようなのですが(笑)、まあ、目と鼻の先なんですね。

 例えば、父と話してみると「裏門通」という通り名などを知っているわけですが、そこは聚楽第の裏門があった通り(?)という由来なんですね、おそらく。
 たぶん父などは聚楽第の辺りに住んでいたという認識はないかなと思うのですが、意識的には知らないけれど過去の上に乗っかって生きているという姿が、この町ではふつうにあるわけです。

 西陣 西陣の一画

 もちろん、聚楽第の時代(16世紀後半)から現在まで、400年以上の歳月が流れています。聚楽第が急に民家に変わったわけではありません。そこには、年々歳々姿を変えてきた町があります。そういうことを追っていける町が京都であり、それを考えることが「過去の上に生きている現在の私」を考えるスタートになると思うのです。

 学生に、京都の繁華街を研究してもらう理由は、ここにあります。
 文献史料や絵画資料によって机上で学ぶだけではなく、現地に行って、調べたり体感したりすることもできる。過去から現在への変遷を追うこともできる。
 例えばですが、前回のブログ記事(大丸横の袋小路)で言えば、そこにあるラーメン店に入って昼食をとることもできるわけです。そういうことを “歴史と関係がない” と思うのは、歴史は古い昔の事柄を意味するのだ、という誤解なんでしょう。

 大切なのは、過去から現在に向けて流れてきた時間の推移を、その最終地点に立っている自分がどう捉えるか、ということなのです。
 それを感じられたとき、「歴史」という言葉の認識は変ります。

 こんな感じで、新年度の授業をやってみたいと思います。
 もちろん、実際にカラダを動かし頭を回転させるのは、学生自身ですね。



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