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船越幹央

Author:船越幹央
博物館で学芸員をしています。また、京都市内の大学で非常勤講師を務めています。
生れ育った京都の魅力を歴史・文化財・史跡を中心にお伝えします!
やっぱり、京都は奥深い。知れば知るほど、味わい深い。このブログを読んで、京都を歩いてみてください!

[主な取材等]
テレビ:NHK「ブラタモリ~京都~」、BS-TBS「高島礼子・日本の古都」、BS日テレ「片岡愛之助の解明!歴史捜査」ほか
新聞・雑誌:小学館「サライ」、朝日新聞、日本経済新聞ほか
見学会:「まいまい京都」ほか

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解体修理中の知恩院御影堂で、その屋根に先人の知恵と工夫を見る

洛東




知恩院御影堂


 解体修理現場の公開

 知恩院の御影堂は、寛永16年(1639)に建てられた大建築で、国宝に指定されています。
 桁行十一間、梁間九間。メートルでいうと、45m×35mという広壮さで、国内の木造建築として5番目の大きさだそうです。京都でも、東本願寺御影堂などに次ぐ規模を持っています。

 知恩院では、平成17年(2005)7月から、集会堂と御影堂の半解体修理を進めており、集会堂の修理は竣工し、現在は御影堂を修理中です。工事は、平成30年(2018)まで続く予定といいます。

 2013年11月、その御影堂の修理現場が公開されましたので、早速見学に行ってきました。

 『新撰京都名勝誌』より知恩院
  大正初期の御影堂(『新撰京都名勝誌』より)


 圧倒する屋根の木組み

 知恩院御影堂
  知恩院御影堂

 公開は2日間だけで、初日の土曜日には2,000人ほどの見学者があったそうです。
 10時開始なので、10時5分頃に到着すると、すでに長蛇の列でした。

 知恩院御影堂
  フェンスの内にも行列が…

 なんと45分待ちで入場。
 ヘルメットを被って、階段を上ります。

 知恩院御影堂

 屋根の高さまで上ると、圧倒される光景が……

 知恩院御影堂

 屋根は、瓦をはがして、さらに材を除いていくと、こんな形になっています。
 おぼろげですが、屋根のありさまが想像されます。

 見学者が立っている場所は、実はこのあたりでした。

 知恩院御影堂

 建物の中央に五間の向拝があるのですが、そのあたりが私達が立っているところ。つまり、軒先の“空中”にいる感じなのです。

 蟇股なども目の前で見られます!

 知恩院御影堂

 今回の解体ですが、屋根の重量がそれを支えている小屋組にかなりのストレスを懸けていたそうです。
 御影堂の屋根瓦は約9万枚! 平瓦は8㎏、丸瓦は6㎏ほどあるといいますから、瓦の重さは数百トン!! 確かに歪みも生じますね。


 屋根を支える知恵と工夫

 現場では、実にさまざまなことが学べたのですが、その一部をご紹介していきましょう。

 知恩院御影堂

 まず、この太い木の束ですが、細かく見ていくと、巧みな工夫がこらされています。

 知恩院御影堂

 黄色の矢印を「桔木(はねぎ)」といいます。
 縦方向に長い材ですが、テコの原理を利用して、軒を持ち上げる役目をするものです。
 長い桔木の中程に支点があり、上端を押さえることによって、軒と接続されている下端が持ち上がる仕組みです。

  知恩院御影堂
  タテ方向の長い方の材が「桔木」

 寺院の堂宇の軒は、外へ大きく突き出していますが、それが下らないように持ち上げているわけです。

 明治43年(1910)の修理では、金物を使って桔木を固定していました。

 知恩院御影堂 桔木の上端部

 この写真で分かるように、桔木の上端部を吊り金物で桁(けた)に固定していました。これで、下に引っ張るのと同じ力が掛かりますね。
 よく見ると、ボルトを使っています。

