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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

【大学の窓】北野天満宮でお勉強、初の昇殿体験も





北野天満宮


 “学問の神さま”を訪問

 非常勤で行っている上京大学(仮称)の史跡見学会。
 毎年、春と秋に1回ずつ実施していて、秋は京都市内の探訪です。
 今回は、北野天満宮(上京区)。

 学生約60名と、先生方や院生とともに訪れました。
 専門の先生に説明いただきながら、拝観します。

 天神さんこと菅原道真公は、学問の神さまとして知られていますが、他にもご神徳があるといいます。
 天神縁起などによると、正直の徳を守り、孝道を擁護し、冤罪を晴らすというご神徳があるそうです。
 また、天神さんの本地が十一面観音であることから、極楽往生に導いてくれる神という考え方もあると言います。境内脇の東向観音寺には十一面観音が祀られています。
 いろいろな面を教わって、勉強になりますね。

 北野天満宮
  北野天満宮

 そのあと、本殿に昇殿して、お祓いを受けました。
 天神さんには子供の頃から数え切れないくらい来ていますが、昇殿するのは初めてです。
 天満宮の社殿は、権現造(ごんげんづくり)なので、昇殿させていただいた部分と道真公らが祀られている部分との間に、石の間という窪んだ空間があり、これが大きな特徴です。
 神社の方の話では、歴史的にみると、お詣りする方の地位によって、低いところで詣るか高いところで詣るかが決まったそうです。
 
 お詣りの後は、境内に残る御土居を見たり、宝物殿を拝観したりしました。
 宝物殿では、国宝の北野天神縁起絵巻(承久本)や、長谷川等伯が描いた大きな絵馬など、社宝の数々を拝しました。


 細かいところもおもしろい

 ところで、私はやはり細かいところが気になってしまい、参道を歩いていても、石灯籠などに目が向いて、いちいちストップしてしまいます。

 例えば、こういうもの。

  北野天満宮

 スリムな石灯籠ですが、胴の部分に、次のように書かれています。

  北野天満宮

 「寄附/網代敷石/東西弐間四分/南北百拾五間」

 幅2間4分(約3.6m=東西方向)の敷石が、長さ115間(約200m=南北方向)にわたって敷かれている、ということです。もちろん、参道の敷石で、側面には明治27年(1894)に敷設されたと記されています。

 その敷石は、「網代敷石」だと言います。
 「網代(あじろ)」って、分かりますか?

 北野天満宮

 こんな敷石なんです。
 石の敷き方が、網代(網代組)のようになっている、という意味。

 網代組

 竹や薄い板、あるいは籐(とう)などの編み方で、このようなものがあって、単に網代(あじろ)、あるいは網代組、網代編と言っています。これならご存知と思います。
 建築でも、天井や垣などによく見られ、数寄屋風になります。

 石畳でこう敷くと、かなりオシャレですね。
 やっぱり史跡見学はおもしろいです。




 北野天満宮

 所在 京都市上京区馬喰町
 拝観 境内自由
 交通 市バス「北野天満宮前」下車、すぐ



 【参考文献】
 『建築学用語辞典』岩波書店、1993年


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コメント

見落としていました。

私も北野天満宮へは何度も参拝していますが、参道が網代敷石だったとは、コメントを拝読するまで気が付きませんでした。

今、昨年3月に自分が撮影した画像を見て、此処に目が行っていなかったことが判りました。

私は京都在住ではないので、節分に天満宮に参拝しても、直ぐに千本釈迦堂へ回ったりするなどして、一度は天満宮境内の石灯籠を丹念に見て、文政京都地震や伊賀上野地震の痕跡を確認したいと思いつつ、今日まで実行せずじまいです。

明日は天気も良さそうなので、時代祭を見に行くつもりですが、見終われば他所へ回る体力的余裕もなく帰宅すると思うので、京都在住の方々は羨ましい限りです。

天神さんへの信仰心

私が北野天満宮を始めて訪れたのは、小学校へ入学する前年の秋でした。
童歌の「通りゃんせ」の歌詞にもありますが、子供の成長と幸せを願って多くの人々がお詣りして来たのですね。数々の絵巻物や絵馬、襖絵、そして網代敷石も、そういった信仰心から奉納されたのだと想うと、感慨深いです。京都の方には身近な存在の「天神さん」も、在京でない者にとっては憧れでもあります。

学生の中には、ネットや書物の情報だけで“知っているつもり”の方が多いようにも感じます。是非、現地を訪れ、現物にふれ、その場所の歴史を感じてほしいと願うばかりです。

船越先生、頑張れ~!応援してます。

余談ですが、「通りゃんせ」の天神さまの細道は、関東の方の天神さま(?)らしいですね。帰りは怖いとは・・・神隠しとか、追いはぎとか、時代背景を想像してします。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ

ご愛読ありがとうございます

北野の天神さんは、懐かしい場所ですね。
こどもの頃、いつも25日の縁日に行っていました。そのため、今回のような何もない日に行くことは珍しく、きれいさっぱりとした?境内を見ることは余りないことでした。そのせいで、十分に“史跡見学”した次第です。

最近では、修学旅行生をはじめ、合格祈願の参拝者が列をなしていますね。今も昔も、その信仰心には変わりがないように思われます。

今後とも、ご愛読よろしくお願い申し上げます。

     船越





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