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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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古代史にとどまらず、独自の視点で京都の歴史をさぐったシリーズ - 森浩一『京都の歴史を足元からさぐる [洛東の巻]』 -

京都本




 京都の歴史を足元からさぐる(洛東の巻)


 定番の京都本 『京都』 と 『京都史跡見学』

 京都についての書物は、枚挙にいとまありません。
 それでも、歴史の専門家による通史的な歴史書というと、限られてくるでしょう。

  『京都』『京都史跡見学』

 いまでも書店に並んでいる最もポピュラーなものは、林屋辰三郎『京都』(岩波新書)でしょう。
 その刊行は、昭和37年(1962)。実に、半世紀余り前で、すでに50刷以上も版を重ねているようです。林屋先生が亡くなって(1998年)からでも16年経っています。
 この本は、時代順の通史ですが、時代と土地を関連させて叙述しているのが特徴です。例えば、序章は「湖底の風土・・・神泉苑」、1章は「京都の古代人・・・賀茂」、2章は「古都以前・・・太秦」、3章「平安京の表情・・・東寺」といった具合です。
 各章扉の裏に、地図(京都駅からの位置を示す線で結ばれている)が付けられているように、いちおう観光ガイドの体裁もとっているようです。
 いずれにせよ、京都について1冊で理解するには、最も適した本といえます。

 一方、同じ岩波書店でも、岩波ジュニア新書として刊行されたのが、村井康彦『京都史跡見学』です。昭和57年(1982)に出されたもので、こちらもすでに30年以上前の本です。
 ジュニア新書といっても、いわゆる子供向きに書いたというものでもなく、大学生や社会人が読んでも十分読み応えのある書物です。タイトルとは裏はらに、余り史跡見学という趣はなく、ふつうの通史という感じがします。


 “足元からさぐる”というコンセプト

 そんな中で、2007年から3年間にわたって刊行されたのが、森浩一『京都の歴史を足元からさぐる』シリーズです。
 全6巻、「洛東」「洛北・上京・山科」「北野・紫野・洛中」「嵯峨・嵐山・花園・松尾」「宇治・筒木・相楽」「丹後・丹波・乙訓」の各巻から構成されています。
 森浩一先生は、考古学、古代史を中心に研究を進められてきましたが、幅広い関心をもとに各地で「地域学」を提唱されました。この『足元からさぐる』シリーズも、京都の地域学として位置づけられているものです。2013年8月に亡くなった森先生にとっては、最晩年の著作に入りますが、自選された20編のひとつにも選ばれています。

 「足元からさぐる」というコンセプトは、序によると、病気治療のため旅に出づらくなったが、考えてみれば京都の地域史をさぐるという仕事が残されていた、と記されています。
 そのため、このシリーズは、京都を千年の都(あるいは古都)という観点から捉えるのではなく、さまざまな地域や人と交流して成り立つ一地域として描き出しています。
 そういう意味では異色の京都本であり、林屋先生や村井先生の著作に比べ、随分と主観的な偏りがあるようにも見受けられます。


 生きている歴史を重視する視点

 第1巻の「洛東の巻」は、森先生の地元である東福寺(その裏手に住んでおられた)から筆を起こしています。
 東福寺の造営と朝鮮半島・新安沖沈没船との関係、さらに開山・円爾弁円が寺内に臼を備えた水車小屋を造ろうとしていたのではないかという推理など、他にはない意外な視点に引きつけられます。

 六道まいりの槇 六道まいりの槇

  あるいは、六道珍皇寺でお盆の六道まいりの際、売られている槇(マキ)と、古墳の棺材として用いられる槇との関係。その関係は未だ詳らかでないということですが、おもしろい着眼点で、こういうふうに考えていくのだなと思わされます。

 森先生というと古代の話題と思われがちですが、現代社会についても強い関心を持たれていました。遺跡の保存や天皇陵古墳の呼称についてはもちろんのこと、歴史が現代にどう生きているかについて重視されていたと思います。

 序文に、このような記述があります。

 ぼくがこの本で書こうとするのは京都の歴史の面白さであって、文化財の解説の羅列ではない。先日ある有名な寺を訪ねた。すると建物の修理ではないのに本堂と門には周囲に厳重な柵をこしらえていて近づけない。これではその寺の僧たちもこのお堂では一切の法要などをしないということなのかとおもった。これではこれらの建物はすでに無用のものとぼくにはうつり、無用のものを平気でもつ寺のことを書く気がなくなった。そういう点でこの本が取りあげる対象については、ぼくの判断が左右するし、それがある意味でのいまの京都の歴史をさぐることにもなりそうである。(3ページ)

