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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京の路地と長屋、少しカッコよく言ってみた “撞木形” の路地とは?





高倉錦の家


 高塀の家と路地と長屋

 京都の町の中心部は、区で言うと中京区ですね。

 もっとも、室町時代の昔から、京都は上京と下京の2つの町に分かれていたので、中京(なかぎょう)という区分はありませんでした。
 昭和になって、上京区の南側と下京区の北側を合わせて「中京区」としました。昭和4年(1929)のことです。
 およそ御所の南、丸太町通から四条通の間の地域です。

 このあたりを歩いていると、ビルの間に古い町家が残っていることがあります。
 近年、かなりビル化したとはいえ、まだまだ多数の町家が見られます。

 高倉錦の家
  高倉の家

 これは高倉通にある仕舞屋(しもたや)です。
 門と高い塀を持つ家屋で、洋館を付属させています。典型的な大塀造(だいべいづくり)のお邸です。

 大塀造については、こちら! ⇒ <高塀の家を訪ねて(その1)><高塀の家を訪ねて(その2)>
 
 この塀をよく見ると、左端にイタリア国旗が見えるでしょう?
 今回は、この部分が話題です。

 高倉錦の家

 国旗の下に門がありますね。

 高倉錦の家

 門の中が通路になっていますね。
 ちなみに、ちょうちんの下る左隣の家にも、門と通路があります。

 高倉錦の家
 
 右の家は、こんな感じ。
 よく見ると、奥にイタリアンレストランがあるのでした。

 左の方も、奥に入ってみると、通路はカギの手(逆L字)に曲がっており、お店があります。

 いま「通路」と呼びましたが、やはり「路地」と言った方がよいでしょう。
 ふつうには「ろじ」だけれど、関西風に言うと「ろーじ」となります。

 中京区を歩いていると、このような路地が数多く見られ、その奥に長屋が建っているのです。


 「ろーじ」解剖

 例えば、こんなふうですね。

 高倉の家
  高倉の家(2)

 表通りに面したお宅自体、二軒長屋ですが、右端に門が付いています。
 
  高倉の家

 門には、上の方に表札を掛けるスペースが作ってあります(現在、表札は外れています)。
 門をくぐると路地になっており、こちらの場合、路地に並行して三軒長屋が建っていました。

  高倉の家

 この路地は、長さ約30m、直線状で行き止まり。突き当りには、コンクリートの塀が立っています。塀の向こうは、大型マンションの敷地のようです。

 次は、こんな例です。

 柳馬場の家
  柳馬場の家

 右に住宅、左がパーキング。その奥にも家が建っています。

 もちろん、かつてはパーキングの場所にも住宅が立っていました。
 そう、表通りに面した住宅と住宅の間に路地があり、奥に二軒長屋が建っている、という構造。

 柳馬場の家

 矢印の部分が、路地だったところ。
 正面から見ると、よく分かります。門も残っていますね。

 柳馬場の家

 この路地、奥に突き当たると左右に分かれるT字形。
 T字形というのも味気ないので、古風に “撞木(しゅもく)形” とでも呼んでおきましょうか。
 ちなみに、撞木とは、鉦(かね)などを叩く道具のことです。シュモクザメの撞木ですね。

 京都の各町(ちょう)は奥行きが深いので、奥まった部分に別の家(多くは長屋)を建てて、効率的に利用するスタイルがこれなのです。
 この撞木形の路地は、写真の少し北にもあります。行ってみると、いまでは奥の家がチョコレート店に改装されていました。
 京都の真中だけに、商業利用に転換したわけです。


 路地を探るツール

 このような町の作られ方を学び、路地を知るため、役に立つツールがあります。
 せっかくの機会ですので、私が利用しているものをご紹介しておきましょう。

(1)グーグルマップ
 いまや誰でも使っている地図。説明は不要でしょう。
 この地図で有益なのは、やはり航空写真が見られること。今回取り上げたような路地や、1軒1軒の家、そして棟の方向まで、つぶさに知ることができます。

(2)住宅地図
 ビジネスで頻繁に利用されている地図。ただ、購入するとなると、1冊が1万円などという高級品。
 ところが、今では便利なものが登場しました。使い始めた「ゼンリン住宅地図プリントサービス」。
 なんと、コンビニのコピー機で住宅地図がプリントできるのです! 1枚300円は決して高くありません。
 私は、店名や入居者名を見るのではなく、家の建ち方や路地の付き方を調べていきます。
 縮尺は1/1,500と大きく、先ほど触れた撞木形の路地なども反映されています。
 航空写真と併用すれば、各町の詳細が分かって来て面白いです。

