09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
MENU

NEW ARRIVAL

PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

ちょっと辛口、観光ニッポンへの提言 - デービッド・アトキンソン『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』 -

京都本






  『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』 『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』


 ちょっと“辛口”の成長提言

 著者のデービッド・アトキンソン(David Atkinson)氏は、米国のゴールドマン・サックスなどで経済アナリストとして活躍し、“引退”後は日本の小西美術工藝社の社長を務める英国人です。小西美術工藝社は、漆塗りや彩色、錺(かざり)金具の製作などで文化財建造物の修理等に携わる会社です。

 本書のタイトルは、『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る』。
 文化財の本かなと思いきや、そうではなく、副題にある「雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言」の方に重点が置かれた日本経済に関する書物という色彩が濃厚です。
 戦後、日本が急成長した(GDPが伸びた)理由を「日本人の技術力の高さ」などに求めるのは神話で、本当の理由は「爆発的な人口増」にあると指摘しています。
 著者は、日本人は「数字」を無視した議論が多く、ミステリアスな経営を行っていると言い、もっとサイエンス、数字を重視した経営を行うべきだと一貫して述べています。

 本書は、ちょうど200ページあるのですが、前半120ページは経済、経営の話。アトキンソン氏のゴールドマン時代の体験談も交えながら、日本経営のダメさ加減が一刀両断されるという印象です。もちろん、これは著者が確信犯的に行っていることなので、特に嫌味とは感じられません。


 ニッポンの「おもてなし」神話

 次に触れられるのが、東京オリンピック招致で強調された日本の「おもてなし」精神です。

 例に出されるのが、箱根の高級老舗旅館のおもてなしの欠如です。
 チェックイン時間前に部屋に入れない、レストランは宿泊者専用なのでチェックイン前には使えないなど、すべて旅館側の都合で物事が行われていきます。
 アトキンソン氏は、海外の一流ホテルではこのようなことはなく、日本のおもてなしには「客の都合」に合わせるという概念が欠けていると考えます。
 欧州でも、「それなりの」レストランなどには閉店時間はないそうで、お客に対してストレートに閉店時間だから帰ってくれということはないと言います。

 このあと銀行の不親切な対応など、実例があげられて、いかに日本の「おもてなし」がよろしくないかが指摘されます。

 著者の主張は、

・「おもてなし」ができているかどうかということは、自分が決めるものではなく相手が決めること
・「客」よりも「供給者」の都合が優先され過ぎてしまう傾向があるので、考え直して調整をしたほうが良い
・一部の高い評価を、すべての評価にこじつけてしまうと、見直さなくてはいけない問題が見えなくなる (148ページ)


 ということで、お客さん相手の仕事をしている私も、耳が痛いですね。


 観光立国と文化財

 最後の50ページは、観光立国と文化財保護について述べています。
 文化財保護に力を入れれば、観光への波及効果があるし、雇用も創出する、という考えです。

 日本の観光ビジネスを数字で見ると、GDP(国内総生産)に観光業が占める割合は約2%ですが、世界的には約9%なので、まだまだ伸びしろがあるというものです。
 なおかつ、観光で1人あたり多額の金を落とす人々(オーストラリア人、ドイツ人、カナダ人、イギリス人、フランス人、イタリア人……)がまだまだ来日しておらず、現状は近隣国からの来訪者が圧倒的に多いと指摘します。
 つまり、お金を使う観光客をもっと呼べばいい、ということですね。

  清水寺


 「冷凍保存」された文化財
 
 177ページからは、いよいよ京都のことについて触れられています。
 各種の数字から見ると、京都には年間200万人くらいの外国人観光客が来訪していますが、観光資源の質と量を考えれば、これは少ないと著者は言います。

 それにしても、なぜ外国人観光客は京都にやってこないのでしょうか。考えられるのは京都の価値、つまり文化財が本来もっている価値が引き出されていないのではということです。 (180ページ) 

