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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【新聞から】西本願寺の諸堂が国宝・重要文化財指定へ-特に重文が画期的!-





西本願寺


  西本願寺の御影堂・阿弥陀堂、国宝指定へ
  各紙 2014年5月17日付


 5月17日の朝刊各紙には、文化財に関するニュースがたくさん掲載されました。
 ひとつが、このあと取り上げる西本願寺の建造物の国宝・重要文化財指定。
 いまひとつが、奈良・東大寺の正倉院の大修理が終わったというニュース。
 三つめが、奈良国立博物館「醍醐寺展」に、山上(上醍醐)に祀られている五大明王像が、展覧会としては初めて5躯すべてが山を下りて出品されることになった、というものです。

 個人的には、醍醐寺展のニュースが気になるところですが、この記事はたぶん日経新聞にしか載っていなかったと思います(主催なので)。まあ、展覧会のPR記事ですね。

 西本願寺
  西本願寺 御影堂(左)、阿弥陀堂(右)

 各紙が報じたのが、西本願寺の国宝の記事です。
 国の文化財指定については、文化審議会が文部科学大臣に答申した時点で、必ず新聞報道されます。今回は建造物の指定で、重要文化財では、神戸女学院のヴォーリズ設計の建築群なども指定されることになります。これは、うれしいですね。

 京都新聞によると、京都府の建造物の国宝指定は、知恩院の三門と本堂(御影堂)の指定以来、12年ぶりということです。
  西本願寺の御影堂と阿弥陀堂は、すでに重要文化財に指定されていましたが、2008年末に竣工した修理を受けて、今回、国宝になることとなりました。

 西本願寺御影堂
  御影堂(本堂)

 西本願寺阿弥陀堂
  阿弥陀堂

 大きな入母屋造の屋根を載せた建物で、江戸時代を代表する巨大木造建築のひとつです。
 ちなみに、東本願寺の御影堂、阿弥陀堂は、明治28年(1895)の建造です。

 西本願寺は古建築の宝庫で、すでに飛雲閣、唐門(日暮門)、書院(対面所及び白書院)、北能舞台、黒書院及び伝廊は国宝です。
 重要文化財も、玄関、浪之間、虎之間、太鼓之間や、浴室(黄鶴台)、鐘楼、能舞台、そして阿弥陀堂(指定名称は本堂)、御影堂(同・大師堂)と、多数そろっています。

 これらの国宝・重要文化財は、すべて大正初期以前に指定されているもので、その頃は「特別保護建造物」と呼んでいました。当時は、古社寺保存法に基づき、内務大臣が古社寺保存会に諮問して指定する建造物を選んでいました。
 西本願寺では、飛雲閣の明治30年(1897)を皮切りに、大正2年(1913)の阿弥陀堂、御影堂、黒書院及び伝廊まで、年を追って指定されたのです。

 『京都』より本願寺
  昭和初期の飛雲閣(『京都』より)

 『京都』より本願寺
  昭和初期の御影堂(同上)

