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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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義経と弁慶が対決した場所は五条大橋じゃなかった !? - 五条天神編 -





義経と弁慶(松原京極商店街)


 牛若丸と弁慶、出会いの場は?

 前回、松原通西洞院(下京区)にある五条天神社を紹介しましたが、今回はその第2弾。
 五条天神が、あの牛若丸と弁慶の対決の地だった !? という話です。

 京の五条の橋の上、
 大のおとこの弁慶は
 長い薙刀ふりあげて、
 牛若めがけて切りかかる。 (文部省唱歌)


 牛若丸こと源義経。鞍馬山で修業した話もつとに有名で、その後、武蔵坊弁慶と対決するくだりは、誰もが知っていますね。
 唱歌にもあるように、二人が闘った場所は五条大橋といわれています。
 ところが、この場所については、いわゆる「諸説あります」というやつで、物語によっていろいろな場所が選ばれているのでした。


 出会いのパターン

 義経と弁慶、二人の出会いのパターンについて、伊海孝充氏が整理されています。
 「弁慶物語」や「橋弁慶」といった御伽草子と、義経の一代記「義経記」を分析すると、出会いは次のように分類できるそうです。

 1 五条橋で1度きりの出会い(細かくは2類型あり)
 2 五条天神と清水寺で2回出会う
 3 北野天神、法性寺周辺、清水寺で3度の出会い。のち五条橋で対決

 これは、おもしろい!
 五条どころか、北野天神(天満宮)で会うパターンもあるのですね。

 北野天満宮
  北野天満宮(上京区)

 北野天神の出会いは、「弁慶物語」に出てきます。
 このストーリーがまた楽しいのです。

 ケンカ好きの弁慶は、京の都で相手を見付けて暇つぶししようと、町をぶらついています。
 東寺のあたりまで来ると、人々が「最近この辺には鞍馬の奥から天狗が出てきて、夜な夜な人を斬っていくのだ」と噂しています。
 手だれの弁慶は、もう普通の相手では満足しませんから、「これはかえって好都合。わしの腕前を見せてやる」とばかりに喜びます。
 
 さて、6月15日の夜、町の中をウロウロしていましたが、そんなものもなく、ようよう北野天神の前にやって来ました。
 弁慶は、黒糸威の腹巻に、雲に龍の模様が入った小手や、白檀磨きのすね当てを付けて、4尺(約120㎝)余りもある大太刀をピンと跳ね上げるように差し、イボイボの付いた8尺(約240㎝)余りの八角棒まで持つという、お気に入りのスタイルです。原文には、「武蔵がその夜の装束は、いつも好みし事なれば」と書いてあって、弁慶のこだわりぶりがうかがえます。
 こんな出で立ちで、社頭に仁王立ちしていたというのです。

 そうこうするうちに、社に腰を掛けてお経を誦している義経を発見!
 義経は、弁慶を見て、「こいつ尋常じゃないな。さては、比叡山の西塔に『武蔵坊弁慶』という日本一のバカ者がいると聞いていたが、そいつかしらん? それにしても背も高いし色黒だし、何者だろう。愛宕山や比良山の天狗は見知っているから、たぶん『鬼満国』の鬼神が来たんだろう」と思います。
 弁慶も、「これは高貴な人だ。噂に聞く『牛若殿』に違いない」と、考えます。
 そして、義経が持っている黄金作りの太刀を奪おうと、弁慶が襲い掛かるのでした。

 このストーリー、このあとも延々と続くわけですが、ここまで読んで少々不思議ですよね。
 都に人を斬る鞍馬の天狗が出没するという噂。これって、鞍馬山で修業した義経のことでしょうか !? 

 そうなんです、義経なんです! 義経が辻斬りをしているという筋は、伊海氏の1のパターンにあるそうです。辻斬りする理由にも、亡きお父さんの追善というものがあって、菩提を弔うのに人斬りかよ! と思いますが、そういうやり方もあるのかなぁ……という感じ。もちろん、この理由についても諸型があるようです。

 こう見て来ると、今日私達がイメージしている“牛若丸と弁慶”の逸話とは随分違っていて、興味は尽きません。


 五条天神での決闘
 
 では、五条天神社での決闘は、どう描かれているのでしょうか?

 五条天神社
  五条天神社(下京区)

 これは、義経の生涯を記した「義経記(ぎけいき)」に登場するものです。巻3「弁慶、洛中にて人の太刀を奪ひ取る事」がそれです。

 さっそくストーリーを紹介しましょう(大意です)。

 弁慶は、考えた。
 ひとは「重宝(ちょうほう)」を千そろえて持つものだ。奥州の秀衡は馬千匹、筑紫の菊池は鎧(よろい)千領など、みんなそろえて持っているのに、オレは金もないし、くれる人もいない……
 そこで、夜の町にたたずんで、ひとが持っている太刀を千振り奪い取って「重宝」にしようと考え、取り歩いていた。


 いきなり、ものすごい話です。
 千人斬りよりマシだけれど、他人の物を取るのはよくないですね。ただ、弁慶のために言い添えれば、「弁慶物語」を読むと、義経の黄金作りの太刀を見て、「これを取ったら、書写山円教寺に坊でも造立できそうだなぁ」と考えています。もしかすると、コレクションした太刀を神仏に寄進する気だったのかも知れません。

