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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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きょうの散歩 - 白川から粟田口へ、青蓮院の植髪堂 - 2015.2.7 -

洛東




三条通白川橋


 青蓮院門跡の脇にある小さなお堂は?

 天気のよい週末、三条通の白川橋あたりから、粟田口へ散歩。

 粟田(あわた)は、古くは郷の名(粟田郷)ですが、いまは「粟田口」という地名が広まっています。
 粟田「口」というのは、三条通を経て京の外に出る出口(「口」)だったためで、別に「三条口」とも「大津口」とも言われます。いわゆる「七口」のひとつですね。
 江戸時代の地誌などには、上の写真にある白川橋より東が「粟田口」だと記されています。
 そういう意味で、京都の東の外縁部に当たる地域でした。

 粟田口という地名でイメージされるのは、刀工がいた場所であるとか、焼き物が作られたところであるとか、刑場があったとか、さまざまでしょう。

 今日は、三条通に架かる白川橋を渡って、東に歩いてみました。

 三条通を少し南に行くと、ここに。

 青蓮院

 青蓮院です。天台宗の門跡寺院のひとつですね。

 この入口の駐車場の奥に、何やらお堂が見えます。

 植髪堂

 扉も開いているので、お参りしてみましょうか。

 植髪堂 植髪堂
  石灯籠

 いつも参拝に行くと、石造物はひと通り見ていきますが、これは江戸中期の明和年間(1764-71)に寄進されたものです。
 「親鸞聖人うへかみの御影」と刻されており、下には「粟田」の地名。

 「うへかみ」は「植髪」の字を当てます。つまり、親鸞上人の毛髪を植えた像(御影)という意味ですね。
 ちょっとミステリアスです。


 植髪堂の由来

 このお堂は、植髪堂(うえがみどう)と呼ばれています。
 青蓮院門跡の北側、拝観料の要らない場所です。

 植髪堂
  植髪堂

 親鸞の出家について、「親鸞聖人伝絵」には次のように記されています。

 九歳の春の比[ころ]、阿伯従三位範綱卿(中略)、前大僧正(中略)の貴房へ相具したてまつりて、鬢髪[びんぱつ]を剃除せられき、範宴少納言と号す。

 親鸞は、9歳の春の頃、養父である日野範綱に連れられて、前大僧正の慈鎮和尚の坊に行って、鬢髪を剃り落とし、範宴と号した、ということです。

 慈鎮は、天台座主で、歴史書「愚管抄」を著した慈円のこと。ここ青蓮院の第3代門主も務めました。
 「伝絵」には、親鸞は9歳で得度したと記されているわけですが、いつどのように得度したかは議論もあるようです。しかし、このあたりは今日は保留にして、次へ進みましょう。

 お堂の前には、懇切丁寧な解説が記されています。
 それによると、親鸞が出家したあと、お母さんは剃り落とした彼の髪を張り子の童形像の頭に植え付けて、傍に置いたといいます。その像が青蓮院に伝わり、人々にもその存在が知られるようになったので、木像を作って法衣を着せ、末寺の金蔵寺に安置されたそうです。
 この辺までは、ちょっとファンタスティックなお話で、心暖まりますね。

 その後、宝暦9年(1759)、金蔵寺の側に阿弥陀堂が建立され、像も移されました。明和4年(1767)には、華頂山上に移り、のち再び山下に下りて、文化8年(1811)に新たなお堂が建築されました。これが明治13年(1880)に青蓮院の現在地に移され、いまに至るということです(『京都市の地名』など)。
 
 この親鸞像が「植髪の像」と言われ、お堂も「植髪堂」と呼ばれているのでした。
 経緯は少し複雑ですけれど、剃り落した髪を植えた像というのは面白いですね。

 お堂に上がると、長押の上に、親鸞上人の生涯を描いた絵が16枚ほど掲げられています。落款に「好古」とあるので、小早川好古という日本画家の絵なのでしょう。苦難に満ちたその生涯がよく理解できます。
 植髪の御像は拝観することはできないようですが、内陣の端には法衣を着た童形の立像が安置されています。

 帰り際、お堂の裏に回ってみると……

 植髪堂

 昭和15年(1940)に建立された立派な石塔があって、「親鸞聖人得度遺髪納之」と記されているので、ここに髪が納められているのかなぁと思いました。

 植髪堂

 お坊さんの像には、本人の髪が植毛されているものが時折あるように思います。
 こういう像ばかりピックアップしてみると、愉しいかも知れませんね。
 



 植髪堂(青蓮院内)

 所在 京都市東山区粟田口三条坊町
 拝観 自由
 交通 地下鉄「東山」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『日本歴史地名大系 27 京都市の地名』平凡社、1979年
 平雅行『歴史のなかに見る親鸞』法蔵館、2011年
 松尾剛次『親鸞再考』NHKブックス、2010年




 <お知らせ>
 2月13日(金)、朝日放送「キャスト」に出演します。午後6時15分~(約10分間) の特集コーナーでコメントします。
 よろしければご覧ください。

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