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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

文化財になった道しるべ、大原口道標と五条別れ道標





大原口道標


 京都市内に5つある文化財の道しるべ

 志賀越えを紹介する中で、京都大学の東西にある道標を紹介しました。
 北白川西町道標と吉田本町道標です。

 記事は、こちら ⇒ <北白川にある道標と石仏は、志賀越えの追分をしのぶよすがとなっている> <300年前の道しるべは、京大構内を通っていた志賀越えの記憶>

 このふたつの道しるべは、京都市登録文化財になっています。
 実は、京都市の文化財になっている道標は、5つあります(【 】内は建立年)。

 1.今出川通寺町東入表町(大原口)道標【1868年】
 2.北白川西町道標【1849年】
 3.吉田本町道標【1709年】
 4.三条通白川橋東入五軒町(三条白川橋)道標【1678年】
 5.御陵中内町(五条別れ)道標【1707年】

 いずれも昭和62年(1987)に史跡として登録されています。
 長い名称なのですが、道しるべにもともと名前が付いているはずもないので、「町名+道標」のネーミングになっています。( )内は、その地点の分かりやすい通称です。

 このうち、4 の三条白川橋道標は、今から340年近く前に建てられたもの。京都市内で現存最古の道しるべで、ここでも以前紹介しました。
 記事は、こちら! ⇒ <京都市内の現存最古の道しるべは、三条通・白川橋のたもとにある>

 
 寺町今出川にある大原口道標

 ということで、これまで3つの文化財道標を取り上げてきたのですが、今回は残りの2つを紹介しておきましょう。

 まずは、1 の大原口道標。

  大原口道標 大原口道標
  
 大原口は、京都を囲む土塁である御土居(おどい)に開けられた“京の七口”のひとつ。北郊にある大原へ向かう街道のスタート地点です。
 今出川通寺町の交差点の北東角に建ってます。歩道上にあるので、ここを歩けば自ずと目に入ります。

 幕末の慶応4年(1868)に建てられたもので、5つの中では最も新しい道標ですが、ひときわ立派なのです。
 
  大原口道標 大原口道標
  大原口道標

 四面に、東西南北の方位が記されていて、その下に行き先の地名と距離(○丁)が細かく記載されています。
 地名は全部で22あります。

  北の面:上御霊、上加茂、くらま、大徳寺、今宮
  西の面:内裏、北野、金閣寺、御室、あたご
  南の面:かう[革]堂、六角堂、六条、祇園、清水、三条大橋
  東の面:下かも、比ゑい山、吉田、黒谷、真如堂、坂本城

  大原口道標 南面

 崩し過ぎず、分かりやすく書かれた流麗な文字。
 立派な道標ですね。
 『京都市の文化財』には、「京都の道標の最優作であり、おそらく日本全国の道標の中でも最優品の一つといえるでしょう」と評価しています。


 東海道・五条別れの道標

 次は、5 の五条別れ道標。
 山科区御陵(みささぎ)中内町にあります。京都薬科大学の北東にあります。

 五条別れ道標

 この道が、何を隠そう昔の東海道なのです!

 三条大橋から出発する東海道。まずは三条通を真っ直ぐ東へ向かいます。ところが、ウェスティン都ホテル京都がある蹴上(けあげ)を過ぎて日ノ岡峠を越えると、旧の東海道は国道1号線から右手に分岐します。
 少し進むと再び1号線に合流。そのあと、天智天皇陵、JR線を過ぎると、左へ分かれます。

 そこから約300mの地点が、五条別れ。道標があるポイントです。

 五条別れは、東海道から渋谷街道に至る道の分岐点。南に歩いていくと渋谷街道にぶつかり、西へ進むと五条通につながります。五条(大橋)へ行く分岐だから五条別れなのです。

  五条別れ道標 五条別れ道標

 北面には「右ハ三条通」と書いてあり、東面には「左ハ五条橋」とあって、左右に「ひがし 六条大仏/にし 今ぐまきよ水 道」と刻まれています。
 こちらも、なかなかいい字ですよねぇ。
 東西本願寺のある「六条」や、方広寺の「大仏」、西国巡礼札所の観音寺や泉涌寺がある「今ぐま(今熊野)」、清水寺を案内しています。

  五条別れ道標

 裏面(南面)に「宝永四 丁亥 年十一月吉日」と、1707年に建てられたことが分かります。これも300年前のものなのです。

 西面には、「願主 沢村道範」の名があります。これは、京都大学脇にある吉田本町道標と同じ願主です。

  五条別れ道標

 くっきり刻まれた文字で、石も良質なのでしょうね。

 今回紹介した2基は、出来もよく、保存状態も良好です。京都市の道しるべを代表するものといってよいでしょう。

 三条白川橋の道標には、“京都に不案内な旅人のために立てる”と、彫られています。善行を積む(積善)という仏教的な心持ちから建立されたものです。
 江戸時代から、京都には大勢の旅人がやって来ました。道が分からず困っていた人たちが、道しるべに助けられていた様子がしのばれます。
 
 300年経った現在も、街角で地図とにらめっこする海外ツーリストをよく見かけます。東京五輪が近づいてくると、現代の “道しるべ” が増えるかも知れませんね。


  三条白川橋道標 三条白川橋道標




 大原口道標(京都市登録文化財)

 所在 京都市上京区今出川通寺町東入表町
 見学 自由
 交通 京阪電車「出町柳」下車、徒歩約10分

 五条別れ道標(京都市登録文化財)

 所在 京都市山科区御陵中内町
 見学 自由
 交通 JR「山科」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『京都市の文化財(記念物)』京都市文化観光局、1992年



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