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PROFILE

船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS朝日「京都ぶらり歴史探訪」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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【大学の窓】学会なるもの

大学の窓




   キャンパス風景


 先日、所属している学会の大会がありました。
 
 どの学会でも、年に一度は大会と称して、研究発表などを行います。
 何事も安請け合いするせいか、今年も発表の司会進行を仰せつかったのでした。わずか2つの演題についてなのですが、「学会」というだけで何となく緊張するものです。それも門外漢の思想史などを受け持ったので余計です。
 まあ、こういうのを頼まれるのも年齢のせいかも知れないですね。

 最近、若い研究者の発表を聞いていて気になることがあります。それは、表をたくさん使うことです。
 歴史学に表? と、一般の方は思われるかも知れませんが、今や当たり前です。誰もがパソコンを持ち、エクセルを使用できるわけですから、当然の流れといえます。
 例えば、公家の日記など古記録から関連事項を抽出して表を作り、その事象の傾向を把握したりします。
 あるとき、とても引っ掛かった発表は、公家の昇進について詳細な表を作って分析した研究でした。直観的に感じたのは、人事という最も人間くさいものを表にして理解しようとするなんて! というもの。どうも、人に対するアプローチが違うのです。

 表にすると、史料をバラバラに見ていたのでは分からない情報が浮かび上がってきて、便利な場合もあります。だから、表化を否定するわけではないけれど、個々の事例や、ひとりひとりの人間をつぶさに観察していかないと、見落とすことが多々あります。
 一見「科学的」に見える作表ですが、疑似科学に陥らないように注意したいものです。

 と言いながら、かく言う私自身が、パソコンもない20数年前、修士論文に表を使った分析を載せていたのでした……
 若いときには、こういう方法が魅力的に映るのかも知れないと、苦笑いしています。


 表

 

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