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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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きょうの散歩 - 鹿ケ谷・安楽寺かぼちゃ供養 - 2015.7.25 -

洛東




かぼちゃ供養


 鹿ケ谷にある浄土宗の寺・安楽寺

 真如堂の虫払い会に行った帰り、近くということで、鹿ケ谷の安楽寺に立ち寄りました。

 鹿ケ谷は、「ししがたに」と読みます。
 銀閣寺の南の方、東山の山麓です。歴史の教科書では、僧・俊寛らが平氏を倒そうとして密議を行った場所として紹介され、事件は「鹿ケ谷の陰謀」と呼ばれています。人形浄瑠璃や歌舞伎の「俊寛」(平家女護島)で有名ですね。
 いまでも、疏水沿いに哲学の道があって、木立の中に法然院などの寺院が見え隠れするようなところ。静かなよい場所です。

 法然院の南に、安楽寺はあります。

 安楽寺 安楽寺

 門前の石標には、「住蓮山安楽寺」という山号とともに、「円光大師霊場」と大書され、また「浄土礼讃根元地」とも記されています。
 このしるべ石に、寺の歴史がコンパクトにまとめられているのです。

 鹿ケ谷の陰謀から30年ほど後のこと。鎌倉時代の初めです。
 法然上人は、南都北嶺から批判されながらも、念仏を広める活動を行っていました。その弟子に、安楽坊と住蓮坊というものがおりました。とても美声で念仏を唱えるので、今で言えばアイドルのように人気を集め、多くの人たちが彼らのもとに馳せ参じました。
 その中に、宮中に仕える松虫と鈴虫という女房がおり、彼女らは安楽坊たちのもとに入信を希望します。二人は後鳥羽上皇に寵愛される身、僧たちも躊躇しましたが、結局彼女らを剃髪します。さらに、上皇が熊野へ御幸して不在の折、御所に僧らを泊めたとも言われています。
 熊野から戻ってこのことを知った上皇は激怒。関係者を厳しく処罰します。
 師の法然は四国へ、親鸞も越後へ配流されます。そして、住蓮坊と安楽坊は死罪という重い罰。世にいう、建永の法難です。

 石標にある山号「住蓮山」は住蓮坊を、寺名「安楽寺」は安楽坊の名に由来しています。
 また、「円光大師」というのは、師・法然の大師号です。そして「浄土礼讃根元地」とは、住蓮坊らが六時礼讃を唱えた場であることを示しています。

 安楽寺

 山内には、二人の眠る五輪塔もあります。松虫と鈴虫の石塔もあるそうですが、この日は参拝できませんでした。


 かぼちゃ供養は鹿ケ谷かぼちゃで

 この日、安楽寺では、かぼちゃ供養が行われました。

 安楽寺

 門前には、農家の方でしょうか、野菜の販売も行われています。

 安楽寺
 
 安楽寺

 石段を上って、ひなびた山門をくぐり、江戸時代らしい単層裳階(もこし)付きの本堂にお詣りします。
 昼前でしたが、本堂脇の廊にはすでに行列が出来ていました。
 待つこと30分。ようやく席にたどりつきました。

 安楽寺
 
 庭の方を向いて座り、かぼちゃが出来るのを待っている善男善女。
 かぼちゃを炊くのに時間が掛かりますが、この寺の子供さんなのか小学生が手伝っていたりして、ほほえましい限りです。

 そして、ようやく来たかぼちゃ。

 かぼちゃ供養

 お茶も付けていただいて、ありがたくいただきます。

 かぼちゃ供養

 ほのかな甘みがあって、おいしいかぼちゃでした。

 この鹿ケ谷かぼちゃは、一般的なカボチャと異なって、独特の形をした京野菜です。

 鹿ケ谷かぼちゃ
  鹿ケ谷かぼちゃ

 この瓢箪形がトレードマークですね。

 かぼちゃというと、冬至にふるまわれるケースも多いと思いますが、こちらは土用。ウナギみたいです。
 やはり中風除けなんでしょうね。

 おいしくいただいて、安楽寺を後にしました。




 安楽寺

 所在 京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町
 拝観 かぼちゃ供養は毎年7月25日(有料)
 交通 市バス「真如堂前」下車、徒歩約10分


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