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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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東寺の門は、懸魚が比類ない





東寺慶賀門


 東寺には門が多い

 東寺(教王護国寺)は四周を塀に囲まれており、南側や北側は堀まであります。当然、中に入るためには門を潜らねばなりません。主な門だけでも、南大門、東大門、慶賀門、蓮花門、北大門があり、北大門からずっと北方には北総門があります。
「不開門」とも言われる東大門、明治時代に移築されてきた南大門、曳屋で動かされていた北総門など、おもしろい話題に事欠かないのですが、今回はそれ以外の門についての特集(?)です!


  今回は「懸魚」!

 「懸魚」。なかなか読めない漢字ですが、「げぎょ」と読みます。

懸魚(三十三間堂)
  三十三間堂の懸魚

 屋根にハート形の飾りのようなのが3つぶらさがっています。これが懸魚。
 細かく言うと、センターの少し大きめのものを懸魚(本懸魚)、両サイドのものを降懸魚(くだりげぎょ)、あるいは桁隠し(けたかくし)と呼んだりします。
 いずれも、棟木や桁など、材木の小口を隠す役割を持っています。材の保護や美装化に役立つわけです。

 この懸魚、古建築を見るときに、蟇股(かえるまた)と並んで、よく目に付く飾りです。
 いろいろと観察していくと、そのデザインが多種多様なのに気付きます。
 写真の三十三間堂(蓮華王院本堂・鎌倉時代)の懸魚は、猪目(いのめ)懸魚といって、ポピュラーなもののひとつ。現代風にいえば、ハート形の穴が開いている懸魚です。三十三間堂のものは、ちょっといびつなハートで、おまけに中央のものはハート2つ重ねの「ひょうたん猪目」になっています。

懸魚(三十三間堂南大門)
  三十三間堂南大門の懸魚

 同じ三十三間堂でも、桃山時代の南大門の懸魚は違います。三花懸魚(みつはなげぎょ)といって、こちらもトランプ風にいうと、スペードを3つ取り付けたような形状です。

 このような猪目懸魚や三花懸魚は、よく見掛けるものですが、今回登場する東寺の門は、ずいぶん珍しい懸魚を付けています。


 ほんとの魚に近い? 懸魚

東寺慶賀門

 東寺の慶賀門です。敷地の北東にあり、南大門と並んでお馴染みの門ですね。
 こちらの懸魚が、これです!

東寺慶賀門

 うーん、タテ長ですねぇ。見ようによっては、ほんものの魚に近い形というか、下端が尾びれみたいになっています。まぁ「懸魚」というくらいですから、魚っぽくって当然といえば当然!?
 よく見ると、開いている穴は「ひょうたん猪目」になっています。

 古いアップの写真を掲載します。

東寺慶賀門
  藤原義一『京阪沿線の古建築』より

 しかし、東寺の門は、この懸魚が多いのです。

東寺蓮花門
  蓮花門(出典同じ)

東寺北大門
  北大門(出典同じ)

 慶賀門と蓮花門は似ているけれど、北大門は少し幅広です。いずれも鎌倉時代前期の門ですが、なかでも慶賀門の懸魚が最も古式なのだそうです。『東寺の建造物』によると、朝鮮半島や長崎・興福寺境内の旧唐人屋敷などで類例を見る程度の珍しいものといい、大陸から渡ってきたデザインなのですね。
 天沼俊一博士は、冷静に、猪目懸魚の一種としてよい、とされています。

東寺蓮花門
  蓮花門

東寺北大門
  北大門

 どの門も似通った外観で懸魚も似ていますが、よく見ると微妙な違いがあるものです。
 こんなところも、古寺の建物を見る愉しみですね。




 東寺(教王護国寺)

 *所在 京都市南区九条町
 *拝観 境内自由 (五重塔などを除く)
 *交通 近鉄電車東寺下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 藤原義一『京阪沿線の古建築』京滋探遊会、1936年
 天沼俊一『日本建築細部変遷小図録』星野書店、1944年
 『東寺の建造物-古建築からのメッセージ』東寺(教王護国寺)、1995年



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