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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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明治時代に懸けられたおみくじの額、いったい何と書いていた?

洛東




おみくじ額


 見どころが多い粟田神社

 東山区の粟田神社。秋には、剣鉾の出る例祭でも知られます。

 粟田神社
  粟田神社

 この神社は、小さな見どころが満載で、お詣りに行っても飽きることを知りません。

 粟田神社本殿
  本殿

 本殿にお詣りすると、正面左上に1枚の額が掲げられているのに気付きます。

 粟田神社本殿
  赤丸が額


 おみくじの額

 この額、近付いて見てみると……

 おみくじ額

 額縁に、「奉納/明治廿三年四月吉日/堤町若中」と記してあります。

 明治23年といえば、1890年。日清戦争の少し前の時代です。
 堤町というのは、ここから500mほど西方、白川の西にある町名。

 額の真ん中にびっしりと文字が書いてあります。

 おみくじ額

 上の方をよく見ると、「吉」とか「凶」とか。

 そう、おみくじなんですね、これは!

 神さまの前でおみくじを引いて、その番号と額の文とを照らし合わせるわけです。
 引き方は後で説明するとして、おみくじに何と書いてあったのか、読んでいきましょう。


 明治時代のおみくじの文面とは?

 明治の半ば、神主さんが考えたのか、1番から12番までのおみくじの文面が書かれています。
 「心」や「日」などのほかは、ほとんど平仮名で、誰にでも読めるようになっています。ここでは、私たちに読みやすいように、漢字を交えて紹介してみましょう。

 壱  吉  正直を心にこめて願ひなば 我も力を添へて参らん 

 1番は、吉でした。
 <参拝者が心をこめてお願いしたら、私(神さま)も力添えをしましょう>というもの。
 いきなり、神さまが「我」という一人称で現れるのに驚きます。明治の参詣者は、じかに神さまの声を聴いているような気持ちになったのでしょうか。

 二  半吉  急ぎなば 叶ふ願ひも変はるらん よし遅くとも退屈をすな

 2番は、半吉。
 <急いだら叶う願いも変わってしまうよ。もし遅くなっても退屈しないように>
 なるほど、気を長くして待ちなさい、という意味ですか。半吉らしいですね。

 三 吉  ただ願へ 願ふ心の直[すぐ]ならば 自然と我も力を添へん

 これは1番に近いですね。また神さま自身が登場しました。

 おみくじ額


 「凶」の内容は……

 そして、4番。
 いよいよ凶が出てきます。

 四  凶  明け暮れに足らはぬことのあるならば 神に誓ひの心尽せよ

 <毎日、足りない(不満足な)ことがあるのなら、神に誓いの心を尽くしなさい>
 おまえは不満ばかり言うけれど、もうちょっと真面目にお詣りしなさいよ、という厳しいお言葉。もっともですよね。

 五  吉  親しみの深き互ひの仲なれば やがて嬉しき月や冴ゆらん

 六  凶  願ひだに あらば願へよ 叶はぬと言うことはなく 大切にせよ

 吉凶が交互に現れるおみくじ。
 6番はまた凶で、願い事が叶わないと思う人は「叶わない!」と言うんじゃなくて、その願いを大切にしてお願いし続けなさい、というのです。

 おみくじ額
  1番から6番

 七  吉  朝夕に歩みを運ぶものならば 願はずとても我も守らん
 
 7番は一転、着実に歩みを進めれば、神さまにお願いしなくても守ってあげよう、というものです。
 やはり真面目に生きることが大切。

 八  凶  産まれ子の心になりて願ふべし 二た道[ふたみち]掛けし人の悪さよ

 いわゆる二股をかけるのはよくない、という御託宣。産まれたばかりの赤子のように素直な心になりなさい。

 九  吉  今日はよき願ひの日なり 心をば陰日向[かげひなた]なく持てよ 守らん

 十  凶  何事も心のままになりぬれど 道はかゆかぬ老の足取り


 果たして大吉は?

 いよいよ、あと2本。

 十一  末吉  遅くとも懸けし願ひ 叶うべし 心変はらず楽しみて待て

 遅くはなるが願いは叶う、という末吉。
 そして……

 十二  大吉  晴れ棄つる雲井にちかひかけはしの 天上人の来る日ともがな

 最後は大吉でした。
 「誓いを懸ける」と、雲に「かけはし(梯)を掛ける」の掛け言葉。優美な句。天上人の来臨という目出度い大吉です。

 おみくじ額
  7番から12番

 いかがでしたか。
 神さま自身が登場する、このおみくじ。祈願することの大切さを説き続けていますね。
 お気付きのように、各番の文句は五・七・五・七・七の和歌になっていました。神さまの託宣らしい気分になります。

 一方、私たちがよく引くおみくじには、漢詩のものもあります。

 おみくじ

 このような五言絶句のスタイル(5字×4行)が多いのです。
 漢詩の下に、分かりやすい解釈を付けています。


 おみくじを入れるボックスもあった

 本殿の右サイドを見ていると、こんなものがありました。

 くじ函

 何の箱だろう?

 正面に書かれた白い文字。かなりかすれていて読みにくいですね。
 どうも、右の1字は「䦰」のようです。

 䦰 = くじ。

 では、左は?
 「木」偏に「函」のようですね。
 実際には、そんな字はないのかも知れませんが、意味は「函」と同じでしょう。

 函 = はこ。

 䦰函(くじばこ)でした。
 おそらく、この函の中に、おみくじを入れておいたのですね。それを引いて、上に懸けてある額で確かめるわけです。

 今では、函にフタのように板が付けられていて、塞がれています。

 くじ函

 函の右側面には、「明治二十三年/一月吉祥日」と書いてあります。
 額と同じ奉納年ですね。

 あとは寄進した人たちの名前が記されています。

(右側面)
  大阪南久宝寺町三丁目
 煙管商 林庄太郎
  大阪
 同 商 井上卯之介
  東姉小路町
 細工所 北村常次郎

 
(左側面)
 東姉小路町
       田中増三郎
 同   町
       紀伊馬耕吉
 同   町  
       神村彦治郎
 石泉院町
       西村米吉 


 東姉小路町や石泉院町は、この神社の近く、地下鉄東山駅の北側です。

 右側面には、大阪の2人の煙管(キセル)商の名が書かれています。
 調べてみると、東姉小路町あたりは、かつて煙管の細工をする職人が多かったところなのです。煙管は、鍛冶(かじ)の技法を使って金属の管を作りますから、おそらく刀鍛冶から派生した仕事だったのでしょう。

 この䦰函は、京都と大阪の煙管職人、煙管商らが奉納したものだと分かります。

 地元の人たちが奉納した、おみくじ一式。
 素朴な信仰の姿がうかがえます。




 粟田神社

 所在 京都市東山区粟田口鍛冶町
 拝観 境内自由
 交通 地下鉄「蹴上」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『粟田沿革史』粟田小学校、1969年


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