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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【大学の窓】入学式の季節

大学の窓




キャンパスの桜


 4月になり、キャンパスにも新入生を迎える季節になりました。
 その初日が入学式。

 やはり4月1日は、少し懐古的に自らの入学式のことを思い出します。

 私が大学に入学したのは、ちょうど30年前の4月でした。
 戦前に建てられた古い学舎の講堂は薄暗くて、なれないスーツを着た新入生たちが思い思いに座席についていました。
 そろそろ式が始まろうという頃、ヘルメットにマスクを着けた白衣の集団が、講堂の壇上に入ってきました。その数は十数人くらいでしたが、もう入学式という感じではなくなり、場内は騒然とした雰囲気に包まれました。
 彼らは、学生にビラを配り、なにやら演説を始めたのです。高校を出たばかりで大学の様子を解さない私は、その“乱入”に愉快でない気持ちを感じていました。もっとも、今では彼らの思うところもよく理解できます。

 白衣の集団の占拠は30分ばかり続いたでしょうか。突如、舞台袖から大勢の警察官が飛び出してきて、白衣の集団は蜘蛛の子を散らすように反対の袖へと走り出ていきました。

 そのあと、何事もなかったように、入学式は厳かに開始されたのです。


 1980年代当時、私の大学では校地移転に関して、大学側と学生自治会側とが対立していました。
 授業中、自治会の面々が前触れもなく教室に入って来、授業が中止されたこともあります。キャンパスがバリケード封鎖されて授業が数日間なくなったこともありました。
 校地内には、ゲバ文字の立て看板が林立し、スピーカーによる演説もしばしば行われていました。

 それから30年。
 そんな“やんちゃ”をする学生もいなくなり、大学側が大学を「管理」することも当たり前になって、立て看板もゲバ文字もなくなりました。キャンパスは綺麗に整備され、少し恐い先輩たちが煙草をくゆらせながらマージャンをしていたクラブのボックスも取り壊されました。

 私たちは、学生運動の時代から後に学生生活を送った世代ですから、かなり“軟弱”だったと思います。それでも、バンカラの気風はまだあったし、思想的な関心も強かったと記憶しています。

 そんな元学生からすると、博士号でさえコピペして取得してしまう現代の学生に、「1」のキーが壊れて打てない中古ワープロをカタカタ操作していた、バンカラな旧友Nの生きざまを教えてやりたい気がするのです。

 キャンパス風景



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