 たぶんこの寺院のことだとすぐに思いましたが(答えは別の巻にあり)、

 柵のある禅寺

 同感に思われる方も多いでしょう、これほど建物をガードしていると。

 この部分を読んで、私が思い出したのは、福井の禅寺・永平寺での一件です。その出来事は、京都新聞「現代のことば」に書かれました。

 遺物を見に福井の博物館を訪れた森先生は、永平寺に行ってみようと、前夜門前に宿泊します。昭和35年(1960)に訪れた際、禅の道場という雰囲気がみなぎっていて、清々しい印象を与えた古刹を再訪しようというわけです。

 早朝、小雨が時々ふるなか寺へと向かった。門前はさすがに静かである。京都の禅寺は、庭園などは別にして、境内にはだれでも立ち入ることができる。私の近所の東福寺でも、尺八を吹く人、劇の稽古らしい朗読をする人、絵をかく人、木かげで読書をする人、かくれんぼうに興ずる子供たちと、にぎやかなことだ。(中略)それは相国寺でも建仁寺でも、京の禅寺に通じてみられる日常の風景であり、それらの行為も各人にとってはある種の修行なのであろう。
 (中略)
 門を入ると、巨大な鉄筋の建物がある。私は境内を散歩したいだけなのだが、自動切符販売機で入場券を求め、吉祥閣という鉄筋の建物を通らねば寺には入れない。私はがっかりした。行く手には、次々に順路の紙がはってあって、指示通りに歩く。(中略)早朝だったが、何組かの団体客を若い僧が引率して説明をしている。“この天井画は、女優のだれだれの父がかいた”というような俗世界の言葉が耳に届いてくる。
 奥の法堂に近づいた時、団体客を引率していた僧が、“一人で歩いてもらっては困る。もとへもどってどこかの団体にまじれ”という。私の失望は頂点にたっした。もちろん管理の問題などわからないでもないが、形式のうえでは団体観光客に対応していて、少なくとも私が心の平安をと期待してきたのとは、うらはらになり、つい怒りの声を発する結果になった。(後略)
「京都新聞」1985年11月26日付夕刊「無駄になった禅寺散策」


 30年近く前の随筆ですが、『足元からさぐる』と同様のことが記されています。
 境内で、芝居の稽古をしたり、絵を描いたりすることも、「各人にとってはある種の修行」というくだりに、うなずかされます。 

 本書の中で「文化財」と「信仰財」という言葉が紹介されています。
 「ぼくは前々からいまなお信仰の対象になっている仏像や神像は信仰財であって、お寺や神社側で文化財というべきではないとおもっている」(30ページ)。
  
 また別のところでは、清水寺の秘仏・十一面千手観音について、次のように書かれています。

 この秘仏は33年ごとにご開帳され、2000年がそれにあたっていたのでぼくも拝観することができた。だが、期待していたほど、古い彫刻ではなかった。その理由は清水寺がたびたびの火災で仏像を焼失していて、この本尊も鎌倉時代中期に製作されたものとみられている。
 この寺は平安時代だけで9回も火災にあっており、このなかには興福寺や延暦寺の僧の襲来によって焼かれたときもあった。(中略)とはいえ各地でよくみかけることだが、仏像を文化財と称して収蔵庫にしまって信者の目から隔離してしまうのは賛成できない。信仰財は消失[ママ]してもまた作れる。(162ページ)

 
 「信仰財は消失してもまた作れる」。これはもちろん極論として(本書にも火を逃れて守られてきた仏像の例も出ています)、形は消えても心は消えない、という意味でしょう。逆に言えば、心が失われてしまったら、いくら形だけ残っても駄目である、ということでしょうか。

 今回、久しぶりに森浩一先生の著作にふれて、改めて、過去と現代との関連性が重視されていると感じました。
 論文を書くためにだけ学問するのではなくて、その成果を現代社会(先生の言葉で言えば「地域」)に還して生かしていくことに腐心されていたことがうかがえます。




 書 名 :『京都の歴史を足元からさぐる[洛東の巻]』
 著 者 : 森 浩一
 出版社 : 学生社
 刊行年 : 2007年


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