(3)地籍図
 一筆ごとの土地について、境界や地番、所有者が分かる地図です。
 最新のものは法務局などで見られると思いますが、私に必要なのは昔のもの。
 これには過去に刊行されたものがあって、「京都地籍図」と言います(大正元年=1912年)。
 地図が1枚ずつのシートになっていて、所有者については別冊でまとめられています。
 明治末の京都の土地のあり方、土地所有者の住所・氏名が分かる優れた資料です(不二出版から冊子体で復刻されています)。
 残念なのは、土地の所有者は分かるものの、居住者(いま住んでいる人)は分からないこと。ここが住宅地図と違うところですね。

(4)京都市明細図
 京都府立総合資料館が所蔵する地図。
 縮尺1/1,200の精密な地図で、昭和2年(1927)頃の火災保険図です。
 戦後の昭和25~26年(1950-51)の書き込みもあり、戦前戦後にわたる情報がつかめます。
 立命館大学と共同で、現在の地図と重ね合わせた「オーバーレイマップ」も製作され、インターネットで閲覧できます(もちろん無料)。
 土地の境界、地番といった地籍図的な情報に加え、各戸の商売の記載、敷地内の建屋の記載など、詳細な情報が満載です。
 例えば、今回2番目に紹介した細い路地の奥に塀がありますが、その塀の向こうは現在は大型マンション。では、戦前は何だったかというと「銀行集会所」だったと、この地図で判明します。
 いますぐ見てほしい素晴らしい地図です。
 昭和初期時点の情報が分かるだけでなく、他の地図や資料と組み合わせることによって、その前や後の時期についても類推できる資料となります。

 この4つは、いずれも手軽に利用できるものです。
 特に、(4)京都市明細図は、見ていて飽きないスグレもの。先日も、同僚にこの地図を紹介しながら、何十分も見てしまいました(笑)
 一般の都市地図や国土地理院の都市図などと併せて使えば有益でしょう。




 高倉の家

 所在  京都市中京区貝屋町
 見学  レストランとして営業
 交通  地下鉄「四条」、阪急電車「烏丸」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『京都地籍図』京都地籍図編纂所、1912年(復刻:不二出版、2008年)
 木村大輔「『京都地籍図』の資料的検討」(「佛教大学大学院紀要 文学研究科篇」2010年所収)
 上田篤・田端修編『路地研究』鹿島出版会、2013年


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コメント

路地を通る芸舞妓

京都でも「ろーじ」と言うのですね。

子供の頃に遊んだ鬼ごっこ(探偵ごっこ)や缶蹴りには路地が欠かせませんが、今住んでいる住宅街には路地が無いので、そういう遊びを見たこともありません。

その路地の奥でも商売が出来るところが、流石に京都ですね。

因みに、芸舞妓さんも結構路地を通るので、「あの路地に入るのでは?」と感を働かせて先回りし、当たれば自分独りだけがその路地を行く芸舞妓さんの写真が撮れます。

今年6月7日の祇園放生会の後では、その感が当たり、新橋通から白川南通へ抜ける路地を通る舞妓さんを撮影出来ましたが、その後ろにカメラマンが大勢付いて来ているので、見栄えの良い写真にするには、同じ路地を撮影して合成するしか無いです。

それで、その舞妓さんを撮影した路地が「此処だった」というとは、グーグルマップのストリートビューで確認出来ました。

話が建物の話題から逸れますが、撞木は大阪の地車(だんじり)囃子にも使われていて、私たちには馴染み深いもので、祇園囃子にも使われる鉦スリも鹿の角を使っていますね。

しかし、大阪地車の撞木が奈良の鹿の角で事足りるのに対し、祇園囃子の鉦スリには大型の鹿の角の根元だけを使うので、とても貴重なものだと判りました。

ご愛読ありがとうございます

いつもありがとうございます。

祇園のあたりは、お茶屋さんが立て込んでいるので、やあり路地が多いですね。
なかには、複雑に曲がって抜けていくようなところもあって、どうしてこんな路地が出来たのか不思議に思うものもあります。
そこを舞妓さん芸妓さんが通って行く姿は、さぞかし絵になるでしょうね。

最近、京都の路地についての本が、ちょこちょこ出版されていて、関心の高さがうかがえます。
また、裏寺町をはじめ、路地店舗も増えてきて、今後も再利用が進んでいきそうです。
もう少し観察を続けようと思っています。

     船越

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