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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【新聞から】災害と文化の継承

その他




郷村断層


 文化を軸とした復興を 室﨑益輝氏
 京都 2015年2月27日付


 2015年1月7日、阪神淡路大震災から20年を迎え、3月11日は東日本大震災から4年。
 そして3月7日は、京都府北部を襲った奥丹後(北丹後)地震から88年です。

 奥丹後(北丹後)地震については、以前取り上げたことがありますので、そちらをご覧ください。 記事は、こちら ⇒ 「活断層」の提唱につながった奥丹後地震の郷村断層

 京都新聞「ソフィア 京都新聞文化会議」欄は、災害に関する提唱を掲載しています。
 2月20日は、北原糸子氏の「震災後、横浜にできた関西村」。関西の人たちが関東大震災(1923年)の復興支援を行っていたことを紹介されています。
 2月27日は、室﨑益輝氏の「文化を軸とした復興を」。
 室﨑氏は、震災後、さまざまなメディアで発言されています。私も、機会があって、ある研修会でお話を聞いたのですが、非常に幅広く、そして深く災害というものを考察されていて、その後、新聞・雑誌やテレビ・ラジオに登場されるたびに拝読、拝聴してきました。例えば、東日本大震災後、唱えられ始めた高台移転に対して、地域の紐帯や文化を守る観点から疑義を呈しておられたことを記憶しています。

  郷村断層 郷村断層(京丹後市)
 
 「ソフィア」欄には、災害復興には文化を守る視点が大切だと説かれています。
 震災が、直接的には文化財などを破壊し、間接的にも、復興過程で歴史的景観や伝統芸能を奪うということを指摘。阪神淡路大震災後にも、「風土に根差した風情のある街並み」が壊されたことに言及されています。
 人はパンのみに生きるにあらず、住宅の再建だけでは復興はなしえない、という言葉は重いものです。

 「文化は人間が守る対象でもあり、人間を守る手段でもある」という指摘は、正鵠を射ています。

 かつて、地域の結束には、社会的な組織の存在とともに、その結び付きをより強固にする神事や祭礼、芸能や娯楽が介在していました。このような(狭義の)文化は、ひとが生きる上で欠かせないもので、ベースの上に乗っかっている“お飾り”ではありません。
 地域によっては、年に一度の祭礼のために日々の仕事をしているようなケースもあります。いわゆるハレとケは、一体のものとして、ひとの暮らしの中にあります。

  長江家住宅  京都の町家

 歴史的景観については、近年ますます重要性が訴えられています。
 日本の都市では、特に火災によって町が焼き払われるケースが、歴史的に多発してきました。
 この事実は、京都でも同じです。
 私は、このブログの第1回の町家に関する記事で、京都の火事について次のように記しました。

 私が子供の頃、京都は火事が少ない町だと教えられていました。
 百万都市であるにもかかわらず、年に百にも満たない件数で、それは京都の人達にとってひとつの誇りになっていました。しかし、そういった防火の意識は、おそらくは何度も繰り返されてきた大火事の教訓ではなかったのでしょうか。
 18世紀以降も、享保15年(1730)の西陣焼け、天明8年(1788)の大火、そして幕末には元治の大火(1864)が起こり、その度毎に町は焼き払われました。
 京の町家というと、さぞかし古くから、と思われる向きもありますが、幕末の元治の大火によってその多くが焼亡したのですから、いま私達が見る町家のほとんどは明治以降のものということができます。


 火事で焼けるたびに、町の人たちは住まいを再建してきました。そして、町の景観を守る努力を続けてきたのです。

 比叡山  比叡山

 京都の都市景観を考える場合、ふたつのキーワードがあると思います。「山紫水明」と「町(ちょう)」です。
 周囲を山で囲まれ、鴨川などの河川が流れる景色は、江戸時代より、山紫水明と呼ばれてきました。山が紫とは意外に思われるかも知れませんが、比叡山などを眺めると、それは実感として迫ってきます。
 どこにいても山が見える、親しく川に接することができる ―― この自然に恵まれた落ち着き、潤いが、京都の特徴のひとつです。

 一方、町中に転じれば、町(ちょう)という地域コミュニティーによって制御された町並みの美観があります。
 突出せずにまわりと合わせる生活様式や、外には閉じながらも内側は開放的である住空間は、景観面にも反映し、同じ外観を持つ町家の連なりを形成してきました。時代による変化はあるものの、周囲との調和が是とされたのです。
 これが、もうひとつの京都の景観的特徴でしょう。

 このような観点が戦後から現代にかけて展開し、例えば建物の高さ制限や看板規制につながっています。全国チェーンの店舗の看板が、京都だけ違う色合いになっているのは、この表れですね。

 災害の話から、随分離れてしまいました。
 しかし、このような生活者の感受性、暮らしぶり、それは文化といってもよいと思うのですが、そのようなものが人々の結び付きの基盤にあることは否めないでしょう。


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