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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京の都で、おどろおどろしい魔界を探訪する - 小松和彦『京都魔界案内』 -

京都本




  『京都魔界案内』  小松和彦 『京都魔界案内』 知恵の森文庫


 異界に眼を向ける研究者

 今回紹介する本は、“魔界”の本!
 京都本としては、ちょっと意外な観点でしょうか?

 著者は、小松和彦先生。現在、国際日本文化研究センター(通称・日文研)の所長を務められています。
 私が学生の頃は、大阪大学で教鞭をとっておられ、『憑霊信仰論』という一書を刊行されました。これは、「憑(つ)きもの」などに関する研究です。高知県の山深い村・物部村などのフィールドワークを通して、憑きものの家筋などを調査された成果でした。これに続く『異人論』も読みました。村など定住民の社会を訪れる旅の宗教者などを「異人」として捉え、“異人殺し”などについて深く追究されたものです。
 憑きものや異人についての研究は、民俗学の中ではそれまでもあったわけですが、文化人類学的な視点を取り入れた小松先生の仕事は、若い私たちを大いに刺激しました。今から30年ほど前の話です。

 私自身、その後、仕事に就くと、小松先生の著書からは少し離れてしまいました。それが最近、古書で先生の旧著を手に取るようになり、いろいろ勉強させていただいています。
 昨年読んだ本が、『福の神と貧乏神』(ちくま文庫)。

  『福の神と貧乏神』 小松和彦『福の神と貧乏神』(ちくま文庫)

 これが、いい本なんですね!
 
 このような時期だからこそ、わたしたちは、日本人にとって「福」とか「富」とか「幸せ」とはなんだったのか、ということを、冷静にふりかえってみることが必要であるのではなかろうか。

 このように「はじめに」に書かれています。
 この本が出版されたのは、平成10年(1998)。バブル経済がはじけて、景気が後退しているさなかでした。
 時代に即応して、日本の民俗社会をふりかえり、古い史料をひもときながら、富や幸せについて考察したのが本書です。
 
 七福神のこと、長者の物語など、興味深いテーマが詰まっています。
 例えば、絵巻物で著名な「信貴山縁起」。奈良と大阪の境界・生駒山地にある信貴山・朝護孫子寺の由来譚で、命蓮という僧が倉を飛ばして、お米などをもらう場面が有名ですね。
 実は、この信貴山も、七福神のひとつ毘沙門天を祀った寺で、見逃しがちなのですが、「信貴山縁起」も毘沙門天の霊験を説くための物語であると指摘されています。
 また、命蓮に米倉を奪われる「山崎長者」も、もとは「下種(げす)徳人」、つまり貧しい出身であり、そこから成り上がった人物なのでした。しかし、徳を積むことを忘れた長者は命蓮に倉(富)を奪われ、貧者に戻ってしまうというわけです。
 ここにも、長者譚が含まれていると述べられます。


 華やかな千年の都・京都にも、数々の“魔界”が…

 鞍馬寺
  鞍馬寺

 その毘沙門天といえば、京都では鞍馬寺が連想されますね。
 
 『京都魔界案内』では、洛中洛外の“魔界”40か所余りが紹介されています。私は、洛北の生まれ育ちなので、やはり北の方に関心が向きがちです。
 
 先日、鞍馬寺に行ったとき思い出したのが、祈雨のこと。
 鞍馬寺の建立譚のひとつに、貴船明神が示唆を与えたというものがあるように、山を挟んで対峙する鞍馬と貴船は深い関係を持っています。そして貴船明神(貴船神社)といえば、古来、降雨や止雨を願う神でした。
 当地は、平安京の北方に位置しますが、その水源地でもあり、ここに祈願することが雨を降らせたり止ませたりすることにつながったのでしょう。

 私が想起したのが、歌舞伎の「鳴神」(なるかみ)でした。
 天皇との約束を反故にされた鳴神上人は、怒って雨を降らす竜を滝に封印してしまいます。都は干ばつにあえぎ、朝廷は絶世の美女・雲の絶間姫(くものたえまひめ)を遣わして、色仕掛けで上人をくどきます。雲の絶間姫が見事、滝のしめ縄を切ると、解き放たれた竜は天に上り、雨が降り出すという物語。