 これは、重要なポイントですね。

 価値が十分引き出されていない。
 言い換えれば、相手に伝わっていない、ということです。

 ここに外国人と日本人の感覚のギャップが潜んでいます。
 アトキンソン氏は、自身の京都の住まい近くにある二条城について、こう述べます。

 たしかに、その大広間には将軍や大名などの人形が並んではいますが、彼らがどのような経緯でここに集まり、そしてここに座るまでにどのようなドラマがあり、そしてどのような意味でこのような装束を身にまとっていたのか、棚の飾り方をしていたのか、など詳しい説明がまったくないのです。二つの部屋以外は人形さえなく、わずかな説明があるだけで、後は空っぽです。

 たとえば日本のみなさんがイギリスまで観光に行って、バッキンガム宮殿やウィンザー城の中に入って、文化財を保護しなくてはいけないからと調度品がすべて撤去されていたらガッカリしませんか。日本の文化財はまさしくこのようにただの「ハコ」を見学するだけのありさまなのです。これでは文化財のすばらしさの一割も伝わりません。 (182ページ)


 この指摘は、イギリスの方らしいと思います。
 私はかつて博物館を作る仕事をしたのですが、そのとき英国の施設も検討材料にしました。かの地では、人形を積極的に使って歴史を説明することが行われていることを知りました。けれども、当時の同僚には、これに嫌悪感を抱く人もいました。
 歴史で人形、というと、鉱山の見学に行ったとき、暗い坑道にフンドシ姿の坑夫の人形が置かれていて怖かった、という経験を思い出しますね。
 たぶん、日本の方は人形に対して、文化財の雰囲気を壊してしまう存在と考える方が多いのでしょう。しかし、外国人は必ずしもそうではないということ。
 ここに、日本人(供給者)と海外ツーリストとのギャップが潜んでいます。

 文化財が「冷凍保存のハコモノ」になっていて、少しも活用されていない、という本書の主張につながります。

 著者も指摘するように、文化財には「保存」と「活用」という2つの側面があります。英語でいう preservaion(保存)と presentation(プレゼンテーション)です。
 日本では一般に、保存と活用は対立する事柄だとされています。例えば、大勢の人が寺院の建物に入れば、建物は傷みます。浮世絵を何度も公開したら、光によって退色します。公開する、体験させるという行為の裏には、その価値を減らすという危険が伴っています。
 世界遺産に登録された富士山の例を考えると分かりやすいですね。人気が出て登山者が増えましたが、そのせいで環境が悪化し、入山規制が議論されました。

 著者は、保存と活用の両立が大切だと説きます。

 日本の文化財というのが単なる「冷凍保存のハコモノ」になってしまうのは[保存修理費が少ないという]経済的理由にくわえ、日本の観光行政の今までのあり方から来ています。人が楽しむ文化財より人が入らない文化財という「保護優先」の考え方が「常識」ですので、これで観光客が少なく、サービスもないというのは理にかなっています。ただ、「観光立国」を掲げるのであれば、この「常識」を改めて、発想を転換させなければいけません。 (190ページ)

 「人が入らない文化財」というのは言い得て妙ですね。

 この主張には、議論が分かれると思います。
 京都の寺院では、名庭に大勢の拝観者が押し寄せて庭が傷むため、大幅な拝観制限に踏み切った例もあります。修理によってケアできる部分もあると思いますが、すべての文化財がそうではないので、個別に考えることが必要です。
 また、宗教的な営みを優先させるため、公開に消極的なところもあるでしょう。一方で、布教のために多くの参拝者を受け入れたい寺社もあると思います。観光立国とくくって一概には言えない部分があり、個々別々の判断が求められるでしょう。

 しかし、“この文化財は「本物」だから説明しなくても分かるだろう”という姿勢は、もう通用しないと思います。
 外国人はおろか、日本人にさえ魅力が伝わりません。文化財の持つ価値を平易に噛み砕いて伝える方法、あるいは“人”が求められる時代になっています。 

 本書は、ちょっと辛口の観光ニッポンへの提言集です。
 京都を訪れる海外ツーリストが年々増加し、多様な地域から来訪されるようになっている現在、彼らの生の声を聞き、ひとつひとつのサービスを改善していくことが大切だと痛感させられます。





 書 名 : 『イギリス人アナリスト 日本の国宝を守る
        雇用400万人、GDP8パーセント成長への提言』
 著 者 : デービッド・アトキンソン
 出版社 : 講談社(講談社+α新書)
 刊行年 : 2014年


スポンサーサイト

コメント

非公開コメント