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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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お精霊さんを迎える六道珍皇寺の六道まいりは、その名の通り「迎鐘」をつく

洛東




六道珍皇寺


 ふだんは、ひっそりとした寺院

 大和大路から松原通を東に入って、この前まであった松原警察署跡を通り、その先に進むと、「六道の辻」という場所があります。右折(南行)すると六波羅蜜寺です。

 六道の辻
  「六道の辻」 左右の道が松原通

 六道の辻とは、なんとなく恐ろしい名前ですが、冥界への入り口といった場所なのです。
 謡曲「熊野(ゆや)」に、「愛宕(おたぎ)の寺も打過ぎぬ。六道の辻とかや。実(げ)におそろしや此道は、冥途に通ふなるものを」という一節もあるくらいです。

 その先に、ひっそりとしたお寺があります。

 六道珍皇寺

 六道珍皇寺。「ろくどうちんこうじ」と読み、「ちんのうじ」とする場合もあります。
 今日は、このお寺が、年に一度にぎわう話です。


 六道まいりの善男善女

 毎年、8月7日から10日は、「六道まいり」と称して、この寺に詣る人達が多いのです。

 六道まいりの松原通

 これは、先祖の霊、京都でいう「おしょらいさん」(お精霊さん、お聖霊さん)を迎えるため、六道珍皇寺に詣るもので、お盆の行事のひとつです。
 
 六道珍皇寺
  六道珍皇寺

 お寺の看板に書かれた、お参りの仕方を紹介しておきましょう。

 1.参道で高野槇(こうやまき)を買う
 2.本堂前で水塔婆(みずとうば)に亡き人の戒名・俗名を書いてもらう
 3.迎鐘(むかえがね)を撞く
 4.水塔婆を線香で清める
 5.地蔵尊のご宝前にある高野槇で水回向(えこう)をし、そこに納める

 まず、高野槇ですが、こんな植物です。

 高野槇  高野槇(コウヤマキ)

 松のような針葉樹ですが、これが門内などで売られています。

 六道珍皇寺

 高野槇

 なぜ槇かということについては、「雍州府志」(1686年)には、「毎年七月、盂蘭盆会の前、九日、男女参詣、鐘を撞き、而して槇の枝を買いて家に帰り、霊前に置く。俗に伝う、聖霊、槇の葉に乗じて来たると也。これ、依草附木の謂か。是れを聖霊を迎ゆると謂う」とあります。
 ご先祖さんの霊が、槇の葉に乗って帰って来られる、というのです。乗り物なんですね。

 高野槇というと、考古学などでは棺(ひつぎ)の材として知られ、水に強く腐りにくいので、湯船の材にも使われます。私も、和歌山県・湯の峰温泉で高野槇のお風呂に入ったことがあります。
 名前の由来である高野山では、仏さまへの供花に用いられます。

 六道珍皇寺

 六道珍皇寺

 水塔婆に名前を書いてもらいます。
 水塔婆(みずとうば)とは分かりづらいですが、ごく薄い木の板、経木(きょうぎ)のことです。

 水塔婆 水塔婆

 水塔婆に故人の名を書いて水に流して供養するのは、大阪の四天王寺などでもやっていますね。
 最後にこれを納めるのですが、ほかと違うところは、「迎鐘」を撞くというところです。

 迎鐘の名の通り、亡き人を呼ぶ鐘です。

 六道珍皇寺 迎鐘

 鐘楼の花頭窓の下に、赤い部分が見えるでしょう。あの綱を手前に引っ張ると鐘が撞けるのです。
 ふつうの鐘と違って、引くところに“迎える”というイメージが重なるのでしょうね。

 六道珍皇寺

 ただ、この鐘を撞くためには、大行列に並ばないといけません……

 六道珍皇寺

 お寺の外まで延々と列が続いています。

 六道珍皇寺

 迎鐘を撞いて、

 六道珍皇寺

 たくさんの石地蔵がある「賽(さい)の河原」で水回向して、お参りを終えます。

 六道珍皇寺の六道まいり。
 江戸時代から、多くの善男善女が参詣したお盆の行事です。




 六道珍皇寺

 所在 京都市東山区大和大路通四条下ル四丁目小松町
 拝観 境内自由
 交通 市バス「清水道」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 『雍州府志』岩波文庫、2002年
 『日本歴史地名大系27 京都市の地名』角川書店、1979年
 

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