 私がこの度よろこばしく思っているのは、多くの建物が重要文化財に指定されたことです。
 つまり、

  ・阿弥陀堂門
  ・御影堂門
  ・経蔵 附 棟札
  ・鼓楼
  ・手水所
  ・総門 附 御成門、目隠塀、築地塀

 といった建築です。そして、京都市指定文化財だった

  ・旧真宗信徒生命保険株式会社本館(本願寺伝道院)
    附 棟札、石柵柱 

 も重文指定されました。

 西本願寺経蔵
  経蔵

 西本願寺鼓楼
  鼓楼

 西本願寺手水舎
  手水所

 西本願寺総門
  総門

 西本願寺目隠塀
  目隠塀

 ふたつの門はともかくとして、上の写真の建物はいずれも地味で目立たないものです。これらが指定されたことは慶賀に堪えません。

 例えば、手水所ですが、寺社の手水所(舎)で、これまで重文指定されたものがあったのだろうか? と調べてみると、以下のようなものがあると分かりました。

  東大寺法華堂(三月堂)手水屋(奈良) 建武2年(1335)
  春日大社摂社若宮神社手水屋(奈良) 寛永9~10年(1632~33)
  東照宮水屋(栃木) 寛永13年(1636)
  滝山東照宮水屋(愛知) 正保3年(1646)
  東照宮(鳳来山)水屋(愛知) 慶安4年(1651)
  輪王寺大猷院霊廟水屋(栃木) 承応2年(1653)
  厳有院霊廟水盤舎(東京・寛永寺) 元禄12年(1699)
  常憲院霊廟水盤舎(東京・寛永寺) 宝永6年(1709)

 全国でこれだけとは少ないです。
 しかし、東大寺法華堂の水屋はとりわけ古い! これと、春日大社のものは規模も大きくて、壁のある普通の建物です。言われなければ手水舎に見えません(他の用途も兼ねていたようです)。
 3つめ以下は、桁行一間、梁間一間の吹き放しの手水舎ですが、東照宮などは唐破風を付けていてやや豪華な手水舎です。そして、ほとんどが17世紀の建物となっています。

 これに比べれば、西本願寺の手水所は、文化7年(1810)の建築です。19世紀の手水所が重文になるなんて、これまでより100年も新しく、画期的すぎます!
 確かに手水舎としては立派な部類に入ると思いますが、これもひとえに、西本願寺に詣でてきた先人や現代の人々の篤い信仰を象徴する建造物として、評価されたと解釈したいですね。

 鼓楼(寛政元年=1789築)や総門(江戸後期)は、堀川通に面して建てられているので、クルマで走っているとおのずと目に入ってきます。特に、高麗門の形式をとる総門は、通りの向こう側にポツンとあるので印象的ですね。

 「都名所図会」より本願寺
  「都名所図会」巻2より

 「都名所図会」より本願寺
  御影堂門(左の「御門」)の向いに総門が見え、
  上方には手水所と目隠塀もある

 「都名所図会」を見ると、堀川通の西側に2つの「御門」が並んでいます。右の唐門が阿弥陀堂門、左が御影堂門です。
 通りを挟んで、御影堂門の向いに「御前通」という文字が見え、そこに総門が立っているようです。この御前通というのが正面通にあたります。
 この総門は、これまで3度も移築されており、一番最近は昭和34年(1959)の堀川通拡幅の際に動かされました。

 鼓楼は、西本願寺の敷地の北東隅にあります。

 「都名所図会」より本願寺
  鼓楼

 図の上方、橋を渡った前に鼓楼があります。
 この「都名所図会」の絵で興味深いのが、堀川通に塀と門が設けられていること。よく見ると、右下には駒つなぎ(馬を留めるところ)もあって、この門内がお寺の中になっていたことが分かります。

 「都名所図会」より本願寺

 こちらは南端で、飛雲閣の前あたりです。ここにも、塀と門、駒つなぎ、物見が描かれています。堀の部分にも柵があって、厳重なガードぶり。夜間は入れなかったのでしょうね。

 経蔵が好きな私には、経蔵の指定もうれしかったので、「都名所図会」の姿を掲げておきます。

 「都名所図会」より本願寺
  経蔵  背後に土蔵が建っている

 今回、信仰のようすを示す建物が指定されたことは、寺社の建造物が単に建築的に優れているだけでなく、建物に残された長い信心の足跡にも目を向けるべきことを物語っているようで、とても気持ちよく受け止めています。




 西本願寺

 所在 京都市下京区本願寺門前町
 拝観 境内自由
 交通 「JR京都」下車、徒歩約15分



 【参考文献】
 『こころのふるさと御影堂』本願寺出版社、2011年
 『国宝・重要文化財大全 11・12 建築物 上・下』毎日新聞社、1998・2000年
 『京都府文化財総合目録 平成18年度版』京都府教育委員会、2006年
 「都名所図会」1790年


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