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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京都の西国三十三所(5) - 三室戸寺 その2 -

宇治




三室戸寺本堂



 裳階(もこし)のついた本堂

 西国三十三所霊場寺院の札所(本堂など)は、思いのほか新しいものが多く、大半は江戸時代の建築です。
 最も古い建物は、石山寺の本堂で、これは突出して古く、永長元年(1096)、平安時代ですね。次に古いものが、六波羅蜜寺本堂で、貞治2年(1362)と室町時代です。さらに、長命寺本堂(大永4年=1524)、青岸渡寺本堂(天正18年=1590)とつづき、ここまでが16世紀以前です。

六波羅蜜寺本堂
 六波羅蜜寺本堂(重要文化財)

 17世紀初頭のものに、中山寺本堂(慶長8年=1603)と竹生島の宝厳寺(同前)があり、一乗寺(寛永5年=1628)、京都の清水寺(寛永10年1633)、大和の長谷寺(慶安3年=1650)などがあります。
 石山寺・清水寺・長谷寺は国宝、他は中山寺を除いて重要文化財に指定されています(中山寺は兵庫県指定)。

三室戸寺本堂
 三室戸寺本堂

 今回取り上げている三室戸寺の本堂は、文化14年(1817)頃の竣工とみられます。
 屋根が二つ重なっていますが二階建てではなく、下の方は裳階(もこし)で、大きな庇ともいうべきものです。

 三室戸寺本堂

 三室戸寺は本山修験宗(天台系)なのですが、本堂は禅宗様のスタイルを取っています。屋根を二つ重ねているのもそうですし、上の写真にあるように上層の組物は詰組(つめぐみ)といって、密に備えられているのもそうです。

三室戸寺本堂組物

 また、組物のカーブに角がない(矢印)のも禅宗様の特徴です。
 
 そして、とりわけ目に付くのは、正面の向拝についた軒唐破風でしょう。
 下の写真でいうと、上方の三角形に出ているのが「千鳥破風」、下方のカーブを描いて出っ張っているのが「唐破風」です。

北野天満宮本殿
 千鳥破風と唐破風(北野天満宮本殿 慶長12年[1607] 国宝)

 破風を付けると、にぎやかな感じが際立ちます。

 このお堂ができる前、三室戸寺の本堂は入母屋造(妻入り)、桁行五間、建物の前に舞台を持つスタイルでした。今でも、本堂の前は崖になっていますが、そこに舞台を懸けていたのです(「三室戸寺中古図」)。つまり、西国三十三所でいえば、石山寺や清水寺、長谷寺と同じパターンだったということです。

長谷寺本堂
 長谷寺本堂(国宝)

 写真の長谷寺本堂は、前に礼堂が付いている巨大なお堂ですが、三室戸寺はここまで大きくないにせよ、似た雰囲気を持っていたことでしょう。
 それが江戸後期に建て替えられたのですが、屋根を重ね唐破風を付ける全く違うデザインになってしまいました。いったい、なぜなんでしょうか?


 江戸時代好みのデザイン

 それには、このお堂が建てられた時代と関係があると思われます。
 西国三十三所の札所のうち、18世紀後半~幕末に建てられたものは、次の通りです。

 (2) 紀三井寺   宝暦9年(1759)
 (5) 葛井寺    安永3年(1774)
 (28)成相寺   安永3年(1774)
 (23)勝尾寺   安永4年(1775)
 (7) 岡 寺    文化2年(1805)
 (10)三室戸寺  文化14年(1817)
 (19)革 堂   文化12年(1815)
 (4) 施福寺    安政年間(1854-1859)

 調べてみると、過半数の札所が屋根に破風を備えているのです(カッコ内は屋根の形状)。

  紀三井寺…千鳥破風・唐破風(入母屋造平入り)
  成相寺……千鳥破風・唐破風(入母屋造平入り)
  岡 寺……唐破風(入母屋造妻入り)
  三室戸寺…唐破風(入母屋造平入り、裳階付き)
  革 堂……千鳥破風・唐破風(入母屋造平入り)

 8カ寺のうち裳階を付けて重層風にしたのは三室戸寺だけですが、破風を持つお堂は5カ寺もあり、千鳥破風と唐破風を重ねて付けているものが3つもあります。
 例えば、革堂(行願寺)は、こんなふうです。

革堂(行願寺)本堂
 革堂(行願寺)

 江戸後期になると、正面から見た姿を華やかにし、お堂を大きく見せるために、破風を多用していきます。これは明治8年(1875)に竣工した六角堂(礼堂)も同様です。
 三室戸寺のように唐破風の背後に入母屋の屋根が重なっていると、その部分に視線が注がれます。いわば“フォーカスポイント”になるわけで、唐破風を中心として、そこから裳階に沿って視線が外方向へ流れていくという、建物を雄大に見せる工夫がなされています。
 この本堂の先代の堂は、桁行が九間もあったといい(現在は五間)、それを縮小せざるを得なくなったために、視覚的には大きく感じさせる設計にしたのでしょう。


 細部の意匠も凝っている

三室戸寺本堂

 桃山時代から江戸時代の建築は一般的にそうですが、細部の意匠も手が込んでいます。場合によっては、クドいというか、しつこいというか、やりすぎ感のあるケースもありますね。
 上の写真は、唐破風の中の意匠です。まず、下の蟇股(かえるまた)に龍の彫物が付いていますね。蟇股はシンプルな形から、時代がくだるにつれて派手々々しくなってきます。この左右の蟇股には、獅子が彫ってあります。
 その上の大瓶束(たいへいづか)の左右(笈形という部分)には、菊でしょうか、なかなか手の込んだな花の文様が彫られています。

三室戸寺本堂

 これは、向拝に付いている手挟(たばさみ)。これは菊なのか牡丹なのか、いわゆる籠彫りで、桃山・江戸時代の手挟にはよく見られる細工です。

三室戸寺本堂

 さらに、空に延びていく、こういう雲の彫刻もあって、意匠的には盛り沢山。

 奈良の古寺などに慣れた方からすると、こういったゴテゴテした意匠は勘弁してほしい、という感想になるのでしょう。けれども、江戸後期の人達は、こんな装飾過剰とも思えるお堂を喜んでいたわけです。
 冷静に表現すれば、「密度の濃い」建築ということなのでしょうが、私はむしろ「ゴテゴテ盛り込んだ」俗っぽい建物と表現した方がいいように感じます。当時の文学(例えば黄表紙や滑稽本、人情本)を読んでも分かりますが、サービス精神が旺盛なのですね。だから、いろんなものを盛り込んでしまう。でも、それが楽しい。そんな気分です。

 ということで、三室戸寺はもう1回くらい続けようと思います。




 三室戸寺

 *所在 宇治市菟道滋賀谷
 *拝観 大人500円ほか (宝物殿は毎月17日公開、300円)
 *交通 京阪宇治線三室戸駅より、徒歩約15分



 【参考文献】
 浅野清編『西国三十三所霊場寺院の総合的研究』中央公論美術出版、1990年
  鈴木充編「日本の美術201 江戸建築」至文堂、1983年
  熊本達哉「日本の美術530 近世の寺社建築-庶民信仰とその建築-」ぎょうせい、2010年


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