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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京の“名橋”って、どれ?--という疑問について考えてみた





七条大橋


 愛着のある三条大橋

 このところ、少し必要があって、橋について調べていました。
 橋は、誰にとっても馴染み深いものですが、建築の本に比べると橋の本は余り多くありません。まあ、一般向けの土木の書物は数多くありませんから、橋の本も少ないのでしょう。

 そうこうするうち、ふと、「京都の名橋といえば何橋だろうか?」という疑問が湧いてきました。
 意外に、考えたことのない問いでした。

 最初に思い浮かんだのが、三条大橋です。

 三条大橋
  三条大橋

 京都を代表する鴨川に架かり、東海道の西の起終点という交通の要衝でもあります。意匠面では、高欄に擬宝珠(ぎぼし)を付けるなど重々しさを誇っています。擬宝珠には漢文が刻んであるし、橋の下に回っても一部に石柱を用いるなど、長い歴史を感じさせます。
 現在でも、三条京阪の駅と繁華街・河原町通を結ぶ橋として、人通りも多いですね。

 三条大橋

 私にとっても、最もよく渡る橋のひとつで愛着があります。
 これまで、西や東や南へと遠くに歩くとき、必ず起点にしたのも三条大橋です。

 けれども、即決するのもつまらないので、もう少し考えてみることにしました。


 四条大橋と都市景観の変化

 三条大橋をあげるなら、当然、鴨川の1本下流に架かる四条大橋もあげるべきでしょう。
 昭和の初め、京都市が刊行した『京都名勝誌』(1928年)には、「京都七大橋」として、葵橋、丸太町橋、二条大橋、三条大橋、四条大橋、五条大橋、七条大橋の7橋をあげています。さらに、三条、四条、五条の3つを「三大橋」とも言うと記しています。

 四条大橋
  四条大橋

 四条大橋は、橋詰の建物とあわせて見ると、味わい深いものがあるでしょう。
 西詰の南側には、W.M.ヴォーリズが設計した東華菜館というデコラティブなビルが建っています(写真)。
 逆サイドの東詰の北側には、レストランが入る菊水ビルがあります。色合いは、どちらもベージュ系ですが、菊水ビルはてっぺんのアールが表現派風ともいえる名建築。その向い(南側)には、近代和風の雄・南座が聳えています。

 橋の両側に、これだけ見所のある建築を従える橋は、四条大橋だけでしょう。
 近代橋梁が都市景観との調和を旨とするのなら、京都一の名橋と言っても過言ではありません。

 このことは、過去の写真を見るとよく分かります。
 次の2枚を比べてみてください。

 『新撰京都名勝誌』より四条大橋
  大正4年(1915)頃(『新撰京都名勝誌』)

 『京都名勝誌』より四条大橋
  昭和3年(1928)頃(『京都名勝誌』)

 いずれも大正2年(1913)竣工の四条大橋が写っています。
 ぺたっとした印象がある上の写真に比べ、下の写真では橋詰に巍々たる菊水館(昭和2年、現レストラン菊水)が聳えています。写真自体も、矢尾政(大正15年、現東華菜館)から撮影したものでしょう。よくみると、京阪電車の四条駅(現祇園四条駅)も写っています。
 また南座も、このすぐあとの昭和4年(1929)に改築されました。

 このように、四条大橋のたもとでは、大正末から昭和初めにかけて高層の優れた建築が完成したわけで、それが橋の印象を一変させたのです。


 土木遺産の七条大橋

 そして、もっと下がれば、七条大橋があります。
 5連のRCアーチ橋(RCは鉄筋コンクリートの略)。大正2年(1913)架橋で、鴨川に現存する最古の橋だそうです。

 七条大橋
  七条大橋

 RCアーチ橋は、橋の都・大阪でも、大正9年(1920)に初めて架けられました(岩崎橋)。それより7年も早く、長さも82mと長大です。
 土木学会から、「選奨土木遺産」に選ばれるのも、うなずけます(橋の中ほどに銘板があります)。

 七条大橋
  正面橋から見た七条大橋

 地味な存在だけれど、橋好きには受けそうな名橋。私も渡ることが多いのですが、なぜか夜によく渡るので、哀愁の橋? ですね。


 最も有名な……

 観光客の皆さんに最も有名な橋は、やはり嵐山の渡月橋でしょうか。

 渡月橋
  渡月橋

 いつ行っても人がいっぱいの嵐山。この橋を渡った方は、大変多いでしょうね。
 京都の人にとっては、「十三まいり」のとき、振り返ってはいけない橋(授かった知恵を失うから)として知られています。

 高欄を木製にしていて、三条大橋などとともに和風の名橋です。小倉山を背景にした姿も美しいですね。

 
 伝説の一条戻橋、そして……

 京都で伝説の橋といえば、一条戻橋。
 戻橋は、その名によって、昔から花嫁さんや葬列が避ける橋として知られています。

  「都名所図会」より一条戻橋  一条戻橋(「都名所図会」巻1)

 「都名所図会」(1780年)にも、「これ洛陽の名橋なり」と特記され、江戸時代から称揚されていたことが分かります。 

 ただ残念なのは、現在の戻橋が少々“らしさ”がないことでしょうか。

 戻橋
  現在の一条戻橋

 堀川に下りて撮ると、こんな感じですが、渡ってみると伝説を全く感じさせないような橋になっています。
 新しいせいもあるけれど、もう少し何とかならないものかと頭を悩ませます。

 と言いつつも、戻橋を訪ねたら、ぜひ1本下流側にある中立売橋を見てください。

 堀川第一橋
  中立売橋(堀川第一橋)

 「堀川第一橋」の別称もある石橋で、明治6年(1873)に架けられました。150年近く前の橋が現役で活躍しているわけです。これは、すごい!
 石橋なので、美しいアーチ橋。細部もこっています。

 堀川第一橋 親柱

 堀川第一橋
  高欄

 親柱や高欄も花崗岩製。路面も石畳。
 こちらも土木学会の「選奨土木遺産」になっています。その理由のひとつに、石橋の真円アーチが大変珍しいという点があるそうです。アーチのカーブが真ん丸ですね。

 堀川第一橋 中立売橋の石組み

 この橋については、以前書いたことがありますので、そちらもご覧ください。
 記事は、こちら! ⇒ <堀川には素敵な石橋が架かっている>

 禁裏と二条城を結ぶ公儀橋でしたから、往時は格も高かったのです。
 ぜひ一度渡ってみたい名橋ですね。

 ということで、ひとつに決められないのですが、私が渡っただけでも数々の素晴らしい橋が京都にはあります。
 また折をみてレポートしたいと思います。




 中立売橋(堀川第一橋)

 所在 京都市上京区東橋詰町ほか
 見学 自由
 交通 市バス「堀川中立売」下車、すぐ



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年
 『新撰京都名勝誌』京都市、1915年
 『京都名勝誌』京都市、1928年
 読売新聞京都支局編『京をわたる 名橋100選』淡交社、1992年


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