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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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猛暑に涼しい井戸の話、御手洗井







手洗水井


 烏丸通にある小さな鳥居

 烏丸通の錦小路を少し上がったところに、小さな鳥居があります。
 7月には、注連縄が張られており、お祀りされていることが分かります。

  手洗水井 手洗水井

 提灯には、「八坂 御手洗井」の文字。
 八坂の語と2つの紋から、八坂神社と関係があることが分かります。そう、ここは祇園祭に用いられる井戸なのです。
 『京都市の地名』の説明を引いておきましょう。

  御手洗井(みたらしい)
 伝承によれば室町末期には祇園社(現東山区)の御旅所がこの地にあったと伝え、その東側には祇園社御旅所社預藤井助正の屋敷地があり、庭前に牛頭天王社を建て、毎朝庭内の井戸から霊水を汲んで供したという。祇園会当日には神輿供奉の人々に御手洗・口すすぎを供するを例とした。
 永禄11年(1568)織田信長上洛後、御旅所を現在の四条京極の地に移したという。
 その後この井戸の鍵は町年寄が預かり、祇園会の時のみ開くようにしたという。祇園会の際には、同所東裏の竹藪より竹2本を切り、山科郷より1丈8尺の松2本を求め、この井戸の鳥居に結んだと伝える。
 明治45年(1912)3月烏丸通拡張のため、東方に数間移動した。(787ページ)


 かつては、八坂神社の御旅所を管理していた藤井家の庭にあった井戸。明治末年に、烏丸通の拡張にともなって移動したといいます。この場所は、いまでも「手洗水町」という町名です。

 井上頼寿『京都民俗志』によると、「祇園祭の期間は柵を撤し氏子が手水を使ふ。「京羽二重」にも氏人此の水で身を清めて社参すると見える」と記されています。
 さらに、神水と尊ばれ、旧暦6月7日から14日まで井戸を開いて人々に供したといいます。「諸人飲めば疫を除く」とあります。


 注連縄を張られた石の井戸

 説明が長くなりました。
 肝心の井戸は、こちらです。

 手洗水井
  御手洗井

 榊と御幣を付けた注連縄が張られています。石の井桁で、右に手水鉢があります。
 写真は、7月11日に撮ったものだと思いますが、表の柵は閉められた状態でした。

  手洗水井


 「都名所図会」にも登場

 いまではビルの谷間にあるこの井戸も、古くは人々に開かれていただけあって、「都名所図会」(1780年)にも描かれています。

 「都名所図会」より手洗水
  「都名所図会」巻2

 井水を汲む人、それを眺める人。装いも夏らしいですね。

  「都名所図会」より手洗水

 拡大して見ると、木製の井桁が組まれており、釣瓶で水を汲むようになっているのが分かります。祇園社の神紋のある屋根が掛けられ、そこに御幣が付けられています。
 井戸の脇に、「手水」と書かれた木の手水鉢が置かれ、二人の男性が柄杓で水を汲んでいます。右下に笠が置かれていますから、旅人かも知れませんね。
 説明文には、こうあります。

 手洗水(てうづのミつ)ハ烏丸通錦小路の北にあり。むかし大政所町に祇園神輿の御旅所ありしとき、参詣の輩、こゝにて手水なしたる。
 この例(ためし)により今も六月七日より十四日まで井をひらきて、手水所とする也。
 凄冷たる清泉にて比類なし。この水を服すれバ疫をのがるゝとぞ


 「凄冷(しょうれい)たる清泉にて比類なし」と記すところに、とっても冷たい良い水だったことがうかがえますね。
 この絵が描かれた江戸中期には、もう邸の庭ではなく、通りに面したところにあったようです。
 開く期間が6月7日から14日とあるのは、旧暦の当時は祇園祭の巡行がその両日にあったためです。

 今回は、少し涼しい井戸の話でした。


  「都名所図会」より手洗水




 御手洗井

 所在 京都市中京区烏丸通錦小路上る手洗水町
 拝観 自由
 交通 地下鉄「四条」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 「都名所図会」1780年
 井上頼寿『京都民俗志』西濃印刷、1933年
 『日本歴史地名大系27 京都市の地名』平凡社、1979年


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