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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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昔の祇園祭の写真に、活気ある巡行風景をみる





『京都』


 戦前、戦後の祇園祭風景

 今年(2015年)の7月17日、前祭は台風のため大雨の巡行となりました。
 私は、台風が来ると自分の職場が大変になる!ため、祇園祭には行けませんでした。
 後祭は晴れになって、よい巡行になればいいですね。

 そんなことを願いつつ、前祭と後祭の間に、祇園ちご餅を食べてみました。三條若狭屋の名物です。

 祇園ちご餅  祇園ちご餅

 求肥(ぎゅうひ)に少しだけ入っている白味噌のほのかな味わい。疫除けのもので、今宮神社のあぶり餅などと相通じますね。
 3本入り388円です。

 そんな中、少々古い書物をひもといて、写真を紹介してみましょう。

 『新撰京都名勝誌』 『新撰京都名勝誌』

 『新撰京都名勝誌』という本。京都市が編纂した案内書で、大正4年(1915)10月に出版されました。つまり、11月10日に京都御所で行われた大正天皇の即位礼(御大典)記念というわけです。

 本の装丁ですが、祇園祭と葵祭がモチーフとなっています。

 『新撰京都名勝誌』

 金色に浮かび上がる鉾。
 なかなか上品ですね。

 もちろん、本文でも祇園祭が取り上げられています。
 そこに掲載されている写真が、こちらです。

 『新撰京都名勝誌』
  『新撰京都名勝誌』

 コーナーを曲がる辻回しの光景。
 この「辻」、つまり交差点はどこなのでしょう?

 画面の右端に、「カドヤ商店」という看板が写っています。
 角にある店なので「カドヤ」とはそのままですが、この店舗は四条寺町の北西角にあったのです。いま、リプトンがある場所ですね。
 昭和9年(1934)の地図には、「カドヤ カーテン」とあって、カーテンを商う店だったようです。大正時代の扱い品は不明ですが……

 写真は、大正4年、あるいはその少し前の巡行を撮影したものでしょう。
 このときの巡行コースは、現在とは全く異なっていました。

 現在のコースは……

 【前祭】 四条烏丸―四条河原町-河原町御池-新町御池
 【後祭】 烏丸御池―河原町御池-四条河原町-四条烏丸


 これに対し、かつてのコースは……

 【前祭】 四条烏丸―四条寺町―寺町松原―烏丸松原
 【後祭】 三条烏丸―三条寺町―四条寺町―四条烏丸


 京都の方でないと、通り名がよく分からないかも知れません。
 この時代の前祭のコースは、四条通を東へ向かい、寺町通を右折して南進。4本目の松原通で曲がって西進します。
 つまり、現在は四条烏丸をスタートして反時計回りするのですが、昔は時計回りでした。
 また、後祭は、三条烏丸を出発して東へ進み、寺町通を南下。四条通に出て西に向かいます。
 これも、時計回りですね。

 それを知った上で、もう一度先ほどの写真を見てみましょう。

 『新撰京都名勝誌』

 山の前に2人の音頭取りが乗っているので、こちらに向かって進んでいると分かります。
 すると、これは右折している(画面では左に曲がっている)ことになります。

 まさに、寺町通から四条通に出てきて、西の方に進んでいるのですね。

 そして、このコースを進んでいるわけですから、これは後祭になります。すると、写っている山鉾は、北観音山と南観音山ということでしょう。


 にぎわいのある祭りの風景
 
  『京都』 『京都』

 こちらは、昭和4年(1929)に出された写真集『京都』に載っている祇園祭の風景です。
 電車の線路が敷かれているので、四条通でしょう。
 路傍の家は二階屋が中心のようで、その2階から鉾を眺めています。いまで言えば、室町通あたりの風景に似ていますね。

 四条通の山鉾巡行

 現在では、鉾はビルの谷間を通ります。
 その雄大な高さは、実感しづらくなっています。

 ちなみに、同じ『京都』に掲載された「四条通」という写真。

『京都』

 四条大橋東詰の菊水ビルから西を向いて撮影しています。橋詰の大きなビルは、矢尾政(現・東華菜館)。
 よく見ると、画面の向こうに西山の山並みが写っているのが分かるでしょう。それほど高い建物がなかったということです。

 こちらは、戦後の写真。昭和34年(1959)刊の『日本地理風俗大系 7』掲載写真。

 『日本地理風俗大系』
  寺町通を曲がる船鉾(『日本地理風俗大系 7』)

 前祭の船鉾です。
 前祭は、昭和30年(1955)までは前述のコース(四条通から寺町通を南下するコース)でしたが、昭和31年から寺町通を北上して御池通に抜けるコースに変更されました。御池通に、初めて有料観覧席が設置されたのも、この年です。
 このコースは、昭和35年(1960)まで続きました。
 そして、翌36年からは、寺町通でなく河原町通を北上することになります(現在のコースと同じ)。

 ということは、この写真は僅か5年間(昭和31年~35年)だけ行われた寺町通を北上する鉾を捉えた貴重なカットということになります。

 当時は、寺町通にアーケードもなく、鉾の巡行が可能でした。そして、道が狭いので人々が密集していますね。2階からも見ています。

 昭和41年(1966)、前祭と後祭が統合され、コースも幅員の広い大通りだけを巡行する形になりました。観光には便利になったのですが、山鉾と人との距離は離れ、あの狭い京都の町で行われていた祇園祭も変貌したように感じられます。

 祭りと人とのかかわりを考えながら、今度は後祭を拝見することにしたいと思います。 




 祇園祭

 所在 京都市中京区、下京区の鉾町にて
 見学 7月17日「前祭」、24日「後祭」
 交通 地下鉄「四条」ほか



 【参考文献】
 『新撰京都名勝誌』京都市役所、1915年
 『京都』京都市役所、1929年
 『日本地理風俗大系 7 近畿地方(上)』誠文堂新光社、1959年
 『京極と其の附近案内』1934年
 米山俊直編著『ドキュメント祇園祭』NHKブックス、1986年


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コメント

No title

こんにちは。2度目のコメントです。今回も貴重なお写真やら、箸休め的な?御餅のレポやら楽しませてもらいました。ここ数年、祇園祭の巡行はBSのチャンネルで生放送があるので、しっかり録画して楽しみに見ています。いつか、本物の巡行を京都で見てみたいです。テレビでは、毎回、長刀鉾の稚児さんが、大きく体を乗り出して「太平の舞」を披露され、結界の縄を見事に切られるのを見て、目頭が熱くなります。

古い写真を見せていただいて、祭りの伝統を感じる事ができました。そして、ちょっと
ミステリーみたいな?どこの通りとか、どの鉾なのかの謎みたいなのが、興味深かったです。それにしても、本の表紙があまりにも綺麗でうっとりしました。

24日の後祭りは晴れて巡行されますように!!!

ご愛読ありがとうございます

 いつもご愛読ありがとうございます。

 祇園祭の巡行、BSでやってたんですね。知りませんでした。京都では、毎年地元のテレビ局で中継をしています。
 今日、こちらは朝から大変な雨なのですが、明日の後祭は晴れるでしょうか? 見に行こうかなと思っています。

 山鉾巡行は、鉾や山の華やかさに目を奪われがちですが、それを支えている人たちの姿が、とても感動的ですね。
 ぜひ京都で生の巡行を味わってみてください。

    船越幹央
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