 知恩院御影堂 桔木の下端部

 こちらは下端部です。
 矢印のところに吊り金物があり、下の垂木を貫通して……

 知恩院御影堂
  飛檐垂木の下部

 こんなふうに、垂木を突き抜けたところで固定しています。いちおう饅頭金物を使って、見栄えをよくしています。
 このことで、飛檐垂木を含む軒先をグッと持ち上げるわけです。

 ふんだんに金具を使うところが明治らしいですけれど、軒が落ちない工夫ですね。

 ちなみに、江戸時代や明治時代の大型建物では、軒の四隅に柱を立てて、軒の降下を防ぐものが多く見られました。
 詳しくは、こちら。 ⇒ <三十三間堂の謎の石>


 傷んだら取り換えよう!

 木造建築の場合、部材が傷んだら、その部材だけ取り換えたり、あるいは部材の一部に「つぎ」を当てて補修したりすることが、よくあります。
 その一例を見てみましょう。

 知恩院御影堂

 板の真ん中が腐食していますね。
 しかし、この板は、幅30cm~50cm位なので、取り換えるのも簡単です。事実、チョークで「取替」と書いてありますが、あの板は交換するのですね。
 このように、この板は元から取り替えが容易なように工夫されているのです。

 では、この板は何なのか?
 名前を「裏甲」といいます。読みは「うらごう」です。

 知恩院御影堂
  木口裏甲、布裏甲、茅負、飛檐垂木

 詳細に写すと、こんな感じで、上から「木口裏甲(こぐちうらごう)」「布裏甲(ぬのうらごう)」「茅負(かやおい)」「飛檐垂木(ひえんだるき)」となります。
 このような感じで重なっているのですが、外観で見ると……

 知恩院御影堂
  知恩院御影堂

 つまり、瓦の下に木口裏甲、布裏甲と続くわけです。
 もっと分かりやすい写真で見ると……

 三十三間堂
  三十三間堂

 瓦の下に、白い2段の板が見えますが、これが木口裏甲と布裏甲です。

 知恩院御影堂で、この2つを拡大してみましょう。

 知恩院御影堂

 右のピアノの鍵盤のように続く板が木口裏甲。材の短い方(木口)を見せて置かれているので「木口」裏甲です。
 左側の部分が木口裏甲を2枚分程度はがしています。この横長の材が布裏甲です。材の長い方(長手)を見せて置くのが布裏甲です。
 ただ、三十三間堂はどちらも木口なのですが、下の板は布裏甲と呼び習わしているようです。
 
 中村達太郎博士の『日本建築辞彙』には、「木口裏甲 短キ木ヲ並ベテ裏甲トナシタルモノ。二重裏甲ノ場合ニ下ヲ布裏甲トナシ上ヲ木口裏甲トナスコトアリ」としています。

 この裏甲や、茅負、垂木のたぐいは、露出して風雨にさらされる材です。
 なかでも、瓦の下にあって最も出っ張っている木口裏甲(や布裏甲)は、一番傷みやすい部材です。そのため、小さめの板で作っておけば、パーツごとに取り換えが利いて便利なのです。
 よく考えられていますね。

 そのうえ、

 知恩院御影堂
  胡粉を塗る

 木口には、白い胡粉(ごふん)を塗って、腐食防止を図っています。

 このように、寺院建築は細かいパーツの組み合わせで出来ているのですが、どれもよく考えて用いられています。
 ふだんは装飾的な部分に目がいきがちですが、解体修理現場を見ると、その構造にも考えが及ぶのでした。




 知恩院 御影堂(国宝)

 所在 京都市東山区林下町
 拝観 境内自由 ※御影堂は修復中で見学不可
 交通 地下鉄「東山」より、徒歩約10分



 【参考文献】
 「体感 伝統の技と心 京都 保存修理の現場から2013」京都府教育庁、2013年
 中村達太郎『日本建築辞彙』丸善、1906年
 西和夫『図解古建築入門』彰国社、1990年
 『新撰京都名勝誌』京都市、1915年


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