FC2ブログ
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

数ある京都の国宝建築、どれがおススメか、独断的に考えてみると……(その2)

建築




三十三間堂


 旧市街最古の寺院建築

 前回に引き続き、京都国宝建築めぐりです。

 京都にある国宝建造物のリストは前回をご覧いただくとして、さらに私の好きなおススメ建築を紹介していきましょう。
 先にあげた醍醐寺五重塔。
 一番上の五重目は、一番下の初層の6割しかないそうで、スーッとすぼまった格好良いスタイルです。

  醍醐寺五重塔 醍醐寺五重塔

 京都市内に残る最古の建築なのですが、こちらは伏見区の醍醐なので洛外になります。洛中、いわゆる旧市街で最も古い現存建築は、大報恩寺本堂です。

 千本釈迦堂
  大報恩寺本堂

 大報恩寺と言っても、聞き馴染みがありません。通称「千本釈迦堂」で知られています。12月の行事「大根(だいこ)だき」は有名です。

 「大根だき」については、こちら! ⇒ <きょうの散歩 - 千本釈迦堂の大根だき - 2013.12.8>

 この本堂は、鎌倉時代の安貞元年(1227)に建てられています。
 ご承知のように、京都では応仁の乱(1467~1477)によって市街が焼けましたから、それ以前の建物は貴重です。
 また、千本釈迦堂がある西陣界隈は、江戸時代の天明の大火など、何度か大火災に見舞われています。それを掻い潜って残って来たのは、仏さまの功徳というべきか、素晴らしいことですね。

 千本釈迦堂
 
 あまりいい写真じゃないですね。本当は美男子なのに、写真写りが悪いんですよ、釈迦堂は。

 横から見ると、薄い屋根が伸びやかに広がっているのが美しいです。
 参拝者が上がっていくところ、向背(こうはい、ごはい)といって、ひさしが前に突き出ています。
 入母屋造の屋根が △ に合わさる部分は、猪子扠首(いのこさす)です。

  千本釈迦堂

 外観は、“御殿風”に見えますよね。和様の建築で、開口部は半蔀(はじとみ)などで寝殿造のようですね。
 堂内に入ってみると、参拝する外陣と内陣が区切られていて、内陣には黒い敷瓦が敷かれ、四天柱が立っています。真言宗なので、密教的な雰囲気に満ちています。
 静かな空間なので、建築美を堪能するには最適ですね。

 国宝建築としては意外に知られていないと思いますが、これは優品です。
 北野天満宮から徒歩で行けるので、ぜひ訪ねてみてください。


 ひなびた山里にも……

 南郊まで足を延ばすと、浄瑠璃寺がいいですね。

 浄瑠璃寺
  浄瑠璃寺本堂

 本堂は、9躯の阿弥陀仏が安置される九体(くたい)阿弥陀堂です。
 阿弥陀さんは横並びなので、横に長い建物で、桁行は十一間あります。
 堂内に入ると、狭い空間に金色の阿弥陀さんが並んで座っておられます。平安貴族の夢の空間。まさに極楽浄土です。
 この建物は、中に入らないと良さが分かりませんね。

 浄瑠璃寺

 遠いせいもあって、長らく訪ねていません。こちらには国宝の三重塔もありますし、久しぶりに行ってみたくなります。


 クラシックな趣きの建築

 阿弥陀さんが9躯の浄瑠璃寺も壮観ですが、もっとたくさんの仏さんを造ってしまおう、というのが、こちらです!

 三十三間堂
  三十三間堂

 千体の千手観音がおられる御堂。
 三十三間堂という通称は、内陣の柱間が33あるために付けられました。外から数えると33でないため、昔の人は「長さが33間(約60m)」と考えることも多かったのです。
 ちなみに、文化庁のデータベースには、「桁行三十五間、梁間五間」とあります。この「三十五間」というのが外陣の柱間、つまり外から見た間数を表しています。

 三十三間堂

 三十三間堂もまた、建築が好きな方にも仏像が好きな方にも満足いただけるところです。
 修学旅行の定番になっていて、いつも人が大勢ですが、それに反して荘厳な宗教的雰囲気にあふれていて、私はここが大好きです。
 特に、真ん中に座っておられる観音さん(中尊)が、本当に尊いお顔お姿をなさっていて、いつも感動します。

