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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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京都の十日ゑびすも、今宮戎や西宮戎に劣らずおもしろい(その1)

洛東




 十日戎


 京阪神のえびす神社と十日戎

 京阪神の正月行事といえば、初詣などとあわせ、「十日戎(えびす)」があります。

 大勢の参拝者でごった返す商都大阪の今宮戎神社や堀川戎神社、健脚自慢の男たちが競走する開門神事(福男選び)で有名な西宮神社、そして建仁寺門前にある京都ゑびす神社などの参拝です。
 江戸時代以来、上方(かみがた)と呼ばれた京阪では商業が盛んで、多くの商売人たちがこれらの神社を信心しました。大阪では、もっぱら「えべっさん」と親しまれ“商売繁盛で笹持ってこい”のフレーズは余りにも有名。NHKの関西ローカルニュースでは、必ず中継があります。一方、西宮神社は近年「開門神事」がテレビネタとして話題に。早朝6時に開門されるので、朝のワイドショーでも放送されます。ちなみに、昨年(2013年)一番福になったのは地元の高校生で、彼に“密着”する局もあったほど。今年(2014年)は、D大学の学生が一番福でした。

 今宮戎と西宮戎に比べて、京都のゑびす神社は地味な印象ですが、ご由緒は古いものです。建仁寺の門前(西側)に位置していますが、もとはといえば、栄西が開創した建仁寺の鎮守でした。つまり、約800年の歴史を持つことになります。江戸時代の地誌などにも、当社は建仁寺の戎神社として認識されているようです。

 黒川道祐「雍州府志」(1686年)には、栄西が唐から帰朝する時、嵐に遭い、蛭児(ひるこ=えびす)像を祀って祈ると、暴風が静まった。無事に帰った栄西は、社を建てて祀った、と記します。
 この話は、当社創建にまつわる広く知られた言い伝えです。


 露店でにぎわう大和大路から、ゑびす神社へ

 十日戎

 十日戎

 四条大橋の東1筋目、この通りは大和大路ですが、その交差点の南側に「十日ゑびす」と大書されたゲートが立てられます。ここから先は車両は通行止め。狭い道の右側に露店が並びます。建仁寺の門より先は、道幅が広くなるので、両側に露店が出ます。ご商売の方や年配の方々など、参拝者が行き交います。

 十日戎
  べっこう店

 十日戎
  べっこうのくし、かんざし類

 十日戎
  はきもの店

 このあたりは、祇園や宮川町といった花街に近く、鼈甲(べっこう)の櫛、かんざしなどを扱うお店や、草履、下駄などを扱う履物店などがあります。履物屋さんは、いつもは目を引くディスプレイをされているのですが、十日戎では店頭に販売台を特設されています。

  十日戎

 神社から帰ってくる方たちは、手に笹を持っておられます。
 その数は意外に少ない感じですが、この笹については後ほど詳しく触れたいと思います。

  十日戎
  京都ゑびす神社

 そうこうするうちに、ゑびす神社に到着です。


 福笹と吉兆

 十日戎
  本殿に参拝

 神社に着いて本殿に参拝すると、笹を授与してもらいます。この笹は「福笹」とか「吉兆笹」と呼んでいます。

 十日戎
  授与所

 十日戎
  祈祷

 笹は、授与する前に、神楽にあわせて舞う巫女さんによって祈祷されます。

 十日戎
  笹の授与

 ちなみに、笹は孟宗竹の枝だそうで、3,000円です。
 そのあと、いよいよ縁起物を付けてもらいます。この縁起物を「吉兆(きっちょう)」などと呼びます。

 十日戎
  吉兆の授与

 吉兆には、さまざまな種類があります。

 十日戎
 吉兆の数々

 絵馬、大宝、福俵、千両箱、福鯛、宝来、金蔵、福箕、福熊手、戎顔、駒札、小槌、福輪、宝船、福鈴などです。絵馬は800円、宝船と福鈴は1,500円、他は1,000円。
 何をいくつ付けてもよいのですが、たくさん付けると笹と合わせて1万円位してしまいますね。

 これを付けてもらったら、念押しとして、本殿の後方の板壁を叩いて帰ります。

 十日戎
  ここを叩きます “えべっさん、よろしゅう頼んます”


 江戸時代の吉兆は?

 寛政11年(1799)に刊行された「都林泉名勝図会」には、十日戎の光景が活写されています。

 「都林泉名勝図会」より「建仁寺門前十日笑姿参」
 「都林泉名勝図会」巻1より「建仁寺門前十日笑姿参」

 200年余り前の光景ですが、現代と同じで、本殿前に参拝者が密集し、笹を持っている人もいます。
 その笹と授与所をよく見ると、当時の吉兆が描かれています。

 「都林泉名勝図会」より「建仁寺門前十日笑姿参」

 細かく見ていくと、商業につきものの枡(ます)、米俵、大福帳、秤(はかり)や、小判と丁銀(なまこ銀)、さらには「宝尽し」に登場する金嚢(きんのう、銭袋)、打出の小槌、宝鑰(ほうやく、蔵の鍵)も見え、たばね熨斗(のし)もあるようです。
 意外にリアルに画かれていて、おもしろい!

 その種類は現代とは随分違っているようで、宝船のような複雑な造形はなく、定番の熊手や箕も見当たりません。宝尽しの品々と商業用具が中心なのが特徴のようです。ちなみに、宝鑰は蔵の鍵なのですが、現在では蔵そのものに変っています。確かに、昔の鍵を見ても分かりませんものね。

 こんなふうに、いろいろと楽しめる十日戎。
 参拝後、また大和大路を上がって引き返した私ですが、実は帰路、意外なものに出食わすことになります。
 続きは、次回に。




 十日戎(京都ゑびす神社)

 所在 京都市東山区大和大路通四条下ル小松町
 参拝 1月8日~12日(10日が大祭)
 交通 京阪電車「祇園四条」下車、徒歩約10分


 
 【参考文献】
 「都林泉名勝図会」1799年
 『雍州府志(上)』岩波文庫、2002年
  

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