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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京都府立医大の旧附属図書館は、スクラッチタイル貼りのネオ・ゴチック建築





京都府立医科大学


 再び病院にて

 週末はもちろん週明けまで風邪でダウンし、ようやく仕事に復帰したと思ったら、また別件にて病院通い。
 前回登場したF病院ですが、病棟はまだ真新しく、設備も整っていて、利用しませんでしたが有名ホテルが経営するレストランも入っているそうです。

 京都府立医科大学

 このF病院、京都府立医科大学附属病院のこと(以下、府立医大病院と略します)。
 河原町通に面した正門を入ったところから、北を見て撮った写真。大きな外来診療棟です。

 この病棟は、北側にある中央診療棟とつながっています。その廊下の北端まで進むと、廊下の壁に石碑の拓本が掲げられています。

  京都府立医科大学附属病院

 題額には、「療病院碑」と書かれており、この病院の沿革が記されています。撰文は、第2代京都府知事・槇村正直で、明治13年(1880)のものです。
 明治5年(1872)、粟田口の青蓮院内に仮の療病院が開かれたことが、府立医大病院の起源です。しばらくして、明治13年、つまりこの碑の建った年、現在の場所に移転してきました。創立以来、140年以上の歴史がありますが、同校のウェブサイトには次のような一節があります。

 日本の多くの医科大学・医学部では、まず大学などの教育施設ができ、その研修の場として附属病院が作られてきました。
 しかしながら、京都府立医科大学においては、府民の医療を第一とする病院がまず作られ、次にこの病院での医療・医学を担う人材を養成する場として大学が位置付けられました。つまり、現在よく言われている地域医療を先取りした形で進んできたのです。このとき以来、京都府立医科大学は地域社会の要請に応えることのできる、質の高い医師・医学者を養成するという使命を担ってきました。
 今日に至るまでこの設立方針が堅持され、親しみを込めて「府立医大」や「府立医大病院」と呼ばれ、府民から絶大な信頼が寄せられています。


 確かに、国立大学の附属病院は、まず大学ありき、だったのでしょう。府立医大の場合、附属病院とは言うものの、実は大学が病院に附属して成立したわけですね。


 昭和初期のモダニズム建築

 府立医大では、大正末から昭和初期にかけて校舎や病棟の新築が進んだのですが、施設の性格上、そのほとんどは建て替えられて残っていません。
 唯一保存され、京都府の指定文化財となっているのが、旧附属図書館棟です。

 京都府立医科大学
  京都府立医大 旧附属図書館棟

 鉄筋コンクリート造3階建(地下1階)、昭和4年(1929)に竣工しました。設計は、京都府の建築技師・十河(そごう)安雄。
 当初は、1階と3階が教室、2階が図書館として使用され、地下に柔剣道場などが置かれていたそうです。3階の階高が見るからに高そうですが、これはこの階に階段教室が設けられていたからです。

 響いてくる楽器の音に吸い寄せられて中に入ると、現在では生協の売店などが入居しています。他に学生のクラブボックスが入っているそうです。先進医療を司る大学の中枢部とは、少し離れた利用をされているわけです。

 京都府立医科大学

 全体のフォルムは、ネオ・ゴチックというもの。
 西欧中世の教会建築などで盛んに行われたゴチック様式が、近代になって復興して用いられたデザインです。

 ゴチック様式の特徴のひとつに、尖頭(せんとう)アーチという、頭のとんがったアーチがあります。
 この建物も、出入り口や窓の頂部が、みな尖頭アーチになっています。

 また、壁面にはバットレス(控え壁)という出っ張りが付くのも特徴です。これは、もともとは煉瓦壁の構造を強化するための“つっかえ棒”のような存在です。
 鉄筋コンクリート造になると必要ないのですが、ゴチック様式のお約束としてデザイン上残ります。この建物にも、窓と窓との間にバットレスが付いています。
 特にすばらしいのは、正面入口部のバットレスです。

 京都府立医科大学

 京都府立医科大学

 V字形をした珍しい意匠で、要の部分にはテラコッタを貼り付けています。とても華やかですね。
 
 外壁全体は、当時ふつうに用いられた茶褐色のスクラッチタイルが貼られています。地味になりがちですが、アクセントの効いたゴチックのデザインと、白っぽくて大ぶりなテラコッタの多用で、おとなしい建物に終わっていないところが素敵です。


 ステンドグラスなど

 中に入ってみましょう。
 やはり、ステンドグラスでしょうか。

 京都府立医科大学

 正面玄関を入った内側です。
 アールデコですね。特に、左3分の2のデザインは、当時よく見掛けた抽象的な図柄です。
 
 そして、もうひとつ素敵なのは……

 京都府立医科大学

 その裏側。建物の外側から見たところ。

 格子が入っているでしょう。これが繊細ですね。
 ステンドグラスより、むしろこちらの方が美しい……

 もっと見たかったのですが、今日は時間がなくて駆け足でした。もう一度、しっかり見る機会を作りましょう。
 そして、最後に言い添えたいこと。

 この建物は、府立医大病院の改築計画の中で、取り壊しになるはずでした。敷地の容積率の関係で、残すことが難しかったからです。
 ところが、この歴史ある建物を何とか保存できないものかと関係者が熟慮され、北側に離れてあった病院駐車場を病院敷地内に取り込んで敷地面積を増やし、この建物も保存できるように工夫したのです。
 それ以前、病院と駐車場の間には、細い道路が通っていて、両者は分断されていました。この道路は市道でしたが、これを駐車場の向こう側(北側)に移し替え、両者を一体化したのです。府立医大が京都市と協議し、また関係者や府とも諮って実現しました。
 そして、2008年に、旧附属図書館棟は京都府の指定文化財になったのです。

 知らなかったけれど、関係者の努力でひとつの文化財が保存されたわけです。
 病院通いも、いろいろ勉強になるなぁ、と思った一日でした。


  京都府立医科大学




 京都府立医科大学 旧附属図書館棟(京都府指定文化財)

 所在 京都市上京区河原町通広小路上る梶井町
 見学 大学キャンパスとして利用されています
 交通 市バス「府立医大病院前」下車、すぐ



 【参考文献】
 『京都府の文化財 第26集』京都府教育委員会、2009年
 山岸久一「京都府立医科大学 旧図書館の保存に至るいきさつ」(「図書館メールNEWS」177、2011年、京都府立医大附属図書館)
 山形拓史「旧附属図書館棟の改修工事」(「My CO-OP」2009年秋、京都府立医大・府立大生活協同組合」)

 

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