 西側から見ると、遮るものがなくて上手く見られます。
 この建物は、鎌倉時代の文永3年(1266)に建立されたものです。しかし、その原型は後白河法皇の発願により建てられたもので、平清盛が大きな貢献をしています。つまり、院政期の建築なのですね。

 そのせいか、私の目にはとてもクラシックに映ります。

 三十三間堂

 この雰囲気。

 実に古風で、奈良のお寺を見ているような錯覚に囚われます。
 私の “古寺巡礼” は、少年時代、奈良から始まったのでした。そのせいか、「天平の甍」ではないけれど、古代のスタイルが心の底にあるみたいで……。どうしても、古典的な雰囲気に心魅かれるようです。
 今回は、そういった自分の中にある趣味嗜好が分かったような気がしました。

 みなさんも、「わたしの一棟」を探してみてはいかがでしょうか。




 三十三間堂(蓮華王院本堂)

 所在  京都市東山区三十三間堂廻り町
 拝観  大人600円ほか
 交通  京阪電車「七条」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 文化庁ウェブサイト「国指定文化財等データベース」
 京都府教育委員会『京都府文化財総合目録』京都文化財団、2006年
 山岸常人『塔と仏堂の旅』朝日選書、2005年


スポンサーサイト



コメント

国宝建築で演舞

余談ですが、千本釈迦堂では節分会もあり、近年は狂言に加えて上七軒の舞妓の演舞もあると聞き、今年の2月3日に北野天満宮の節分祭を見たあとに立ち寄りました。

お目当ての舞妓演舞は市知さんのお化けが良かったのですが、堂内が暗くて、もう10年来使っている旧式デジカメでは露光不足でした。

その千本釈迦堂の本堂が洛中で最も古い建造物だったとは知りませんでしたが、そのような国宝建築で催される狂言や京舞を無料で見られるのは素晴らしいことです。

三十三間堂へは小学6年生の秋の遠足で行ったきりですが、建物よりも内部の仏像の方が印象に残っています。

浄瑠璃寺へは行ったことがありませんが、吉祥天立像は1000円切手の図案になっていますね。

当時の普通切手の通称は「動植物国宝図案切手」なのに、名だたる国宝を差し置いて、重要文化財が最高額面切手の図案に選ばれたのは、この仏像が美しくインパクトが強いからだと思います。

その次の「松に鷹図」の1000円切手はまあまあでしたが、現在の「富士図」の1000円切手は全く魅力が無いです。

伝統行事はいいですね

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

節分の「おばけ」は伝統的で面白いですね。私も古い写真などでは見たことがありますが、実際にご覧になれたのは素晴らしかったと思います。
京都では、念仏狂言なども古いお堂でやりますし、どちらのものも雰囲気がありますね。
私は仕事の都合上、なかなか日程が合わないのですが、できるだけ参加したいと思っています。

   船越

奈良と三十三間堂

私にも12歳の頃“奈良ブーム”が到来し、依頼、奈良時代~白鳳文化~京都へと関心が広がって行きました。好きなものを引きずる性分なのか、これらのマイブームは尽きません。

船越様と同じく(同じとは厚かましい限りですが)荘厳な宗教的雰囲気にあふれ、端正な意匠の三十三間堂は大好きな建築です。
建築の放つ魅力は、関わった人々の想いやそこに流れる歴史、集う人々など、多方面にありますね。私は平清盛も好きなので、三十三間堂に惹かれる一因かもしれません。

仏像も大好きです。
機会がございましたら、船越様のお気に入りの仏像などもご紹介下さいましたら嬉しいです。

深まりゆく秋、また、奈良から京都へ出かけたくなりました。

建物も仏像も

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

三十三間堂に行くと、もちろん堂内で仏さまを拝するのですが、そのあと必ず建物の回りを一周します。
戦前は、東側の正面から入堂できたみたいで、そこから上がってみるのが私の夢です(笑)

千体の観音さんは、制作時期や仏師によって表情やプロポーションが全然違いますね。
やはり、当初に造られたものの方が、後の像よりふくよかで円満な雰囲気が漂っていて好ましいです。

このブログでも仏像を紹介したいのですが、たいていの仏像は写真がNGなので取り上げづらいのが実情です。
よい方法を考えて、仏像も御紹介したいですね。

    船越
非公開コメント