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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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義経と弁慶は2度対決する !? - 清水寺編 -

洛東




清水寺


 五条天神の対決後……

【前回のあらすじ】
 太刀を千本奪い取るという大目標を掲げた武蔵坊弁慶は、都の人々に畏怖されながら999本まで集め、最後の晩、五条天神に祈願した。明け方、通りがかった源義経(牛若丸)に襲い掛かるが、飛行の秘術を使われ、あえなく惨敗する。

 義経と弁慶の対決は、初戦は義経の圧勝に終わりました。
 悔しがる弁慶は、リベンジの機会を狙っています。
 引き続き、「義経記」巻3「弁慶、義経に君臣の契約申す事」を読んでいきましょう(大意です)。

 一夜明けて、6月18日。
 清水の観音(清水寺)は貴賤を問わず参詣者が多いので、弁慶は、「昨夜の男は、今宵はきっと清水寺に来るに違いない」とにらんで、ここへやって来たのだった。
 門の前でしばし待ち構えていたが全然来ないので、今晩は帰るかと思った頃に、清水坂の辺りから例の笛の音が聞こえてきた。

 「あの笛の音だ!」

 清水の観音は坂上田村麻呂が建立し、人々に福徳を与えてくれるそうだが、自分はそんなものはいらない。ただ、あの男の太刀がほしいだけだ、と弁慶は思い、観音に祈った。

 義経は、なんだかいやな気がして、ふと坂の上を見上げると、昨日の法師が立っている。今日は、腹巻を着て、大きな太刀を帯び、長刀を杖代わりに突いているではないか。

 「曲者だな。今晩もここにいたか」

 しかし義経は少しもひるまず、坂を上って行った。

 「いまおいでの方は、昨夜、五条天神でお会いした方かな」と、弁慶が声を掛けると、義経は、「そんなこともあったかな」と応じる。
 「そうならば、お持ちの太刀を頂戴したい」と、言い放った。


 弁慶と義経の再会。
 かくて、参詣者でにぎわう清水寺で、武芸に練達した二人が激突します。

 「何度言われても、ただでは渡せない。欲しかったら、こっちへ来い」
 「いつも強がりばかり言っておるな」
 と、弁慶は長刀を振りかざして、坂を駆け下りて斬りかかった。
 義経も、太刀を抜いて応じる。

 弁慶は長刀を振り回すが、義経はその腕の上をユラリと飛び越えるので、弁慶は「また、これかよ!」と胆をつぶした。

 「どうもこの人は手におえない……」

 義経は、言った。
 「夜通し、こうして遊んでいたいものだが、観音に宿願があるのだ」
 と、姿を消してしまった。

 弁慶は、「手に取ったものを失ったような気分だ」と嘆き、義経は、「あいつは勇ましい奴だ。太刀と長刀を打ち落として、ちょっとばかり怪我でもさせて生け捕り、独りで歩くのも退屈だから家来にしてしまおう」と思います。


 やっぱり、義経は変わったキャラクターの持ち主ですね。
 能力も超人的だけれど、考え方も違います。

 清水寺


 清水の舞台で対決

 その晩、義経は清水寺に夜通し籠った。弁慶は、そうとは知らず太刀欲しさに着いて行った。
 本堂にやって来て見回すと、大勢の人達が読経していた。そのなかに、法華経を尊く読む声が聞こえた。

 「この声、先ほどの男の声に似てるなあ」と思い、近寄って確かめることにした。
 長刀を長押(なげし)の上に置いて、人を掻き分けてお堂の中を進んで行く。そして、義経の後ろ辺りまで来た。灯明に照らされた弁慶を見て、「なんと背の高い法師だ」と人々は怖れた。

 義経は弁慶に気付いたが、弁慶はまだ義経を見付けられない。というのも、義経は女房装束に着替えて被衣(かずき)をかぶっていたから分からなかったのだ。
 弁慶は思案して、いっそのことこちらからアプローチしてみようと、太刀の鞘で「そなたは稚児か女房か、ちょっと横に寄ってくれんか」と言いながら、つついてみた。しかし、相手は返事もしない。その反応を見て、これは先ほどの男に違いないと確信して、またつついた。

 清水寺

 義経は言った。
 「おかしな奴だな。お前らのような乞食は、木の下で祈っていても仏さまは救ってくれる。大勢の人がいるところで乱暴だぞ。出ていけ!」
 弁慶、
 「情けないことをおっしゃる。昨晩からお目にかかっているのに。そっちへ参ります」
 と、2畳の畳を越えて近付くと、「押しかけてくるとは無礼な!」と、義経は一喝した。