 おなじみの歌舞伎十八番のひとつですが、この舞台となったのが、都の水源・洛北の地なのでした。

 『京都魔界案内』にも、「岩屋山」の項で、この話が取り上げられています。
 岩屋山は、賀茂川の上流にある雲ケ畑(くもがはた)の奥にあり、志明院という寺院もあります。こういうところが舞台に擬せられるのですが、小松先生によると、能楽「一角仙人」、白河天皇や延暦寺を呪った頼豪の伝説、竜神を隠した僧・守敏(しゅびん)と空海の雨乞い験力比べ伝説などが下敷きになっているといいます。

 雲ケ畑は、少年時代にはよく行った場所ですが、観光スポットも何もないところで、ほんとうに京都の奥という感じの土地。途中に、「大岩」と称された巨岩がありました。
 京都バスでしか行けない不便な場所ですが、一度訪ねられると「鳴神」の雰囲気が分かるでしょう。


 天狗伝説

 戻って、鞍馬なのですが、鞍馬というと「鞍馬天狗」という言葉が連想され(これは小説のタイトルでもありますが)、やはり天狗のイメージが濃厚です。

 天狗面 鞍馬駅の天狗面

 鞍馬山で修行した牛若丸こと源義経を描いた物語のひとつには、義経は天狗の顔をよく知っていて、鞍馬の天狗はもとより、愛宕山や比良山(滋賀県)の天狗まで見知っていたと記されています。
 イメージとしての天狗は、鞍馬山の専売特許ではなく、京都北辺の山々に棲息? していたということになります。 
 本書で、「天狗信仰の拠点」として紹介されているのが、愛宕山(あたごやま)です。

 愛宕山は昔から火を中心とした信仰、とりわけ火事や火傷(やけど)除けに霊験があるということで全国的に信仰を集めてきた。(中略)

 その一方、愛宕山は天狗信仰の拠点で、しかも全国各地の天狗の惣領(長男)格であるということになっており、「太郎坊天狗」と呼ばれてきた。
 天狗といえば、現在では鞍馬山のほうを想起してしまいがちであるが、じつは天狗信仰は愛宕山のほうがはるかに伝統をもっていた。(179-181ページ)


 そして、「方丈記」にも登場することで著名な安元3年(1177)の大火(京都の町中が焼亡した)が、俗に「太郎焼亡」と呼ばれるのも、愛宕山の天狗の仕業だと噂されたことによる、と説かれています。

 鬼一法眼古跡の樹 鬼一法眼の古跡

 一方で、鞍馬の項には、「天狗の内裏(だいり)」という奇妙な存在が記されています。
 鞍馬山の僧正が谷あたりは天狗の根源地だったわけですが、そこにまつわる話です。

 これと似たモチーフをもつ話が、お伽草子『天狗の内裏』である。鞍馬で学問修行していた牛若丸は、毘沙門天の導きで、僧正が谷の山奥にあるという天狗の内裏に赴く。不動堂の鬼門の方角に進むと沢がある。それを登っていくと弥陀の原というところに至る。そこに三本の道があるので、その真ん中の道を進んでいくと天狗の内裏に出るというのだ。(中略)
 
 この天狗の内裏には、全国各地の山から天狗たちが結集していて、牛若丸はその天狗の首領の案内で阿弥陀浄土に赴き、大日如来に生まれ変わった父・義朝に再会することになる。(105-106ページ)


 この話を読むと、なんだか鞍馬山に行くのが怖くなる、そんな気がします。

 さまざまな伝説と逸話が満載の『京都魔界案内』。
 現実と架空を京都の街で綯い交ぜにすると、こんな姿になる--という魅力的な一冊です。

 なお、姉妹編に『日本魔界案内』(知恵の森文庫)があります。

  『日本魔界案内』 小松和彦 『日本魔界案内』 知恵の森文庫




 書 名 : 『日本魔界案内 出かけよう、「発見の旅」へ』
 著 者 : 小松和彦
 出版社 : 光文社(知恵の森文庫)
 刊行年 : 2002年


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