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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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「三十三間堂棟由来」、国立文楽劇場で6月に上演

洛東




三十三間堂


 親しみやすい鑑賞教室

 大阪・日本橋の国立文楽劇場では、毎年「文楽鑑賞教室」が開催されます。
 “はじめての文楽”と銘打って、解説をつけて文楽に親しんでもらう企画です。印象としては中高生向きという感じですが、もちろん大人が見に行ってもかまいません。

 これまで、歌舞伎の鑑賞教室には行ったことがありましたが、文楽はありませんでした。
 今年ぜひ足を運ぼうと思ったのは、その演目に関係があります。


 三十三間堂の由来譚

 今回のプログラムは、次のようになっています。

 ・「団子売」
 ・<解説> 文楽へようこそ
 ・「卅三間堂棟由来」

  文楽鑑賞教室チラシ

 二番目の演目「「卅三間堂棟由来」(さんじゅうさんげんどう  むなぎのゆらい)。
 京都・七条にある三十三間堂の建立譚です。

 三十三間堂が建立される由来を物語にしたものですが、もちろん“史実”ではない作り事です。ざっと紹介してみましょう。

 その昔、紀州の山中に、梛(なぎ)と柳の大木があった。枝をまじえた連理の木で、夫婦であった。しかし、修行僧・蓮華王坊にその仲を引き裂かれてしまった。梛は人間に生まれ変わることとなり、のちに横曽根平太郎となったが、柳はそのままとどまり、蓮華王坊に恨みを抱いた。蓮華王坊は、天狗によって谷底に投げ落とされ、柳に貫かれて死ぬが、のち白河法皇に生まれ変わった。

 熊野権現に日参する平太郎は、柳の大木のそばを通りかかる。すると、鷹狩りをしていた武将の鷹が柳のこずえに引っ掛かっており、武士らは柳を切り倒そうとしている。平太郎は、弓を射て鷹を落とし、柳が伐られるのを救った。

  三十三間堂の通し矢

 平太郎は、柳のそばで茶店を営む女・お柳と夫婦になり、やがて、みどり丸という息子が生まれた。

 ある日のこと、侍が現れ、柳の木を伐ると言う。
 聞けば、都の白河法皇は頭痛に悩まされていたが、その原因は、法皇の前生(すなわち蓮華王坊)の髑髏が熊野にあり、柳のこずえに掛かった髑髏が揺れるたびに、法皇に頭痛がするという。そのため、柳を伐り倒して、棟木にして仏堂を建てれば病は平癒する--因幡薬師の夢告だそうだ。

 実は、お柳は柳の精であった。切り倒されるとなると、夫やわが子とも別れねばならない……

  三十三間堂の柳

 柳は侍らによって切り倒された。しかし、運び出そうとするが、曳いても曳いても動かない。
 平太郎が木遣り音頭を歌い、みどり丸が綱を曳くと、木はたちまち動き始めたのだった。


 男性と柳の精の結婚という“異類婚姻譚”に、後白河法皇(物語では白河法皇)が発願した三十三間堂の建立譚を絡めた物語。
 とても上手にできている話ですが、やはり悲しい結末です。

 なぜ三十三間堂が建立されたかという疑問を、頭痛と紀州熊野の柳の髑髏! という奇想天外な解き方をする--実に江戸時代らしい想像力です。

 三十三間堂

 ちなみに、三十三間堂では、1月に「楊枝浄水供(やなぎのお加持)」も行われ、頭痛平癒にご利益があるそうです。ひとりひとりの頭に浄水を振りかけてくださるもので、私も受けたことがあります。

 三十三間堂
 
 こうまとめてくると、やはり文字ではなくて文楽の浄瑠璃で聴いてみたいですね。

 ということで、私も行く予定の「文楽鑑賞教室」は、2014年6月6日(金)~19日(木)、大阪・国立文楽劇場で開催されます。
 午前の部と午後の部がありますが、団体貸切日もありますのでウェブサイト等でご確認ください。
 6月9日(月)と18日(水)には、午後6時30分開演の社会人向け公演もあります。




 【参考文献】
 藤田洋編『文楽ハンドブック』三省堂、1994年
 『歌舞伎浄瑠璃稀本集成 下』八木書店、2002年
 内山美樹子「『卅三間堂棟由来』(『祇園女御九重錦』)の構想と文政以後の上演」、「早稲田大学大学院文学研究科紀要 第3分冊」2007年所収


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