05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

【大学の窓】マイクロ、キーワード、検索、索引…… 史料調査あれこれ

大学の窓




演芸画報


 マイクロフィルムで新聞調査

 このところ、暇を見付けては新聞を読んでいます。
 といっても、今日の新聞ではなくて、百年前の新聞です(笑)

 考えてみると、百年前の新聞が今でも読めるということが驚きですね! 史料を保存するというのは大切なことです。

 私が新聞を読みに行くのは、主に京都府立図書館と京都府立総合資料館。大阪では(いま休館中ですが)大阪府立中之島図書館などです。
 今日は、総合資料館に出掛けました。

 京都府立総合資料館
  京都府立総合資料館

 ここは、学生時代から利用させてもらっていますが、ここのところはマイクロフィルムで大正時代の京都日出新聞を見ています。

 フィルムを見る機械はマイクロリーダーと言い、ここには3台あります。
 私の場合、一旦始めると、ずっと画面とにらめっこで、帰りの時間まで休みなしに作業します。

 何時間たった頃か、背後で、職員さんと利用者の男性との会話が聞こえてきました。どうやら、学生らしい利用者がマイクロを閲覧し始めるところでした。
 私が聞き耳を立てたのは、彼が言った次のひとこと。

 「キーワードで検索したいんですが、できますか?」


 アナログと索引の時代

 マイクロフィルムは、ロールフィルムで、何十メートルもの長さがあります。閲覧するには、最初から順番に見ていかなければなりません。
 途中や最後に飛ぶこともできなければ、もちろん「検索」もできません。

 実は、かなり以前から、新聞もデジタルで閲覧できるようになっています。各新聞社がデータベースを構築していて、朝日新聞の「聞蔵(きくぞう)」や読売新聞の「ヨミダス」がその代表的なものです。図書館と新聞社が契約しているので、利用者は端末から無料で閲覧できるシステムです。
 しかし、デジタル化されていない新聞は、マイクロフィルムで見るしかありません。

 背後で話している彼は、今の学生です。インターネットやデータベースを使って「検索」できることを知っていて、いつも利用しているのでしょう。当然、デジタル世界の住人です。
 しかし、マイクロフィルムはアナログなので、検索はできません。だから私のように、各月の新聞を1日から31日まで順々にリールを回して見ていくことになるのでした。

 そういえば、私が学生のとき(もちろんインターネット以前)、「索引」を活用していたのを思い出しました。
 例えば、数十冊もある全集や十数冊ある事典などには、ほとんどの場合、索引が付いていて、調べたい言葉(今風に言うとキーワード)を索引で引いて、各巻に当たるのでした。

 私が座右に置いてよく使っていたのは、『明治文学全集』の索引。
 明治時代の小説がセレクトされたこの全集は、全部で百巻ありました。そのすべてについて、主要な語を索引で引くことができるのです。この索引が完成したとき、学界や出版界で話題になるくらい、膨大な時間と労力が必要な大事業なのでした。
 近年、“辞書を作る”ことが注目されていますが、索引づくりも同様に大変な仕事であったのです。


 検索から遠く離れて

 今日、「検索」せずに(あるいは出来ずに)、ひたすら新聞を見ていた私は、どんな記事に出会ったのでしょうか?

一両日以前の昼、第二京極・中央館の裏手塀を乗り越へ、同館内に立入りて写真を見んとする三人の子供あり。
折柄、同館の下足番等、斯[か]くと見て、“不埒[ふらち]の小僧”と大喝を喰はしたる処、内二人は吃驚[びっくり]敗亡。又々二人の塀を越へて逃亡せしが、残る一人は同館内便所に立入り、隠れ果さんとせしも、早くも是亦[これまた]館員が認め、便所の戸を押開けば、姿見へず。
コハ如何にと、尚[な]ほも凝視すれば、子供は黄金中に漬りて藻掻[もが]く最中に鼻持ちならず、コレハコレハと二度吃驚、引出したるものゝ叱る訳にも行かず、洗ひやりて将来を戒め、放ちやりたりと
 (京都日出新聞 大正2年(1913)6月1日付、句読点は適宜付けました)

 第二京極
  第二京極と呼ばれた辺り

 新京極の東側に、明治末に開かれた第二京極。いくつかの映画館や劇場があり、そのひとつが中央電気館(中央館)でした。
 その裏側の塀を乗り越えて、活動写真をタダ見しようと、3人の子供が侵入。
 下足番たちが発見し、2人は逃げたのですが、1人はトイレに隠れました。
 トイレの中を探してみると、なんと、便槽につかった状態で子供が隠れていたのでした!

 「子供は“黄金中”に漬りて」と、詩的な表現をしているのが笑えます。

 この記事、何月何日と明確に書かれていません。記者が、たまたま新京極でこの話を耳にして、余りにおかしかったので冗談半分で書いたのではないでしょうか。
 「将来を戒め、放ちやりたりと」という括り方が、なにか「今昔物語集」を思わせます。“現代の説話”といったところでしょう。
 ちなみに、この記事のタイトルは、「自業自得、糞壺の中」でした。


 化猫、老婆を気絶せしむ

 次は、「化猫、老婆を気絶せしむ」という妙なタイトルが付けられた記事。

千本中立売上る東入、俳優・石黒源蔵(四十一年)は、目下、西陣・寿座に出演し居り、毎夜 “猫騒動”の幕にて化猫の姿に扮して、花道や舞台に吊しある丸太を伝ふ曲芸を演じて、観客を唸[うな]らせ居れるが、
当人、大の酒豪者とて、[五月]十六日午後四時頃から酒を呷[あお]り付け、同夜十時頃、舞台に出る前に又もや「正宗」二合瓶数本を平らげ、シタゝか泥酔して出演し、
さて、愈々[いよいよ]肝腎の化猫の丸太乗りの一段となり、花道の上の丸太に乗りたる迄[まで]は良かりしが、忽[たちま]ち酒の効能で体の中心を失ひ、引つ繰り返り、其[その]機[はづ]みに花道の右側にて観劇中なりし日暮出水上る、織職・早田久兵衛・妻てい(五十一年)の右胸部に右腕を烈しく打ち付けたる為、ていは其場に“ウン”と悶絶せし騒ぎに、
上長者町署よりは兵頭巡査出張、医師をして手当を加へしめ、漸く蘇生したるが、源蔵は本署に引致して、取調中
 (京都日出新聞 大正2年5月18日付)

 西陣京極の寿座に出演していた俳優が、したたか酒を飲んで泥酔し、化け猫に扮して演技したが、引っ繰り返って観客の女性をたたいてしまい、悶絶させたという話。
 なんとも、おおらかな時代の芝居での出来事ですが、“化け猫が老婆を気絶させた” という切り口で、ユーモラスな一篇を作り上げた--そんな記事です。
 往時の西陣京極のにぎわい、活気をよく表現していて、よい話だと思えます。酒を飲んで他人を怪我させるのはよくないけれど、なんだかホッとするんですね、この手の話は。

 2つの記事は、大正初期の京都の劇場で起こった珍事です。
 こんなものは、検索しても出て来ようもないし、検索する人もいないでしょう。
 それでも、くるくるとマイクロフィルムを回して紙面を見ていくと、このような記事にも出くわします。そこには、データベースにも「正史」にも漏れ落ちた、この街にかつて生きた人々の姿が記録されているのでした。

 先の記事で言えば、私もすでに「老婆」ならぬ「老爺」の年齢。なるべく検索は止して、コツコツと読んでいきたいと思います。


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント