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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

ARCHIVE

大丸に信仰された瀧尾神社は、京都には稀有な濃密彫刻に満ち溢れている

洛東




瀧尾神社


 大丸・下村家の社殿造営

 伏見街道(本町通)に沿って建つ瀧尾神社。
 前回<絵馬堂が意外におもしろい!>で、デパート・大丸を創業した下村家に信仰されたことを紹介しました。

 瀧尾神社
  瀧尾神社 本殿

 下村家は元は伏見の商人で、彦右衛門正啓が京都への行商の途次、この瀧尾神社に参拝し、その後、功成って大丸を発展させたという話です。

 『大丸二百五拾年史』によると、下村家による瀧尾神社の社殿造営は、まず正啓の時代、元文3年(1738)~延享2年(1745)に行われました。
 その後、天明7年(1787)、天保9年(1838)にも修造されます。
 社史には、天保の造営に際しての「寄附帳」が掲せられています。なんの寄付かというと、神社の社殿を建てるのに、下村家の資金だけで行うのではなく、広く取引先などから寄付を募ったのでした。
 すべてあがっているのか分かりませんが、150ぐらいの関係者が記されています。地域的にも広く、大坂、奈良、近江などはもちろん、江戸や上州、武州もあり、米沢や福島もあります。多くの人は金何両、銀何貫と寄付していますが、鰐口や狛犬、手水鉢の寄付もあります。これは今も残っていて、下の写真は手水鉢です。

 瀧尾神社
  手水鉢

 瀧尾神社

 裏面に「天保十一庚子年/正月吉辰/奉納之」とあり、その左の奉納者の部分は、写真が切れていてよく見えませんが、「西江州高島/敦賀屋権三郎」と刻まれているようです。
 社史には、この手水鉢の奉納者として、近江高島(現在の滋賀県高島市)の敦賀屋権三郎、炭屋利兵衛、川越吉右衛門の3名をあげています。近江商人ですね。
 ちなみに、近江の高島は、デパート・高島屋の名前の由来になった地名なんですね、ここでは少し違和感がありますが……


 手水舎の彫刻

 この手水鉢が据えられている手水舎です。

 瀧尾神社
  手水舎

 天保11年(1840)に建てられたものです。
 入母屋造の立派な手水舎で、細部はさらにこっています。

 瀧尾神社

 まず、妻飾り。
 三角形の頂点の部分(拝み)、ふつう蟇股が付けられているところに菊の彫刻が取り付けてあります。かなり動きのある菊花と菊枝で、その下は流水のようですから、菊水の図柄ということになります。

 瀧尾神社

 こちらは桁行の虹梁上の彫刻です。動物なのですが、牛なのか何なのか、いまひとつ判然としません。
 横から見ると、

 瀧尾神社

 顔が前方に飛び出しています。
 結構リアルですけれど、想像上の動物かも知れません。

 その後ろには、

 瀧尾神社

 これは麒麟かなぁ……、なんといっても虹梁に噛み付いているのが恐いですね。
 この“やりすぎ”感が瀧尾神社の彫刻のおもしろさと言えるでしょう。

 木鼻は、獅子です。
 足元にあしらわれている植物は、笹と梅でしょうか。

 瀧尾神社

 なんとも、楽しめますね。


 拝殿には、龍が!

 瀧尾神社に南側の鳥居から入ってみます。

 瀧尾神社

 そうすると、目の前に入母屋造の拝殿が聳え立っています。

 瀧尾神社
  拝殿

 こちらも天保11年(1840)築で、方一間の舞殿風の建物です。
 しかし、なにげなく中をのぞいてみると……

 瀧尾神社

 天井に何やら張り付いています!

 丸彫りの巨大な龍でした。

 前回登場したおじさんと一緒にこの龍を眺めていると、近所の男性も寄ってきて、自慢げに語られます。「専門家は、クヤマシンタロウという人が彫ったと言っている」と教えてくれました。『京都府の近世社寺建築』によると、この神社の施工にあたった大工は千切屋卯兵衛、大和屋杢兵衛ら、彫刻師は工山新太郎らといいます。この工山新太郎が男性が教えてくれた人物ですね。

 瀧尾神社

 頭部がかなり大きく、渦巻く雲も一緒に彫られています。
 爪も迫力!

 瀧尾神社

 おじさんによると、以前は金網か何かが掛けられていて、よく見えなかったそうで、近所の人でも余り知らなかったといいます。
 今では立派に整備されて、誰でも拝殿に上がって間近かに拝見することができます。

 禅寺などで、鏡天井に描かれた龍はよくお目にかかりますが、この彫り物はすごいですね。


 本殿の回りは、もっとすごい !!

