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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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昭和9年の地図を片手に、寺町・新京極の老舗をさぐる - その1 -





更科本店


 昭和9年から続く店舗は?

 前々回、新京極の路地を探索するきっかけになったのが、「京極と其[その]附近案内」という地図。昭和9年(1934)の新京極、寺町、四条、三条、河原町あたりの商店名を記載しています。

  新京極
   新京極商店街(六角通付近)

 戦前には、今日のような住宅地図はありませんが、繁華街や商店街に限っていえば、店名を記した地図は各地にあります。「京極と其附近案内」も、その一種です。詳しいのが特徴で、ざっと見ても500店はくだらない掲載店数です。

 この地図を片手に新京極商店街と寺町京極商店街を訪れ、現在も残っている店に印をつけてみました。
 いずれも、三条-四条間、約500mの通りですが、果たしてどれくらい老舗が残っているのでしょうか?

 なお、地図に不記載の店もあり、調べに遺漏もあるかと思います。あくまでも、主な店舗の紹介とお考えください。


 三条通に近い老舗

 昭和9年といえば、約80年前。
 新陳代謝が激しい繁華街では、80年も続けば立派な“老舗”でしょう。

 まず、北の三条通側から探ってみました。

 西谷堂
  西谷堂(和菓子)

 写真右に見える坂が、通称「たらたら」。三条通から新京極への入り口です。
 この東の角に、近年まで、さくら井屋がありました。封筒、便箋、千代紙などの小物を商い、新京極の開通以来あった老舗とされますが、惜しまれながら閉店されました。

 その坂の西側に、和菓子の西谷堂があります。

 西谷堂

 看板の文字も雄渾。ちょうちんにある「でっちようかん」が名物で、栗ぜんざいやあんみつなど、甘党のお店らしいです。

 この反対側には、最近まで、Y.INOHANA & SON'S というテーラーがありましたが、こちらも閉店されてしまいました。ショーウインドーに品の良い紳士服を陳列されていましたね。
 この“INOHANA”は、地図には「位の花雑貨店」と記されており、「位の花」という文字だったことが分かります。120年以上続いたお店といいますから、明治20年代の創業だったわけです。

 ここから先、六角通(誓願寺前)まで、特に古そうなお店は見当たりません(見落としがあったら、ごめんなさい)。
 そうそう、東側のMOVIX京都は、当時から続く映画館で、昭和9年は京都座と松竹座でした。


 寺町通にも古いお店が

 そこで、寺町通に移って、三条通から南へ歩いてみましょう。

 寺町通
  寺町京極商店街(三条通付近)

 いきなり、角に2軒の老舗があります。

西春、三嶋亭
  浮世絵 古版画 西春と三嶋亭

 左が、浮世絵などを扱う西春。当時の記載は「西村 江戸絵」となっています。
 隣が、言わずと知れた、すき焼きの名店・三嶋亭です。創業は、明治6年(1873)。三嶌兼吉が長崎で知った牛鍋を京都へ持ち帰った店といいます。高級店ですね。

 寺町三条から数軒下がった西側には、メンズショップ吉川があります。

 メンズショップ吉川
  メンズショップ吉川

 地図には「吉川洋服店」として出ています。この日は、たまたま定休日だったようでシャッターが閉まっていました。

 このあたりには、店は畳んだけれど、ビルをテナントに貸しているというところが数軒あります。
 昭文堂ビルや丸美ビルなどが、その例です。

 丸美ビル

 丸美ビル 丸美ビル

 丸美ビルには、古着店などが入っています。
 昭和9年時点は、「㊂食堂」となっていて、たぶん「まるみ」と読んだのでしょう。現在は、「丸美」です。
 この南に、丸美不動産という店舗があるので、そちらがオーナーさんなのでしょうか。

 最近まで、この向い側に、桜湯という風呂屋さんがありました。町名(桜之町)から取ったネーミングだと思いますが、朝からやっている銭湯として重宝な存在でした。現在、取り壊し工事に入っていて、来年着工でホテルになるようです。


