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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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アーチが美しい旧成徳小学校の校舎は、龍山石の魅力を生かした近代建築





旧成徳小学校


 昭和初期に建てられた校舎

 前回は、丹波・亀山藩京屋敷の跡を紹介しました。現在は、小さな祠・亀山稲荷神社が建っています。

 その裏側(北側)には、旧成徳中学校があったと書きました。
 現在、中学校は統合されて下京中学校となりましたが、グラウンドは今も使用されているそうです(下京中学校成徳学舎)。
 今回は、亀山藩京屋敷跡から、ぐるっと裏へ廻って、この学校の校舎を見てみましょう。

 道幅が広い高辻通に面して、鉄筋コンクリート造の校舎が建っています。

 旧成徳小学校
  旧成徳小学校(中学校)校舎

 横に長い3階建の校舎。
 玄関は左端(東端)で、中央(水色に見えるところ)に児童昇降口(出入口)があります。右側(西側)の白っぽい部分は近年改築された建物です(成徳会館)。

 古い校舎は、戦前の昭和6年(1931)に完成しました。
 この場所には、もともとは京都市立第二高等女学校(のち二条高等女学校、現・二条中学校)がありました。昭和の初め、それが移転して、跡地に成徳小学校を建てたのです。
 戦後は成徳中学校となりましたが、校舎はそのまま使い続けられました。

 旧成徳小学校

 東西に長い外壁には、小学校らしく数多くの窓が穿たれています。しかし、1階、2階、3階と、違ったデザインにしてあって、特に1階は連続アーチ窓で優美さを醸し出しています。連続アーチにすると、ちょっとロマネスク風で南欧っぽいイメージです。色合いも調和しています。

 旧成徳小学校

 こちらは児童昇降口、つまりふだんの児童たちの出入口です。
 校舎の平面プランは「凵」形になっていて、左に玄関、右に児童昇降口が配置されています。児童昇降口からずっと奥に進むと、講堂があるというパターンです。
 大きなアーチが素晴らしいですね。玄関の方も同様の意匠です。

 上部の左右隅には、ブロンズのレリーフも。

 旧成徳小学校

 素朴な中に、きらっと光る感じですね。


 学校建築は龍山石がお好き

 雄大なアーチですが、石材は龍山石を用いています。

 旧成徳小学校
  アーチの足元部分

 龍山石は、黄土色をした柔らかい石材で、播州(兵庫県西部)などで産出します。
 花崗岩ほどポピュラーではありませんが、近代建築ではしばしば見掛けるもので、加工がしやすく、特に玄関回りに使われることが多いようです。少し贅沢な印象を与えるからでしょうか。

 京都の小学校建築は、龍山石がお好きなようです。
 例えば、こちら。

 京極小学校
  京極小学校(上京区)

 寺町通に面した京極小学校の玄関。
 龍山石を貼った入口を作って、柔らかさを表現しています。

 銅駝美術工芸高校
  銅駝美術工芸高校(中京区)

 こちらは、旧銅駝(どうだ)小学校。現在は、高等学校として使用されています。
 庇(ひさし)を支える大きな持ち送りが目につく玄関ですが、こちらも龍山石を使っています。
 ちなみに、1階はアーチ窓で、成徳小学校と似ていますね。

 旧生祥小学校
  旧生祥小学校(中京区)

 富小路通に玄関を開いた旧生祥小学校。こちらの校舎はタイル貼りなのですが、塀の上部に龍山石を用いています。
 柔らかいので欠けやすいのが玉に瑕ですが……

 旧生祥小学校の記事は、こちら! ⇒ <小学校の“塀”も、意外におもしろい>

 さらに、旧明倫小学校(現・京都芸術センター)。

  京都芸術センター 京都芸術センター(中京区)

 本館の玄関ですが、足元にだけ龍山石を貼っています。石の形をいろいろにした乱貼りなので、かなりオシャレな印象。さすがに豪華な明倫小学校という気がします。

 中京、下京あたりの学区では、四条烏丸近辺の鉾町(祇園祭で山鉾を出す町)がとりわけ裕福な学区でした。四条烏丸の西にある明倫学区や、東にある日彰学区をはじめ、周囲の学区はどこも富裕で、その力が素晴らしい小学校建築を生み出したのです。
 成徳学区は、明倫学区の南に位置し、鉾町の南端に当たります。歴史ある町衆の持っていた気概というものが、この校舎にも表れているのではないでしょうか。

 次回は、これより古い成徳小学校の校舎について紹介したいと思います。

 (この項、つづく)




 旧成徳小学校(下京中学校成徳学舎)

 所在  京都市下京区繁昌町
 見学  外観自由
 交通  地下鉄「四条」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 川島智生『近代京都における小学校建築』ミネルヴァ書房、2015年


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コメント

龍山石

龍山石は、名前の通り高砂市の竜山附近で採れる成層火山礫凝灰岩ですね。

凝灰岩は六甲北部にもあって、有馬温泉の地質も玉瀬結晶質凝灰岩層という流紋岩質溶結凝灰岩と凝灰角礫岩で、白亜紀には近畿地方でも大規模な火山噴火があったことが判ります。

しかし、現在の近畿地方に火山フロントは無く、地震の心配はあっても、噴火の心配をせずに暮らせるのは有難いことです。

私は古代祭祀遺跡の探査から地質にも興味が湧いて来て、国立研究開発法人産業技術総合研究所が提供している地質図を無料ダウンロードしていますが、岩石や鉱物の実物を見る機会が余り無いので、今度旧成徳小学校等の近くを通る時には、じっくりと観察したいと思います。

それにしても、 龍山石が古代から現在まで採石され続けているのは凄いことで、白亜紀には如何程の噴火があったのか、想像も付きませんね。

石棺に使われる石

いつもありがとうございます。

龍山石について、考古学をやっている人に話すと、必ず「石棺」に使われる石、という反応が返ってきます。それだけ加工もしやすく、古代からよく使われていたようです。
あとは、「石の宝殿」でしょうか。なぞの構築物ですが、龍山石の本山のようなところにあるので、古代史では誰もが思い付くようです。

建築物に使われる石は興味深い存在ですが、現物をたくさん見て経験を積まないと判断できないので、私にとってはずっと難しい課題になっています。

     船越
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