 弁慶が刀を奪い始めてから、「近頃、洛中に背丈が1丈(約3m)もある天狗が出没して、ひとの刀を奪っているらしい」という噂が流れた。
 その年も暮れ、翌年の5月末、6月になって、弁慶はどんどんと刀を奪っていった。取った刀は、樋口烏丸にあるお堂の天井裏に置いていたが、数えてみると、999本になっていた。

 6月17日の夜、弁慶は五条天神にお参りして、「今夜のご利益として、どうか弁慶に立派な太刀を与えてください」と祈願した。
 夜も更けて、天神を出て築地塀の傍らに立ち、天神の参詣者の中から、よさそうな太刀を持っている人が来るのを待っていた。

 築地塀

 明け方になって、堀川を下がっていくと、笛の音が聞こえてきた。
 「これはおもしろい。夜更けに天神に参る人が吹く笛だろう。法師だろうか、俗人の男だろうか、いい太刀を持っていたら、きっと取ってくれる」

 笛の音が近付いて来る。白い直垂(ひたたれ)に腹巻を着た若い者が、すばらしい黄金作りの太刀を帯びているではないか! 
 「すばらしい太刀だ。どうやっても奪ってやるぞ」と、弁慶は待ち構えた。この男、あとで聞けば、ぞっとするような相手だったのだが、このとき弁慶は知る由もなかった。
 その男、すなわち義経は、あたりを見回すと椋(むく)の木の下に、大きな太刀を持った怪しげな法師が立っているのを見つけた。
 「あいつ、ただ者ではないな。この頃、都に出没する太刀を取る者というのは、あいつのことだろう」

 弁慶は思った。「オレはこれまで屈強な男たちの太刀を奪ってきた。こんな痩せ男、「太刀を出せ」と一喝すれば、すぐに出すだろう。よしんば出さなくても、突き倒して奪ってくれる」
 そして、弁慶は義経に言った。
 「こんな夜に、武装して通られるとは怪しいものだ。やすやすとは通さない。さあ、その太刀をこちらへ差し出されぃ」
 義経、
 「この頃、そんなバカ者がいるとは聞いていたが、おまえのことか。そう簡単には渡さない。欲しければ取ってみろ」


 ついに、弁慶と義経の対決です!
 しかし、場所は五条大橋の上ではなく、五条天神の近くなのでした。

  義経と弁慶(松原京極商店街)

 では、とばかりに、弁慶は大太刀を抜いて義経に飛び掛かった。
 義経も小太刀を抜いて、築地塀のもとに走り寄った。
 弁慶、これを見て、「たとえ鬼神であっても、最近の自分に立ち向かってくる者はいなかったが」と驚きながら、太刀で打ち込み始めた。
 義経も、「こいつは勇ましい奴だ」と思いつつ、稲妻のごとく踏み込んでいった。
 やっ、とばかりに振りかぶった弁慶は、築地塀に太刀を打ち込んでしまい、抜こうとする隙に、義経は左足で弁慶の胸をしたたかに踏み付けた。弁慶は、たまらず太刀を取り落す。

 義経は、さっと拾って、「えいやっ」という声とともに、9尺(約270㎝)もある築地塀にヒラリと跳び上がった!
 それを見て、弁慶は、これは鬼神かと思いながら、呆然と立ち尽くしていた……


 さすが、義経。
 秘術によって、超人的なジャンプ力?、いやマジカルな力を発揮します。

 義経は、「前々から、こんなバカ者がいると聞いていたが、これからは今日のような乱暴はするな。おまえの太刀も持っていこうと思ったが、刀が欲しいと思われるといやなので、返してやる」
 と言って、太刀を踏み曲げて弁慶の方に投げ付けた。

 太刀を拾った弁慶は、曲がったのを直しながら、「そなたは意外にもお強いな。今日はやられ申したが、これからは油断せんからな」と、ぶつぶつ言いながら去って行った。

 義経は、いずれにせよ、あいつは比叡山の法師だろうと思った。そして、「山法師は人としての器量にも似合わず、人を斬ってばかりいるのだな」などと皮肉ったが、弁慶は返事もしない。実は、義経が塀から降りてきたら斬り付けてやろうと思っているのだ。

 義経が、築地塀からフワリと飛び降りると、弁慶は太刀を振りかぶって進み寄って行った。
 すると、飛び降りたはずの義経は、地面から3尺(約90㎝)ばかりのところで、また塀の上に飛び上がったのだ!
 中国の兵法書を読んでいた義経は、9尺の築地塀をひと飛びのうちに飛び返るという離れ業を演じたのだった。

 そして、弁慶は空しく帰って行くのだった。


 強烈な義経の神業。さしもの武蔵坊弁慶も歯が立ちません。
 実は義経、これ以前に、陰陽師・鬼一法眼のところで、秘伝の中国兵法書「六韜(りくとう)」を読破していたので、秘術の数々を会得していたのでした。

 以上が、弁慶と義経の最初の決闘の一部始終でした。

 最初の決闘?

 そう、二人の闘いは、リングを替えて第2ラウンドがあるのですが、ちょっと長くなりました。
 続きは次回に致しましょう。




 五条天神社

 所在 京都市下京区松原通西洞院西入ル天神前町
 拝観 境内自由
 交通 地下鉄「五条」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『新編日本古典文学全集 62 義経記』小学館、2000年
 『新日本古典文学大系 55 室町物語集 下』岩波書店、1992年
 堀内敬三ほか編『日本唱歌集』岩波文庫、1958年
 伊海孝充「謡曲<橋弁慶>の展開-牛若・弁慶邂逅譚の一視点」(「日本文学誌要」69、2004年所収)


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