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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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扉はどっちに開いてる? (その2)

宇治




萬福寺開山堂


 扉が内開きの寺院は…

 【その1】で、寺院の建物は、門や蔵を除けば、ほとんど扉が外開きだと述べました。
 ところが、ほとんどの扉が内開きのお寺があるのです!
 
 それが、宇治にある黄檗山萬福寺です。

 萬福寺を訪ねて、お堂の扉に注目すると、どれも内開きなのに気付きます。

萬福寺天王殿

 これは、三門を入って最初に目にする建物、天王殿です。
 格子の柵のような半扉は外に開いていますが、メインの扉は見えません。つまり、内側に開いているのです。

萬福寺天王殿

 天王殿の後ろ側です。まったく同じですね。

萬福寺大雄宝殿

萬福寺大雄宝殿


 仏殿にあたる大雄宝殿(だいおうほうでん)です。こちらも、この桃戸は外開きなのですが、大きな扉は内開きです。
 内部を見てみると……

萬福寺大雄宝殿

 両折(もろおり)の桟唐戸ですが、扉の下に藁座(わらざ)が見えています。内側に開くようになっていますね。
 

 大陸の建築は、内開き

萬福寺総門

 これは総門を内側から見たところですが、門ですので当然内開きになっています。
 このように、萬福寺の建物は基本的にみんな内開きです。

 萬福寺は、隠元禅師によって、幕府より宇治の大和田村に寺地を得て、寛文元年(1661)に創建された寺院です。隠元禅師は、中国・福建省にある黄檗山萬福寺(宇治の萬福寺の名前の元で「古黄檗」とも称される)の住持でしたので、宇治の萬福寺もすべての面において中国風になっています。
 伽藍配置や建物の様式・細部も、明(ミン)の寺院の影響を受けていて、日本離れした趣きを呈しています。牌楼(パイロウ)風の門、卍崩しや襷(たすき)の勾欄、宝珠とマカラを載せた屋根、湾曲した材を連ねた黄檗天井など、その特徴は枚挙に遑がありません。けれども、日本建築との大きな相違は、この内開きの扉ではないでしょうか。中国や朝鮮半島の寺院は、基本的には内開きなのだといいます。
 雨の多い日本の風土に備えるという意味では、外開きの扉が好適だとも思えます。あえていえば、萬福寺の仏堂は、正面一間通しを吹き放しにしているものが多く(つまり軒の出が深くなる)、雨風には強いのかも知れません。しかし、やはり中国で慣れ親しんだ扉の様式が、来日した僧たちにフィットしたのだといえるでしょう。

萬福寺斎堂  斎堂

 ただ改めて扉が閉まっているさまを見ると、建物がぴっちりしていて心地よいですね。
 萬福寺の建物は、どれも皆すがすがしい印象を与えるのですが、こんなところにもその秘密が潜んでいるのかも知れません。


萬福寺開山堂 通玄門から見た開山堂




 萬福寺

 *所在 宇治市五ケ庄三番割
 *交通 JR・京阪電車黄檗駅より、徒歩約5分
 *拝観 大人500円ほか



 【参考文献】
 山下秀樹ほか「古代建築における扉の構造と意匠」(『奈良文化財研究所紀要2007』所収)



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