 弁慶は、義経のお経を取って、「これはあなたのお経か。自分も読むから、そなたもお読みください」と言いながら、経を読み始めた。義経も唱和する。弁慶は比叡山の西塔で知られた持経者、義経も鞍馬山で稚児としてならした人。静まる堂内に二人の声だけが響いて、参詣の人々は聞き入った。

 しばらくして義経は帰ろうとするので、弁慶はその手を取って、「今度いつ会えるか分からぬ」などと言いながら、扉のところまで連れて行った。
 そして、「どうしてもその太刀が欲しいのだ」と言う。
 しかし義経は、「これは先祖代々の太刀なので渡すことはできない」と断る。

 「では、武芸で勝負いたそう!」


 清水寺

 いよいよ、義経と弁慶の第2ラウンドが始まります!

 「それならば」と義経が受けると、弁慶もザッと太刀を抜いて、丁々発止の打ち合いとなった。

 見物の人達は驚いて、「これはいかに、こんな狭いところで、しかも幼い人と闘うとは! お坊さん、太刀を納めなさい」と言うが、聞く耳も持たずに斬り合う。

 義経が上に着た衣を脱ぎ捨てると、下には直垂(ひたたれ)に腹巻を着ていて、回りの人達は「こっちの方も、ただ者ではなかった!」と、また驚きだ。
 女性や尼さん、子供たちは慌てふためき、縁より落ちる人も出る始末。お堂の戸を閉めて、二人を入れまいとする人もいて、これは大騒動。

 義経と弁慶は、やがて清水の舞台にヒラリとおりて、闘い出した。
 初めは、人々も怖れて近付かなかったが、やがて面白くなってきて、二人に付いて回った。
 「これは子供が勝つのかな、法師が勝つのかな」、「いやいや子供の勝ちだよ、法師は物の数でもない、もう弱ってるぞ」などと言い合った。
 それを聞いて弁慶は、「いや、おれの方がもう劣勢なのか?」と心細くなってきた。

 二人とも力一杯に斬り合った。弁慶が空振りしたところに義経が走り掛かって斬り付けると、弁慶の左の脇の下に太刀が入って、ひるんだところに更に太刀の背で散々に打ち据えた。
 弁慶を組み伏せた義経は、その上に乗って押さえ付けながら、「さあ、自分に従うのか、どうか」と詰問すると、弁慶は、「これも前世の縁だ。従うことに致しましょう」と答え、二人の闘いは終わった。

 義経は、弁慶の着ていた腹巻を脱がせて自分が二重に着、太刀も取った。そして、その夜のうちに山科の宿所に帰ったのだった。

 その後、義経は、弁慶を連れて京に出てきては、宿敵・平家を狙った。


清水寺


 これが、義経vs弁慶の第2ラウンドです。
 またまた義経の勝利。さしもの弁慶も、ついに家来になったのでした。

 それにしても、参詣人でごった返す清水寺でバトルを繰り広げるとは、二人とも大人気ありませんね。
 でも、よく読んでみると、この一節は観音の利生譚とも読めるわけです。

 清水寺は世に名高い観音霊場。西国三十三所のひとつです。
 二人が決闘した18日は、観音さまの縁日。そのため、大勢の人が参詣しています。節の前半で清水寺の功徳を述べるくだりがあり、人々に福徳を授けてくれる存在だと強調しています。それを踏まえて弁慶は、自分は福徳はいらないから、太刀を取れるようにと祈願するのです。
 一方の義経も、「観音に宿願あり」と言って、参籠します。この宿願は、もちろん平家打倒ですね。
 結果として、弁慶の願い(太刀千本奪取)は叶えられなかったわけですが、義経は平家打倒に向けて得難い家来を得たわけで、願いが通じたと考えてもよいでしょう。

 二人の対決は、五条大橋を舞台にするパターンが有名です。これもよくよく考えてみれば、五条の橋は清水寺への参道にあたる場所で、やはり清水の観音さまと切り離して考えられないのかな、とも思うのでした。

 


 清水寺

 所在 京都市東山区清水
 拝観 大人300円ほか
 交通 市バス「五条坂」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 『新編日本古典文学全集 62 義経記』小学館、2000年
 堀内敬三ほか編『日本唱歌集』岩波文庫、1958年


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