 寺町六角周辺の伝統の店

 さらに南へ。
 寺町六角の角には、向かい合うように老舗が建っています。

 伊藤組紐店

 伊藤組紐店 伊藤組紐店

 北西角には、伊藤組紐(くみひも)店。
 地図には「伊藤糸店」とあります。
 創業は、文政9年(1826)頃といいますから、190年前からやっておられることになります。看板の文字も、新しそうですけど独特ですね。大徳寺の塔頭・孤篷庵の小堀亮敬師の書のようです。

 対して、南西角には、安田念珠店が。

 ロダン、安田念珠店
  安田念珠店(右) 左は理容店のロダン

 安田念珠店

 こちらは、天和3年(1683)創業。約330年前からの営業と、このあたりでも最も古いの店のひとつです。看板に記された「総本山御用達」が京都らしく、また寺町らしいご商売ですね。

 南隣のメンズカットクラブ ロダンも、あなどれません。明治43年(1910)に営業を始められたそうで、こちらも百年級です。地図には「長谷川理髪店」と書かれています。

 このさらに南に、地図に「池口力餅」とある、力餅本店があったのですが、いまは廃業です。

 力餅

 京都では、「力餅」「大力」あるいは「弁慶」「千成」など、力がつくネーミングのうどん屋さんが数多くあり、あわせて餅類も提供していました。こういう店もめっきり減りましたね。


 再び新京極へ、六角通以南

 誓願寺の前、つまり六角通より南の新京極を歩いてみましょう。

 新京極

 昭和9年(1934)の時点では、写真の右側(角)に交番がありました。
 2014年の暮れには、土産物店だった辨天堂が改築され、テナントビルになります。
 その辨天堂は、明治以来の古いお店です。通りの東側で「弁天堂小間物店」として営業されていたことが地図に見えます。現在も、その場所で営業中です。

  弁天堂 辨天堂

 その少し南の西側に、麺類の更科本店があります。

 更科本店
  更科本店

 明治7年(1874)創業の老舗。名物は、きしめんだそうで、京都では珍しいですね。

 蛸薬師に近づくと、地図では東側に、「朝日クラブ」(朝日倶楽部)と「キネマクラブ」(キネマ倶楽部)という2つの映画館が記されています。のち、京極日活(→京極弥生座→シネラリーベ)と菊水映画劇場(菊映)につながる館です。もっとも、今ではどちらも映画館ではなくなっています。

 その向い側に、眼鏡研究社玉垣と鞄館タニムラがあります。両店は、昭和9年の地図にある「玉垣メガネ」と「谷村袋物店」でしょう。

 眼鏡研究社玉垣 眼鏡研究社玉垣

 鞄館タニムラ
  京都新京極 鞄館タニムラ

 タニムラは、明治初期から商いをされているそうです。戦前の「袋物」という表現が時代を感じさせます。
 どちらも、店構えは新しいのですが、老舗ですね。

 蛸薬師
  蛸薬師 永福寺

 ということで、三条通から蛸薬師通まで見てきました。

 明治初期から現在まで、同じ場所で同じ商いをされている店は、わずか10軒余りでした。
 やはり繁華街らしく、入れ替わりが激しいのが特徴です。

 珠数や組紐、和菓子といった伝統的な品を扱う店もありますが、洋服店、眼鏡店、理髪店、すき焼き店など文明開化で登場した業種もみられます。こういった混在ぶりが面白いですね。

 次回は、蛸薬師通以南の老舗を探ります。

 
  安田念珠店 安田念珠店




 新京極商店街、寺町京極商店街

 所在 京都市中京区新京極通三条下ル桜之町ほか
 交通 阪急電車「河原町」下車、徒歩約10分



 【参考文献】
 「京極と其の附近案内」市民風景社、1934年
 新京極商店街振興組合ウェブサイト
 寺町京極商店街ウェブサイト


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コメント

貴重な情報

懐かしい通りの風景。
知っていたお店は消えたみたい⁈
骨董品などを取り扱うライト商会さんは、もう閉店したのかしら。→たぶんそんな名前だったかと、、

古地図歩き、興味深いです。
詳しくお話しを書いて下さりありがとうございます!

90年後半から、京都市西京区の阪急桂駅近くに五年くらい住んでいました。

Re: 貴重な情報

 記事読んでくださり、ありがとうございます。
 街も、10年20年たつと、かなり変わってしまいますね。
 桂駅のあたりも、阪急が高架線になり始め、姿を変えつつあります。

 
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