 いよいよ本殿にお参りするのですが、ここからが本当の見どころです。

 瀧尾神社
  本殿・幣殿・拝所・廻廊

 本殿まわりは複雑に建物が建っています。
 右端の屋根(唐破風)が拝所、つまり参拝するところですね。その左の切妻の屋根が幣殿で、拝所と本殿をつないでいます。一番左端が本殿(一間社流造)です。また、手前の瓦葺の屋根のあたりが廻廊で格子が入っていますね。

 このように天保10年(1839)に造営された本殿-幣殿-拝所と東西の廻廊がよく残っています。
 ここに、京都では余り見掛けない、江戸後期らしい彫刻群が存在するのです。

 まず、例のおじさんに「見てみ」と言われたのが、廻廊の欄間に彫られた十二支の彫刻です。

 瀧尾神社
  子、丑

 瀧尾神社
  寅、卯

 瀧尾神社
  辰、巳

 瀧尾神社
  午、未

 瀧尾神社
  申、酉

 瀧尾神社
  戌、亥

 一面に2つずつ彫られています。子から巳までが東回廊、午から亥までが西廻廊です。
 二匹ずつなので、トラはウサギを襲おうとし、リュウとヘビは対決模様とか荒々しいですが、ウマとヒツジは穏やかそうです。
 イヌには仔犬が2匹いて、親にはお乳まで細かく彫られています。
 サルは柿? をもいでいるところで猿蟹合戦風?? でおかしい。
 イノシシと取り合わせの植物は、牡丹でもなく萩でもなく、梅ですね! 

 お参りする拝所です。

 瀧尾神社
  拝所

 十分立派な造りですが、細かいところには驚きです。

 瀧尾神社

 虹梁上には、松に鶴や鳳凰といった彫り物が。
 内側をのぞくと、

 瀧尾神社

 大瓶束(たいへいづか)の結綿(ゆいわた。梁を噛んでいる部分)が、鳳凰に! ちょっと前代未聞な感じですね。

 さらに、本殿側を振り向いてみると、

 瀧尾神社

 彫刻の海ですね !!
 上段には龍や象、下段には雁や鴛鴦などと思われる鳥類や、亀、植物類が、所狭しと彫られています。
 彫り物が多彩な門を「ひぐらし(日暮)門」などと言いますが(見ていると日が暮れてしまうので)、この拝所も“日暮し”ですね。

 なかでも、私の一番のおすすめは、これです。

 瀧尾神社

 大瓶束そのものが、象になっているんですよ。象鼻ならぬ、“象瓶束”ですね、これは……

 天沼俊一博士は、大徳寺唐門(桃山時代)の大瓶束の結綿が獏(ばく)に変化したものを紹介し、さらに江戸時代になって鬼に変化したもの(日光東照宮や善光寺)を紹介されています。
 瀧尾神社の鳳凰や象も、そのような動物化の一例ですが、象は胴体まで彫られ、リアルすぎて唖然とします。

 最後に、ひとつ。

 瀧尾神社

 拝所の斗上に隠れたウサギ。
 ちょっと可愛いけれど、白い眼が不気味という説も……

 大丸・下村家の財力とネットワーク、そして彫刻師たちの鬼気迫る想像力で完成した、恐るべき彫刻群。
 ぜひ一度、現地でご覧ください。




 瀧尾神社 (京都市指定有形文化財)

 所在 京都市東山区本町
 拝観 境内自由
 交通 JR・京阪「東福寺」下車、徒歩約5分



 【参考文献】
 大丸二百五十年史編集委員会『大丸二百五拾年史』大丸、1967年
 『京都府の近世社寺建築』京都府教育庁、1983年
 天沼俊一『日本建築細部変遷小図録』星野書店、1944年  


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コメント

龍の作者について

こんにちは。
瀧尾神社の龍をはじめとする彫り物は、九山新太郎が作者とされています(水野、2003)。工山ではなく九山が正しいようです。

Re: 龍の作者について

 ブログお読みいただき、ありがとうございます。

 「くやま」の表記については、ここでは京都府教委の報告書『京都府の近世社寺建築』の記載に従わせていただきました。九山の表記もあると思いますので、また詳しく調べてみたいと思います。
 ご指摘ありがとうございました。
 今後とも、よろしくお願い申し上げます。
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